第十二話『うつくしき馬鹿め』
屋敷の廊下で、初老の男性が軽く会釈する。
ヴァレン=ダグザス辺境伯。帝国内部の内乱や連合との戦いに半生を捧げた軍人であり、今ではじゃじゃ馬であると評判の余に仕える退役軍人であり、セルーカの父親でもある。
華々しい戦歴とは無縁であるが、地味で過酷で見入りも少ない戦いを続ける実直謹厳を地で行く人であった。
副官としての彼がいなければ、如何に余が優秀であっても能力を発揮しきれぬ。
それに彼の奥方は余の乳母で、薄情な実母よりもずっと母らしい愛情の溢れる人だった。それこそ、幼い頃は彼こそが余の父親であると勘違いしていたぐらいだ。絶対の信頼を置く片腕である。
「……殿下。二つ、お詫びをする必要があります」
「爺が挨拶より先に謝罪とは珍しい。なんだ?」
「独断で『骸骨を取り扱うもの』を動かしました」
その言葉に、意識せぬまま目が細まる。弾劾の意を込めて睨む。
ヴァレン老はしかし、それを真っ向から受け止めた。
もし独断で兵を動かした理由が私利私欲であるならば、余の視線に耐えられないだろう。
だがヴァレン老は、自分の独断が正しいものであると確信している。こういう汚れ仕事を知らぬ間に済ませようという気遣いもあるゆえに強く責めにくい。
「……何を命じた」
「『地図』の運び屋を殺せと」
具体的な事は口にしない。だがその短い単語で意図は通じた。
バシンッ! と余は彼を平手で打つ。いかん……言葉に嫌悪感が滲むのをどうにも堪えられぬな、これは……。
「必要であるやもしれぬ。有効なのかもしれぬ。しかし余の意志を無視して手を出したことは許し難い。慎め」
「はい。不味いことの二つ目ですが」
「申せ」
「失敗しました」
余は意識せぬまま、歩みを止めていた。
「失敗した?」
「はい」
「……相手は飛翔船であった。こちらは四機編成の魔女であろう? なぜ負けることができる?」
「増援がいたそうです」
「……戦争継続をもくろむ連中か」
「それが……話を聞くと妙に『甘い』敵だったようで」
余はそう言いつつ部屋の一室に足を踏み入れる。
余の登場に部屋に控えていた非合法部隊、『骸骨を取り扱うもの』ザーナ達が立ち上がり敬礼するが、余はそれを手で押しとどめた。
「『骸骨を取り扱うもの』の面々であるな? そなたらは腕が良いと爺が太鼓判を押しておった。ザーナ、ラメル、ミラーザ、モニカ」
「われら、汚れ仕事の部隊などを……全員覚えておいででしたか」
「優秀なものの名は記憶している。良い。楽にせよ、ご苦労であった。座れ」
「ありがとうございます、皇女殿下」
さて……と余は椅子に腰掛けた。
驚きが強すぎて容易には信じがたい。
……失敗した? 四機がかりで飛翔船一隻落とせなかった? それは言わば、葉の上を這う芋虫を、空を飛ぶ鳥が咥え損ねたに等しいことだ。
そして彼女らの隊長であるザーナは魔力量に優れた貴族という才能と、没落した家の再興を目指す意欲に満ちた優秀な戦士であった。
絶対の信頼を置いていたにも関わらず、この失敗。余は……面白い、という気持ちを、笑みにつりあがる唇を自制するのに必死にならねばならなかった。少なくとも、ザンクトの悪口を日記に書くより遥かに面白そうである。
「よし、話してみよ。何があった?」
「はっ」
…………
「信じがたい話ではありますな」
全てを聞き終えた後、余はヴァレンの言葉に頷きつつも、内心面白いという気持ちを抑え切れなかった。いかんいかん、唇が笑いに歪む。
皇族専用機にのみ許された塗装をあえて行うその神経。異様とも言える戦闘力。面白い。
「そして何より銀髪。皇帝陛下が余の知らぬ間に妹を作ったか?」
くくく……いかんいかん。こみ上げる愉悦が抑えきれぬ。
余は……その者に会ってみたかった。
大変美しい容姿をしているのは教えて貰った。その飛翔甲冑の形状に興味もある。だが……余がいたく興味を惹かれたのはそこではなかった。
「殿下ぁ、お言葉なんだがよぉ。……あの餓鬼、どう見ても頭髪の全部が銀色だったぜ?
