第十三話『ようやく思い出す』
朝。空にはじわじわと冬の衣の陰りが伸びて陽光を覆い隠そうとする。
しかし太陽の日差しが和らぐのは野外活動するのに最適だ。僕たち遭難者一同は、まずギュスターヴの乗っていた船と、エクエスの乗っていた船の双方を点検する事にした。
「ギュスの船のほうを先に確かめよう。エクエス様、貴方は船の中から貴重品の持ち出しをお願いします」
「そいつは良いんだが。シオン。……お前、修理ができるのか?」
「たぶん、できるんじゃないかなぁ?」
僕の確信に欠けた台詞にギュスが少し嫌そうに顔を歪めている。気持ちは分かるが。
誰だって自信のない整備士が手がけた船に命を預けたくないだろう。
「では、シオン。この型式の船の整備を行った事があるのですか?」
「いや。全然」
僕のそんな言葉に、二人ががっかりしたような顔を見せる。
「ただ、たぶん見てるうちに分かると思う」
と、そこは断言しておくのだった。
僕は、確かに連合式の飛行機械である飛翔船を扱ったことがない。
しかし僕が技術を学んだ場所は古代先史文明の結晶、ムーンボウだ。そして連合の船は古代王国の技術を参考に作られているようで、その内部構造や機構を推測する事は実に簡単だったのである。
どれもこれも理詰めで作られているものばかりなら、その役割がどういったものか、推測する事はそこまで難しくない。
「中の調度品に差はあっても、部品はどれも共通規格品だな。これなら共食い整備で直せそうだ」
「ふああぁ、シオンくん、凄いねんなぁ……」
船の内部を確認し結論を述べれば、メーコちゃんが口を開いて感動の声を溢している。
先日、僕のすっぽんぽんの格好を見てしまったメーコちゃん。この年頃の女の子が男の裸をみてしまったのだし、多少ギクシャクする程度は覚悟していたのであるが、しかしありがたいことに、彼女はそういったへだたりを一切感じさせなかった。
しかし、今では逆に僕のあとをくっついて行動したがるように見える。なんだろう。
「……普通に考えりゃ、命の危機に颯爽と現れて助けてくれた相手だからなぁ。好感が突き抜けるのも当然の話だよなぁ……」
「ギュス、覗きたくなる気持ちは分かりますが、落ち着いてください」
時折背中のほうから熱い視線を感じるものの、作業は滞りなく進んでいく。
「ほんならコレが必要な部品やねんねぇ。エクエス様の船から適当にかっ剥いでくるねぇ?」
「よろしく」
エクエスも、ギュスも、メーコちゃんも、飛翔船の簡単な整備などの心得はあっても専門的な分野は町の工房に持ち込んで修理をしてもらっているそうだ。
なので修理の主体は僕が行うことになる。
まず、魔女騎士によって破壊された魔術機関を、エクエスの乗っていた船の無事なものと交換。
それから衝撃で歪んだマナの導引管の修理。両エンジンも幸い共通規格品なので推力バランスの調整で頭を悩ませる必要はなさそうだ。
そう考えつつ、少し距離を置いてから、二つ並んだ船を見つめる。
「……もったいない」
その感想は、破壊された船の使えないパーツを置いていくことではない。
僕がもったいないと感じたのは、船の基本的構造に対してだった。
どちらの船も、空気抵抗に対して馬鹿正直に逆らう形をしている。
羽にも一工夫を加えれば燃費を改善させることができるだろう。
僕の前世、航空機、戦闘機開発の技術者だった頃を思い出すと、あちらこちらに手を加えたくて仕方なくなってくる。
どうしてこうなったのか、それは分かる。魔力という便利すぎて万能なエネルギーさえあれば、大気属性の魔術を使って風圧をコントロールする事ができる。あらゆる不足を魔術によって解決しているこの世界では、優れた飛行機械とは優れた魔術機械という事なのだ
僕は訳も分からず怒鳴りたい衝動に駆られた。
あまりにも便利な魔術の発達が、航空力学の発達を妨げた。僕が前世で培った技術がこの世界では全く成長していない。
まるで前世の生涯をかけた仕事がこの世界では取るに足らぬもののように扱われているようで、悲しくなってくる。
「そんなわけがあるか」
今度は口にしてみる。
元気を振り絞りながら、僕は早速作業に取り掛かることにした。
ぎゅうううぃぃぃぃぃいいん
僕は自分の飛翔甲冑であるザスモーを身に纏うと早速作業を始める。
まずエクエスの乗っていた船の、歪んだ木製の船殻を切断し、空間を開ける。そこから無事なエンジンを回収。
