第十六話『戦(上)』
俺こと、ギュスターヴは剣術の師より一度二度、対人戦と、対魔獣戦の事を教わったことがある。
当時剣術のイロハを仕込まれていた俺は……師に質問した。
『対人戦と、対魔獣戦はどちらが困難ですか?』
『強い奴と当たったほうが困難だ』
『普通だなぁ!!??』
と、俺は即座に実に素直な返事をしてしまった。
今から考えると失礼な対応であったのだが、師は俺の反応を特にとがめだてするわけでもなく、話を続けてくれた。
『では、人と魔獣の差は何か? それにはまず、人の強み、魔獣の強みを知るべきだ。
わたしは思うに、人は……少なくとも熟練した戦士には攻撃を当てるのが難しいと思っている。しかし人は獣に比べると遥かにひ弱だ。
だからこそ人との戦いでは如何に防御を掻い潜り、一撃を当てるか、だと思っている。バインドは覚えているな?』
『そいつはもちろん』
バインド。
そのままの意味なら拘束などを意味するが、剣術家にとっては『唾競り合い』の状態を……引いては、剣をぶつけた時の感触や姿勢から相手の心理を読む『洞察』を意味する。
こいつは力任せに防御をぶち破ろうとしているのか。
ならば柳の如く緩やかに受け流し、体力の消耗を狙おう。
こいつは時間稼ぎに徹しているのか。
猛攻を仕掛けて早めに始末するか、じっと様子を見るか。
『人間の強みはその知性、洞察。それは分かるだろう。
では魔獣の強みは? 当然、その生命力、攻撃力だ』
師はそう言う。
『人間は腹に刃を突き立てられれば……まぁ、大抵は死ぬだろうな。時々死なない奴もいるが。
しかし魔獣はそうはいかん。中には心臓を貫かれた癖に平気で動き回る奴もいる。
胴体は狙うな、魔獣の強固な筋骨に深く刃を突き入れたとしても、奴らはしばらく動く。相手は刺せば死ぬ人間ではないのだから。
狙いは四肢の末端。徐々に傷つけていけ。痛みは怒りになり、怒りは動きを硬くする。硬い動きは先読みを容易にする。……それが演技という可能性はまずない。奴らは馬鹿だからな。すごく頭が良く、人間顔負けの駆け引きをしてくる魔獣も時たまいるのだが。
そして……今教えた全ては忘れろ』
『例外が妙に怖ええんだよ!
いまいち教えが心から信じられねぇんだよ!
あんた弟子に教える気があるのかよ!!』
当時の俺が憮然と声をあげるのも無理からぬ話だ。
だが師は、そんな無礼な反応に『昔の俺と同じ反応をしおる』と楽しそうに笑うのみだった。
歳を経て。
幾度か実戦を経験した今の俺ならば分かる。
結局、実戦に『これが正解』という絶対的な答えは存在しないということ。
先達の教えは参考にするのは良いが、それに囚われるのもまた良くない。
つまるところ、師の教えの真髄とは、考える事をやめないこと。
この手は本当に適切か、もっと上手い手段は本当に存在しないのか? と、疑問を持ち続けること。
よりよい道を選べるように、常に思索せよという事なのだろう。
ぎああああああああぁぁぁぁぁ!!
かつての過去に思いを馳せていた。
師に受けた教えは既に俺を形作る血肉となっており、意識もせぬまま教えどおりの構えを自然ととる。
前がかりな攻めの型ではなく、両足を広く取り、左右への身ごなしを意識する。ブロードソードは上段に構える。
振り下ろされる魔兵の爪。まるで鍛造された肉厚のナイフを五本、爪の変わりに取り付けているかのような、鋭利な凶器を思わせる。
振り下ろしの右だ、相手の攻撃の軌道に意識もせぬまま俺は身を沈め横に避けながら切っ先を振り上げた。魔兵の肉体は頑丈な鱗に加え、しなやかで強靭な筋肉を持っている。腕を狙ったところで切っ先が肌身に食い込めば、動きが封じられる。
狙いは、奴の攻撃の先端、指!!
「ぬっがっあああぁぁ!!」
そのまま渾身の力を込めて――振りぬく!
ぎえええぇぇぇぇ!?
「手ごたえが、軽い?!」
俺は、魔兵の指を切断した剣の鋭さと、身の内側から湧き上がる膂力に目を見開いた。硬くもあり、柔らかくもなる魔獣の肉体こそが、単純な鎧よりも遥かに頑丈な事を知っている。切っ先から伝わってくる魔兵の肉体の感触は、凄まじい剛力と速度で剣を打ち込まねば切断できない厄介なものであると告げていた。
その難事をこうもたやすく行えたのは……先ほどシオンが俺とエクエス様に仕掛けた強化魔術の恩恵か?
だが、思考する暇はない。
俺に指を切断された魔兵が、その兜の下から覗く両目に憎悪と殺気を煮え滾らせて睨みつけてくる。
今度は痛みで腹を立てているのだろう、大振りに腕を振り上げる。
俺は地面を踏みしめ、足の小指で大地を握り締めるかのように力を込める。かかとの後ろで地面が爆発するような脚力で突っ込む。
そのまま……強化魔法で速度を増した俺は、懐に踏み込む。
その俺の背中を掠めるように振り落とされる魔兵の爪。恐らくは剣で受ければ刀身ごとバラバラにされるような一撃は空を切る。
刺す。
両手を剣柄に沿え、鍛え上げた腹筋から撃射するような諸手突き。俺の頭を丸齧りしようと開いた魔兵の口蓋にぶち込んでやる。
如何に頑丈な肉体を持つ魔兵であろうとも口の中にまで筋肉と鱗で覆われているわけが無い。顎にも並んだ鋭い牙を粉砕しながら切っ先が奴を貫き背中から貫通した。
ぎええええぇぇぇ!