どっちかというなら神君の子孫じゃなく、神君の妹君ってとこじゃねぇかな」
「ははっ、あり得るかもなぁ」
彼女らの中で乱雑な口調で話すのはミラーザ。当然ながら元とはいえ貴族であるザーナは良い顔をしてはいないが、余としては身分が遥か上の人間にも普通の乱雑な口調で話す彼女が結構好きである。
王宮では言葉づかいこそ丁寧でも、こちらをさげずむ上品を装った下品な輩など掃いて捨てるほどいる。それに比べれば彼女の飾り気のない素の喋りはいっそ心地よいのだ。
「で、さぁ……殿下。一つ聞きてーんだが。……殿下は軍人、あたしらと同じ魔女で軍人だ。
殿下が実権を握るためにはもっと武勲がいる。戦は続いたほうが都合よさそうなのに……なんで、戦争を優勢に進められる『地図』の破壊を命じたんだよ」
実際のところ、地図を船ごと破壊せよという命令を下したのはヴァレン老であるが、余は訂正をしない。
そういう風に高みで部下に汚い真似をさせて、自分だけ手を汚さぬのは卑怯者のやること。余の潔癖な部分に触るがゆえに、ヴァレン老の命令を余のものであると思った勘違いを否定しなかった。
「……連合の鉱山資源を欲して戦費を投入した帝国も、帝国との戦争にかまけて開発に手が回らぬ連合も、もう限界に来ている。これ以上戦争は沢山だ……そういう厭戦気分が広がり始めているのだ。
まぁ、余が上に行くための時間が欲しいというのも本心であるが」
ふむ、良い機会だし、余も質問しよう。
「皆に聞こう……魔女と飛翔船。優れているのはどちらと思う?」
「それは、当然ながら魔女騎士と思います。殿下」
ザーナの言葉に余は頷き……答える。
「うむ。直接的な戦闘力ではその通り。では、逆に聞こう。飛翔船が魔女に勝っている点とは?」
「……航続距離、飛び続けることのできる時間ですか?」
ザーナの傍らに控えるラメルがそう答える。
「ああ。それに飛翔船は沢山荷物を積む事ができる。空気中のマナを吸収するのみならず、魔石燃料で推進力を増すことができる。
いずれ……未来には、連合から出撃し、帝国首都を直接空襲できるような凄まじい飛翔船が完成するやもしれぬ。
対し、飛翔甲冑の製作技術は、神君の時代とさして変わっておらぬ。変わったものといえば装飾の流行廃り程度。
『神君の時代での設計が素晴らしく、手を付け加えるところがありません』……という鎧鍛冶の貴族らは神君賛美でごまかしてはいるが、つまり……停滞だ。なにも変わってはいない」
余は本心を言う。
「はっきりと言ってやろう。飛行税などという意味不明なものを課し、技術革新を封じ込める現在の帝国では、遠からぬうちに連合に敗北するであろうよ」
「……殿下、それは!!」
余の言葉にザーナが青褪めて、周囲を見回すが意には介さない。此処には忠実な部下しかおらぬ。
「本心を言えば、もっと、派手に劇的に負けたかった。頑迷固陋な貴族の老人たちが青褪め、ドラスティックな改革を容認するような、歴史的惨敗が、な?
