第十四話『なら、きっとそれは間違いで』
冷や汗が僕の頬を伝う。
それほど寒くもないのに、指先はふるふると震えている。
ザスモーのヘッドセットを頭に被り、システムを呼び出した。
僕が天蓋領域を飛行するムーンボウと連絡を取るために組み立てた通信システムはびっくりするほど単純である。
肝となるのはモモが僕にくれた鉱石のお守り。その一番重要な特性は『元々一つであったものは、二つに分解されようとも魔術的には一つ』ということ。
そのお守りの片割れを加熱してみたところ、遠くのお守りは全く火の気の無い場所であったにも関わらず温度の上昇が確認された。
ならば、音も同様ではないだろうか?
つまるところ僕がつくりあげたのは魔術的な『音叉』だ。
一つが音を鳴らせばもう一つも同様に音を鳴らす。
……通信機を作る際に電波とか科学とか考えていたくせに、結局魔術頼りであった自分の無知さ加減が少し恥ずかしい。
原理は極めて単純。
工夫を凝らしたのは、その鉱石のお守りを使用した魔術的音叉から正確な音を抽出する装置である。
実験もやった。まず間違いなく稼動する確信がある。
それでも……もし通じなければ、天蓋領域へと届く優れた船を作りあげるまでモモの肉声とはおさらばだ。
大事な人の声を長く聞く事ができないかもしれないという不安。
そしてその大事な人に連絡することをすっかり忘れていた事に対する気まずさ。
「……なんて言うんだろう、この気持ちは」
僕は大変気まずい気持ちであった。
言うならば、単身赴任で出張した男性が、毎日妻に電話するよ! と言っておきながら一日目でしっかり忘れていた事を思い出したようなものであろうか。
僕は唇を震わせ、不安に苛まれながら通信スイッチを押した。
「……シオンの奴、一体どうしたんだ?」
「お母はんに浮気のばれたお父はんみたいな不審さやねぇ。あ、ウチの両親は仲ええよ?」
「魔兵が迫る以上、事態を何とか打開できそうなのはシオンだけですが……まず彼の不審な様子を何とかしたほうがいい気がしてきました」
後ろからギュスターヴ達の話し声が聞こえるものの、頭には入ってこない。
僕はそのままスイッチを入れる。
『……シオン』
それは……ほんの一日と十数時間ぶりに聞いた……無機質で無感動なくせに、不思議な温かみを感じさせるモモの声だった。
目の奥が熱くなる。瞳の端が潤みそうになる。下手をすれば……十数年――どころか、永遠に聞くことの叶わないかも知れなかったモモの声だった。
「も……モモ」
『…………』
「…………」
なんか嫌な沈黙が続くんだけど。
「……あの。怒ってる?」
『いいえ。わたしは冷酷美人メイドロボなので怒りなどという感情とは無縁です。冷酷ですので』
「昔修行の時に使った台詞をまだ覚えていたのか?!」
あくまで怒っていないというスタイルを貫くモモであったけど、僕の嫌な冷や汗は強まる一方だ。
おかしい。通信が通じたのに。それは望めば好きな機会にモモと会話する事ができる喜ばしい話なのに。
僕は、ほんのちょっとだけ『故障してくれたらよかったのに!』とか思い始めている。
「と、とにかく! 僕が地上に降り立って大変な目にあっていたから連絡が遅れたんだ!!」
『言い訳を聞いてあげましょう。どのような目に合ったのですか?』
言い訳とか言ってる時点でやっぱり僕が悪いと思ってるじゃないか。
とは思ったけど、それを口にしない分別を僕は備えている。
「四人の女の子と戦って、可愛い女の子とおっさんを助けて、ハラペコの女の子を餌付けして、敵に命を狙われている」
「えへへぇ~」
「おい」
「ちょっと」
おっさんと餌付けされた女の子はちょっと黙っていてください。
しかしなんだろう、細かいところは端折ったが、なんだか凄く女性に縁があるなぁ……。
説明を続ける。
「時間はそれほど多くない。現在進行形で命の危機に狙われている。オマケに冬の衣に空を阻まれてザスモーも十全な性能を発揮できないでいる」
『分かりました。これより本艦ムーンボウは最終兵器、夜明けの槌の発射シーケンスを開始します。
天蓋領域より投射された金属柱はその膨大な位置エネルギーにより弾着地点の周辺全てを粉砕、破壊が可能です。地形が変わり、シオンも巻き添えになるかもしれませんが仕方ありません』
「殺したいぐらいに恨まれていた!」
『冷酷美人メイドロボですので』
明らかにオーバーキル気味な超兵器の名前に僕は泡を食って叫んだ。というか、そんなヤバげな武装積んでいたのか……?
