第十一話『相応に事情はある』
『火炎旗の魔女、のちに伝説となるクラウディア皇女は大陸全土を平定した神君の直系子孫であり、一族でも尊ばれる神君譲りの銀色の髪を一房持つ姫君であった。
帝国内部の学園にて魔女の教育を受けていたものの……父であるベサリウス皇帝陛下や他の大貴族らも彼女を前線に送るつもりなどない。彼女の中に燦然として輝く軍事的、政治的才能にはまったく気づかず。その容姿のみしか見えない彼らは国内の大貴族へと降嫁させる為の道具としてしか考えていなかった。
しかし、彼女に雄飛の時が訪れる。
連合の飛翔船は、真夜中に針穴回廊を通りぬけるという危険な賭けに出たのだ。
危険極まる行為であった。魔女ならまだしも、大きな飛翔船で地形追随飛行を実行するのは難しい。
しかし、だからこそ帝国の頑迷固陋な軍人の意表を突くことに成功したのである。
そして帝国は船より飛び立った魔女騎士の強襲を受けたのだ。
まず、このような一見無謀とも思える作戦を立案し、それを実行してのけた敵手の技量と、帝国本陣の総指揮官のいる陣幕へと迅速な奇襲を仕掛けた敵の手際は見事であった。
対し、帝国軍は長き平穏の時代によって血統主義が蔓延し、尻で椅子を磨くしか能のないものが指揮官として赴任している。
加えて開戦当初の危機感は既に薄れ、今では軍が予算を欲して馴れ合いめいた戦争を続ける有様。
如何に帝国の魔女騎士が強力であろうとも、豚に率いられては十全に力を発揮する事はできない。
恐らく、敵の奇襲が成功すれば帝国は数に驕って詰めを誤り、一敗地に塗れたと歴史に名を刻むこととなる。
しかぁーし、敵の不幸は、前線への慰撫を兼ねてクラウディア皇女、つまり余が陣中見舞いに来ていたことであった。
彼女は単身、敵の強襲部隊に挑みかかり、本陣の後退するまでの時間を稼いだのである。
出会いもあった。
恐らくは余の終生のライバルになるんじゃないかなー、と思うエクエス=バルアミー公爵令嬢は強敵で、撃墜には至らず結局取り逃がしてしまうこととなる。
頑迷固陋な将軍たちは皆、暗愚であった。
確かに余こと、クラウディア皇女は容姿端麗であり、十人いれば十二人が振り向くほどの絶世の美少女であったが、みなその可憐な美貌に気をとられ……彼女が後に『神君』と並び立つ(ようになりたい)大英雄に成長する事を見抜けなかった。
麗しくもじゃじゃ馬な姫君がしゃしゃり出ているとしか考えていないのである。
そう、特に阿呆の代名詞として後世に評されるがいいと思うザンクト将軍、あの見掛けだけ美しく中身のない馬鹿は特筆すべきだ。余は奴の無能に十ページを費やすだけの悪口、憤懣を溜め込んでおる。
あの腐れ美形はせっかく苦労して鹵獲し、これより帝国本土の技術局で解析調査する予定だった連合製の飛翔船を全て廃棄処分したのだ。ぶち殺すぞ。
どうして余の先祖、デュナンナータ公はあの有害無比の阿呆を生かしていらっしゃるのか。
今すぐ雷を落とすなり、墓場から蘇って功臣の不良息子を食い殺すなりしてくださらぬのか』
…………
「姫様ぁ」
筆が乗る。大変に楽しい! あの無能共に散々溜め込まされたストレスを紙にぶつけるのが、最近の余の趣味である!!