……50年前の戦争初期、その機会はあった。敵の飛翔船に爆薬を詰めた自爆戦術で、30万の兵を支える物資集積場を破壊され、皇太子や王子たちを死なせたあの頃ならば……」
余は頭が良い。
良いゆえに、帝国の体質を変える……劇的に変えるには生半可な手段では不可能な事を知っている。しかしそのために自国兵士が大量に死ぬ事を望むあたり、我が心に鬼が住んでいることを実感する。
「に、しても……そなたらが遭遇した銀色の魔女。
危険な状況にある船を助けるため単独で飛び込むとは、愚かで、そして美しいな。
話を聞くだけでも、帝国にはない技術が使われた飛翔甲冑のようである。鎧鍛冶どもの意識を改める起爆剤になりそうよな」
と、そう呟く余に、上ずった声が投げかけられる。
「あ。あの……で、殿下。直答をお許しいただけますか?」
「帝都の兄上姉上ならばともかく、余相手にはそこまで気にせずともよい。なんだ?」
モニカという亜麻色の髪の少女は如何にも気弱そうではあった。
今まで部屋の片隅で沈黙していたのだけど……その目には、何か強い感情を感じる。
「あの時、わたしが、あの人に助けて頂いたのですが……とても低い声で、思わず『声、低いです、男の……子?』って尋ねたんです。そしたら『それ以外に見えたのか』って……言ったんです。男の子って言われて、否定しなかったのです」
モニカのその言葉に……余を始めとする一堂は全員、沈黙した。
「……神君の妹君ではなく、弟君であったか」
男性は飛翔甲冑を纏い空を飛ぶ事はできぬ……その唯一の例外が帝国初代皇帝であったデュナンナータ=サンシメオン公であったはず。
いずれにせよ……これは知られぬように箝口令を強いた方が良かろう。神君と同じ髪全体が銀色である少年の存在を知れば、大勢が権力の道具として利用しようとするであろう。
「あっ、あのっ!」
「なっ、なにか?」
と、そんな風に考え込んでいた余に、モニカが勢いよく身を乗り出してくる。
反射的にびくんっと背を震わせ、彼女を見る。
正直……驚いていた。彼女は大人しい性格の娘であり、余が常に直答を許すと言っても恐れ多いと言って話したがらない娘であるが、このような積極性を持つとは思っていなかったのだ。ザーナが驚いて肩を掴み、部下を掣肘しようとしているが、それを止めさせる。勇気を振り絞って言ったのだ。最後まで言い切らせてやりたい。
「殿下、お願いでございますっ! あ、あの人に……どうか……優しくしてあげてください」
言っている最中に、モニカは自分が分を越えた事を言った事に気付いたのだろう。言ってから狼狽したように震えている。
だが……余が何も言わず、じっと見つめても前言を撤回する様子はなかった。
モニカは恐らく、自分を助けてくれたというそ奴に恩を返そうとしているのであろう。不敬罪を犯しているなどという考えなどきっと念頭から消し飛んでいたに違いあるまい。
「そなたも、そやつも美しいな。安心せよ。余は美しいものを愛するのだ」
余はモニカの頭を撫で、そう安心させるように断言してやった。
余は美しいが故に、その肉の美しさに目を奪われる輩を大勢見てきた。皇女という肩書を愛するものを見てきた。
だからこそ、自分の利益よりも他者の為に行動する、損得や打算より善意を優先する……そんな愚かな、しかし美しいものに余は惹かれるのだ。
ザンクトは賢い。自らを高めず、生まれ持った貴族位と金銭を利用して他人を踏みつけ自らの立身出世を狙う、賢く醜い男だ。
しかし、その銀色の飛翔甲冑を纏う少年は違っていた。
船を守るために、自ら火中に飛び込むその行動は、自らの命を危険に晒す愚かな行為だ。
だが、余はその振る舞いを美しいと思った。
賢き醜きよりも、うつくしき馬鹿のほうがいい。
「そやつがどのような男か、会うのが楽しみである」
だからこそ、四機の魔女に一人で挑む男がどのような人であるのか。
余は期待に胸を膨らませるのであった。