「口を貫かれ、脊椎を砕かれてまだ動くのかよ!」
それでもなお動き回る魔兵の腕を避けながら、俺は相手の顔面に武器を突き付けた。
釘打ち銃。シオンは『道具』と言っていたが、ぶっとい釘をかなりの高速で打ち込むこの道具は立派な武器として、俺の期待通りの性能を発揮してくれた。短い射撃音と共に圧縮空気によって放たれた鉄釘がドスドスと兜の隙間越しに眼球に突き刺さる。
痛みで動きの止まった魔兵。そのまま突き込んだ剣を横薙ぎに払って首を跳ね、トドメを刺す。
「……たお、した……、倒し……うへぇ」
緊張と興奮で痛みを忘れていた俺は……先ほど背中を掠めるように放たれた魔兵の一撃が、実際に俺の背中の服を引き裂いていた事を理解した。恐らくは半歩踏み込みが浅ければ頭蓋を割られていただろう。
一匹を始末し、俺は次の相手を求めて挑みかかった。
わたし、エクエス=バルアミーは実戦の経験があります。
当然ながら、白兵戦の経験も。魔女騎士を倒すなら、飛翔甲冑を纏う前に倒す。それはどの騎士団にとっても共通の認識ですもの。
『凍光』の二つ名を賜り、また帝国の横暴に抵抗する『連合』の公爵令嬢であるこの身は士気の柱。兵達に『彼女が空を飛んでいる限り、我々に負けはない』と思い込ませる、戦場の狂気の伝染源となることを任じておりますの。
ゆえに、死んではなりません。
そして、地上にある時は仲間の騎士に守られても、結局、死んではならない我が身を守る最後の盾は、自分自身の両腕の力。
「凍えよ、止まれ、停止せよ!
我が吐息は『止めるもの』、呼吸を止め、息の根を止め、心の臓を止めるもの!
降り注げ、絶命の息吹!! 凍る心臓!!」
わたしが『凍光』の二つ名を持つのは、熱属性の負方向、冷気の扱いに何よりも長けているから。
レイピアより吹き荒れる強烈な冷気の嵐。周囲との温度差によって真っ白い突風がわたくしの前面をなぎ払っていきます。
それらの影響は皮膚を凍らせるのみならず。まるで呼吸器を貫き、臓腑から凍らせるような凄まじい冷気によって一匹の魔兵を氷の彫像めいた姿へと変えていきます。
ぎひいぃぃぃぃぅ!!
仲間を一匹しとめられた魔兵は……恐らく同胞の死を痛むという概念すらないのでしょう。
氷の塊となった仲間を抱えあげ、そのまま投げてきたのです。当然、そんな攻撃など当たるわけもなく……哀れにも、氷漬けになった魔兵は全身をバラバラな氷片へと粉砕されたのです。その様には嫌悪を禁じえません。
「それにしても……身が軽い……!」
もちろんわたしとて白兵戦の技量には自信があるつもりでした。しかし今のわたしの肉体は、頭の中で思い描く理想の動き……の、更に一段上の動きを実現できているかのようでした。
魔兵が四足歩行のまま突進してきます。それこそ、少し前のわたしであったなら、躊躇わず全力で逃げを打ったでしょう。
しかし総身に溢れる不思議な確信がわたしを後押しします。大丈夫、やれる、と。
まるで剣の切っ先が意識を持って『ここだ、ここ』と導くかのような、そんな動き。肩、肘、手首へと間接を連動し、完璧な力のリレーを経て放たれる神速の刺突。
「ここっ!」
まるで突進してくる爆走猪を紙一重で避ける舞踏者の如き動きで――刺突を二発、繰り出しました。
確信とともに放たれた二撃は、狙いを過たず……魔兵の両目を貫きました。それも……鉄の兜の隙間を通して。
引く手が一瞬でも遅ければ、突進してきた魔兵の体当たりに巻き込まれて重傷を負ったでしょうに、わたしは華麗にそれを避けていました。自分で言うのもおこがましくありますが……神技と称してもおかしくない攻撃。
それこそ、目隠しをしたまま繰り出した糸が、一発で針穴を通ったような……もう一度やれと言われても、もう二度と出来ない会心の出来。
続けざまに繰り出すもう一撃は、相手の心臓を射抜き、引き抜く。
我が一撃ながら、早い。引く手の動きが速すぎて、剣に血糊さえ付いていません。
(……やっぱり、シオンの支援魔術しかありませんわね)
その身を強化する魔術は多いけれども、これほど劇的な効果をもたらす魔術。それはあの神君と同じ銀色の髪を持つシオンしか使えないと思いました。
同時に、嫌な予感が背筋を這う感じ。魔術は強力な効果を持つ魔術であればあるほど、その消耗は激しくなります。
ならば……わたしにあれだけの大魔術、あれだけの神速を実現させるほどの支援魔術を行使したシオンはどれだけ消耗しているのでしょうか。
「シオン!」
咄嗟に目を向ければ……シオンは戦っていました。
わたしは今まで大きく勘違いをしていました。あの豊富な魔力量を見れば、強大な魔術を行使する砲台、あるいは初めて扱うという飛翔船をああも完全に修理するのだから、優秀な技術者なのだと。
その認識は確かに間違ってはいなかったのですが……そこにもう一つ、付け加えなければならないと分かりました。
シオンは、戦っていました。
残り3体の魔兵と、曲がりなりにも渡り合っていたのです。
優秀な技術者でもあり、優秀な戦士でもあったのです。