ギュスのそれも同様の処置を行ったあと、破損したエンジンを軽量化の魔術で軽量化して破棄。エクエスの船のエンジンと交換する。
この作業で役に立ったのは、電動ノコギリのメタルセイバーだ。
本来は鉄の切断にも使われる強力な工具だが、先の魔女騎士との戦いでは普通に武器にして使う事ができている。
船殻に穴を開け、エンジンを軽量化で軽くして、僕のザスモーが両手を伸ばし、がっちりとホールド。
「よし」
機体後背から推力を噴出し、上昇。
船の外に出るとかなり低い位置まで冬の衣が降下しつつある。
ザスモーはさいわい空中でのホバリングが可能な、高度な推力の制御が可能だ。細かく推進炎を吹いて空中でぴたりと制止する。この辺の制御は普通の飛翔甲冑では不可能だろう。そのままギュスの船の中へと移動し、エンジンを設置。固定作業に移った。
「このネイルガン……面白いな」
「そうかなー?」
エンジンの設置作業が終わる頃にはうっすらと広がる冬の衣を貫いて見える僅かな太陽の光が、地平線へと沈もうとしていた。もうじき、夜が来る。
僕は一足先に仕事を終わらせ、ギュスは仕事の最後の仕上げを終えようとしていた。
エンジン搬入の為に開けた船殻に材料を当てて、ばすん、ばすん、と圧縮空気の音と共に釘を打ち込んでいく。
「釘なんざ、ハンマーで頭を叩いて埋め込んでいくものだと思っていたんだが。こういう細かな工夫で随分効率が変わるもんだ」
「『必要は発明の母』とも言うからさ」
「初めて聞くな、そいつは」
エンジンの設置と船殻の補修作業。
僕とギュスターヴの男の子チームは船の補修工事を行い、メーコちゃんとエクエスの女の子チームには食事の準備と、ここに残していく船から貴重品を持ち出す作業をお願いしておいたのだが。
ギュスの仕事の完了を見届けてから、野営場所へと移動して食事をはじめようとした矢先、エクエスに話しかけられる。
彼女はなんとなく申し訳なさそうな顔で僕を見つめる。
「シオン。よろしかったのですか?」
「何が?」
「貴方の飛翔甲冑を……戦うために生み出された誇りを……ああいう風に、タダの道具として扱わせてしまって」
「気にする事か? こんなものはただの道具だ。人の安全と快適のために使うのが道具で、そんな誇りのために不自由を強いるのは本末転倒だと思うよ」
昔のサムライが刀を特別視したのと同じように、恐らく魔女もまた飛翔甲冑を大事に扱っているのだろう。
だが、僕はそんな気遣いなど必要ないと首を振っておいた。
「シオン……本当に貴方は、どこで生まれたのですか?」
「ん?」
「あなたは……心が自由すぎます」
そんな僕の反応は彼女の好奇心を刺激したのか……疑問の言葉を投げかけてくる。
だが答える気はない。肩を竦めて黙ったまま、野営場の中心で燃え盛る火の中に木の枝をくべて食事を煮炊きしているメーコちゃんのほうへ進んだ。そんな彼女の傍で……ギュスが、円柱状の包みを抱えている。中身を広げて確認し……天を仰いだ。
あれ? どうするんだろう? と思った僕であったが、ギュスはそれを躊躇うことなく炎にくべる。
包みの包装といい、貴重品のように見受けたのだけど。僕は首を捻った。
「あれ、燃やしてよかったのか?」
「良いんだ。俺と……メーコは、これのおかげで危うく死ぬところだったんだからな」
「ギュス……それは、貴方は……」
「お察しの通りでしたよ、エクエス様」
エクエスが大きく息を呑む音が聞こえた。命の危険さえ招くような情報となれば察しはつく。
公爵令嬢であるエクエス=バスアミーが単身帝国と連合の国境付近に出向いた理由。連合に突きつけられた喉元の刃は、今目の前で灰燼と帰したのだ。
確かに……あの地図の存在は戦争を継続させるあってはならないもの。しかし、ギュスの密輸業者としての経歴に傷をつけないようにもっと上手く立ち回れなかったのだろうか、と僕は思った。
けれども……。
「……随分、満足そうな顔だよな」
「ん? ああ」
ギュスは自分自身の顔をつるりと撫でると……今まで背負い続けていた重い重い積荷をようやく手放したような、どこか安堵した笑みを浮かべていた。
「なに、少し思うところがあって密輸業者はもう廃業する事にしたのさ」
「叔父さんはもう危ない事せぇへんのよ。……ウチのお母さんが、弟が無事でありますようにって神様にお祈りする必要もあらへんのよぅ」