『……シオン。心配していました』
「……あー、はい」
けれども僕はモモのいつもと変わらぬ無機質で……確かな感情の篭った声に思わず頷いた。
『ムーンボウで貴方が通信機を組み立てているのはわかっていました。それをシオンがわたしに教えなかったのもわたしに余計な期待をさせて、ぬか喜びさせまいと思ったのも把握しております』
「……気づいていたのか」
『数日シオンを膝の上に乗せてほっぺたをツンツンしていた際に、後ろから盗み見ていました』
「…………」
やばい、思い出して恥ずかしい。
『わたしの目から見てもシオンの設計した通信機器は十分な性能を持っていたと判断します。だからこそ……地上に降りて、一日が経過したにも関わらず連絡がありませんでした。ああ……地上で新しい女を作ったのだと』
「ごめん……言い訳するようだけど、ほんとに大変だったんだ」
『浮気ですね』
僕とモモってそういう関係だったのか、今明かされる衝撃の真実……などと言ったら、今すぐにでも|衛星軌道投射型質量兵器が降ってきそうなので黙っておくことにした。
いや、モモが大切な人であるのは間違いないんだけど……それを素直に認めるのは気恥ずかしくて仕方ないというか。
「……とにかく、ごめん」
もちろん、僕にも言い分がある。
地上に降りてから様々な事があった。濃密さで言うなら新たな人生でも五指に入る日々であったろう。事情を知れば、実家に電話をかけ忘れた僕を許してくれる人だっていると思う。けれども、彼女に心配させたのが自分自身で許せなくて。
結局、口を突いて出たのは素直な謝罪の言葉だった。
『……それで、結局何が必要なのですか?』
「……こっちに来る前に作ってもらったドローンだ。30機を空中投下して欲しい」
『了解。気流の影響で投下ポイントが多少流される可能性があります。気をつけて』
「ありがとう、モモ」
『いいえ。貴方の無事こそが、一番の宝です。生還を。そして再度の通信を。貴方の無事な声を、あとでもう一度聞かせてください』
「約束するよ」
僕が……もし何らかの窮地に陥った場合、空中投下を依頼していた荷物の一つ。
天蓋領域を飛行する、古代先史文明のテクノロジーで生み出された、前世のテクノロジー。
「ギュス、メーコちゃん、エクエス様。支援が来る」
「支援? どこからだ。空は冬の衣に覆われ、地上では魔兵が唸り声をあげながら接近してくる。手だれの冒険者でも回れ右して帰る状況で……一体何が……?」
ギュスが怪訝そうな声を返すのも無理はない。だが彼は僕に疑問を投げかけつつも……一度、四対一という圧倒的不利な状況を覆したことを思い出して、まさか……本当に支援があるのか? と半信半疑になって答えた。
普通に考えれば絶対に信じられない僕の言葉を曲がりなりにも半分信じただけマシだろう。
「ギュス。いずれにせよ……魔兵は足の速さも、臭いで追跡する頭も持つ相手です。腹を括って戦うより手はありませんよ」
「……仰るとおりですがね、殿下。俺は昨日メーコを危うく失いかけて、そして今日もまた命の危険に襲われているんです。さすがにうんざりなんだ!!」
……一難去ってまた一難。それも、可愛らしいメーコちゃんの命に危険が迫っているとなれば、ギュスターヴが苛立ちを感じるのも無理はない。
僕はザスモーを起動させ、魔術銃の調節を行う。
魔力の消耗を減らす代わりに威力を極限まで収束させる。イメージとしてはこれまで熱を撒き散らすだけだった熱属性の魔術を、より細く、鋭く。まるでスナイパーライフルの弾丸のように極限まで貫通力を高めていく。
今までザスモーがぶっ放していた魔術銃の射撃モードが衝撃と熱量を撒き散らす戦車砲であるなら、今調節した射撃モードは精密に相手を穿つ狙撃だ。
『シオン。到着します』
「ありがとう、モモ」
モモの通信の声に合わせて空を見上げれば……あらゆる魔術的な振る舞いを阻害する冬の衣を突き抜けて、何かがゆっくりと降下しつつあった。長方形型の箱とその頭上に広がる大きな布の広がり。パラシュートに吊り下げられた荷物はゆっくりと降下してくる。
「よし、きちんとパラシュートは開いている!」
僕はもちろんパラシュートの設計に自信があったけど、流石にこの世界で始めて扱うパラシュートは果たして十分な性能を発揮するかいまいち不安であった。
どんなに不具合のないよう細心の注意を払っても、不良品は存在する。そしてその不具合に今ぶち当たってしまった場合……僕らは助からないことが分かっていたから、ほっと一息を突いた。
「そ……そんな、ありえません」
「エクエス様?」
僕の視線の先を追って、パラシュートを見上げたエクエスがなぜか唇を震わせ、戦慄いている。僕を見つめて、詰め寄ってきた。その顔には強い驚きと困惑があり、頭に次々と沸いてくる疑問をどうにか解消しようと僕にぶつけてくる。
「落下制御の魔術機関を備えていたとしても、冬の衣を突き抜けた瞬間故障するはずなのに……い、いったいどうやって解決をしているのですか!!」
「魔術機関を使わなきゃいい話じゃないか」
僕はさも当然といわんばかりに答えたのだけど、エクエスはまるで全身を落雷に打たれたかのように震わせ、恐れおののくように一歩二歩後ずさった。そんな彼女をメーコちゃんが背中から支える。メーコちゃんも目を丸くしたまま僕を見つめていた。
そんな狼狽した様子のかつての君主の姿と姪っ子の疑問を代弁するかのようにギュスが言う。
「どこをどうすりゃ……そんな事ができるってんだ? お前、自分がどれほどとんでもないことを言っているのか自覚が……」
「ギュス。僕は別にとんでもない事を言っているつもりはないよ。魔術機関でなければ落下速度を減速させられない――そんな常識は間違いなだけだ」
「いや……しかし」
「見ろよ、みんな」
僕は降下を続けるパラシュートを指差した。
「魔術は道具だ。魔術が万能に近い力を持っているから誰も彼もみんな忘れているだけで、魔術より便利で簡単な道具があるならそっちを使う……実に、普通の話じゃないかい」
僕はそう言い……パラシュートに吊り下げられたコンテナ内部の『それ』に命令を下す。
「マーカードローン、オールアクティブ」
センサリーレベル、アマーヴポジティヴ。
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