「そっか。……良かったな」
どことなく、力の抜けた、気の抜けた様子のギュスターヴではあったけど、僕の言葉に彼は笑った。
「ああ。お前のおかげだ。シオン」
「……何かしたっけ?」
「まぁ、な」
照れくさそうに笑うギュスと、彼に後ろから抱き着いているメーコちゃんを見て、僕はちょっと笑った。
あの時、見捨てずにいてよかった。
ぎゃおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
それは――突如として夜の森の中に響き渡った、ただならぬ遠吠えだった。
叫び声の端々から聞こえる、耐え難い飢えへの不平不満に満ちた怒り。
ようやく飢えが満たされることへの喜び。
鋭い爪牙で獲物を引き裂く残酷なたのしみへの期待。
ただの一声で森の中の全ての命を震え上がらせるような、邪悪な命が奏でる血祭りの歌のようにも聞こえた。
「……ま、魔兵……?」
「魔兵? ……なんだっけそれ、うーんうーん、思い出せないぞぅ」
「ふざけている場合ではありません、シオン!!」
どうも相当に危険な状況なのだろう。エクエスに怒られてしまった。
ギュスも同様に焦りを浮かべ、腰に下げた剣に手をやっている。
ぎゅっと手をつかまれる感触。振り向けばメーコちゃんが顔を青褪めさせ、縋るように僕の手を掴んでいた。
「あ、あんなぁ、シオンくん。……『古代王国』が滅亡した際、大陸全土を覆う冬の衣が発生したのは知ってるんよねぇ?」
「う? うん」
「……アレは……魔兵は、冬の衣によってあらゆる魔術が使えへんようになる事を……好機と考えた大昔のアホが、交配と改造を繰り返して生み出した魔獣の品種改良種らしいねん。主人の命令に従い、とにかく手当たり次第に殺して回る連中や……」
「……ちなみにそのアホは最終的にはどうなったの?」
「飼い犬に噛まれたんちゃうかな、喉笛とか」
あー、うん。大体の末路は想像できる。
少しおどけたような声をあげるメーコちゃんだが、やはり震える声と指先から、魔兵が恐怖の対象として脳裏にしっかりと刻み込まれていることが伺えた。
エクエスが言葉を続ける。
「ただ……使用される状況は限定されるはずなのですけどね。
何せ戦争に投入した場合、敵味方も区別しない。また降伏しても殺される。民間人への虐殺も平気でやる。そういった殺戮しか能のない代物なんですよ? たとえ降伏しても殺されるぐらいならと、敵も死に物狂いに抵抗するし、そうなったら後の統治だって難しくなるし、税収も落ちる。残虐な敵に対する憎しみからレジスタンスも出来る。……だから殺しつくしても問題のない魔獣の棲家に投入されるぐらいしか使われないはずなのですが……」
「俺たち全員を魔兵の腹の中に納めて……それから後でゆっくりと『地図』を回収しようという腹だったんだろうが」
僕はギュスの言葉に答える。地図を燃やす炎に目を向けた。
「『お前達の目当ての地図は既に灰だ。残念だったな』と言っても命惜しさの言葉としか向こうは受け取らないだろうなぁ。
……接敵までおおよそ何分と思う?」
「来るまでに30分はあると思うが……シオン。どうする気だ。空には冬の衣がある。船の魔術機関はあの中じゃあ作動せん、飛べないぞ。船の中に篭城するという手も駄目だ。奴らは平気で船の扉程度ぶち破ってくる。おそらく敵は空を飛んで逃げられないことも計算に入れている」
加えて、今は夜。
視界が悪く、木々が射線を遮る。魔術で遠くから狙い撃つにしても限界があった。
「いや、大丈夫。ドローンを彼女に送ってもら……え、れ……ば……」
僕はこの時、状況を打開する手段が確かに存在していた。
前世の知識を再現したアレは、この夜闇の中であろうとも正確に敵の位置を知らせてくれる。
だが……僕は恐怖で真っ青になった。
「ふぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」
わ、わ、忘れてたあああぁぁぁぁぁぁ~~~!!
地上に降りて。そして撃墜されそうになっている船を見つけて戦い。そして疲労のまますぐに眠りにつき。
僕は、地上に降りてからずっとやろうとしていた、重大なことを忘れていたことに今、ようやく気付いたのだった。
天蓋領域にいる彼女のために作った通信で。
モモとお話しすることを……ずっと忘れてしまっていたのだった。