カリカリカリカリ……と、最初こそ一定のリズムと共に書き綴られていた文章が、思い出せば出すほど腹立ちが増すして、だんだんとヒートアップしていく。
余の高揚に釣られてか、だんだんとガリガリガリ……! と激しさを乱暴さを増していく。あの無能あの無能、と囁く様はまるで呪いの呪文のようだ、と余でさえそう思った。もし第三者であったならきっと引くわー。
余はそこで机の前に立つメイドの姿に首を傾げた。
「ぬ……なんであるか。セルーカ。余は自伝の執筆に忙しいのだ」
「姫様のそれは自伝というより、死後公表されることを狙って書き綴った悪口メモじゃないですかぁ」
「後世の一級品の歴史資料として残されるであろう。私怨が混じっていることは否定せぬが、概ね事実であるぞ? ……して、どうしたのか」
「父上がお呼びですよぅ。耳に入れることがあるって」
「……ヴァレン老が? 分かった」
かけていた眼鏡を机の上に置き、薄暗い部屋の中、余は静かに立ち上がった。
……皇族というものは、大抵美形になる。それもこれも権力や財力に任せて美姫に子を産ませることを続けていたからだ。
だが、だとしても余は父祖の血に流れる数々の美貌から選りすぐったかのような大変な美少女っぷりを誇っていた。
豪奢な金色の髪に混じる銀色の髪がひとふさ。麗しさもさることながら、その内面からあふれ出る自負、自信がこの美貌の肉体を内側から輝かせているかのようである。お気に入りの燃えるような赤いドレスを翻し、颯爽と歩き出す姿は舞台演者のように鮮やかだ。
頭脳明晰、容姿端麗、戦技無双、乳と態度のデカい皇女……それがメイドのセルーカが、余に対して下した評価であった。
自慢ではないが、否定する要素は欠片ほどもない。
嫉妬の視線が心地よいぞ?
「セルーカ」
「はぁい。姫様ぁ」
「余はそなたの母上を乳母に、乳を含ませてもらって育てられた」
「はぁい。……それが何かぁ?」
ふと思いついたことを余は呟いていた。
メイドのセルーカは、幼い頃実の姉妹のように育った。その長年余の傍にいて培った嫌な予感が反応しているのであろう。
胡乱なものを見る目であった。
「まさしく、姉妹同然の関係であるな!!」
「本題を仰ってくださいよぅ。いやな予感しかしないけどぉ……」
「うむ。男子であるならば、この関係を乳兄弟と言う」
こくこくと頷くメイドのセルーカ。小柄でちょこまかと良く動く彼女は子栗鼠のように愛らしい。
「女子である余らはそう……乳姉妹という事か。
……うむ、乳兄弟とだいたい同じ意味なのに、どうしてこう……ほのかにイヤらしい感じがするのであろうか?」
「もぎますよぉ?」
「やめよ! 収穫はやめよ!!」
五指を虎爪のごとく開くセルーカ。反射的に胸を押さえておののきながら叫ぶ余の姿に『お馬鹿』と目で語るセルーカ。
そうしてじゃれあいながら進んだ先、前線基地にするため徴収され、もう長い間本来の主人に返されていない屋敷に足を踏み入れれば……遠くから獣の遠吠えめいた声が響いてきた。
魔獣。『古代王国』期には大半が駆逐されたと聞くが、奴らはしぶとくも生き延びて、今もなお存在している。だが……あの声は恐らく『古代王国』が末期に、戦争用に改造し、調教したと言われる魔兵のものであろう。
「遠吠えの声に殺気が漲っておる。餌を与えておらぬな」
「え、ええぇ?! でもひめさまぁ……『連合』とは和平交渉が進んでるんですよねぇ?」
「余計な真似をせねば良いが」
こくり、と余は頷く。
そう言っている最中……近習を控えさせた顔だけは美しい青年貴族がやってきた。
『帝国』貴族の悪しき典型。ザンクト将軍は会釈する。しかし余は知っている。奴は外見こそ気を使ってはいるものの、その腕は剣をろくに握ることも出来ぬ軟弱者であった。
「これはこれは姫様。ご機嫌うるわしゅう」
「うむ。ザンクト将軍。なぜこの時期に魔兵を用意したのか。遠吠えの声からして相当に飢えさせておるのだろう。……どこに用いるつもりか」
このザンクトは指揮官としての能力も、先陣を切って兵を奮い立たせる戦士としての武勇も、補給を滞りなく行い兵士の全力を引き出す文官としての頭脳も不足している。それでも貴族たちの支持を取り付け一軍の指揮官として振舞っているのは、その美しい容貌と、賄賂を渡す相手を的確に見出すところであろう。
魔女の頭領、空軍指揮官である余としては相手は目の上の瘤であるが、陸の騎士団指揮官である相手も同じ事を考えているに違いあるまい
「いえいえ、姫様。用心でございますよ。なにせ『連合』は貴族のみに許された空を飛ぶ権利を、平民でも使える飛翔船なる代物で穢し、幾度もあの空飛ぶカラクリで奇襲を仕掛けてまいりました。奴らは姑息でありますゆえ、最後まで気は抜けず……」
「空を飛ぶ魔女騎士に対抗できるのは同じく空を飛ぶ魔女騎士のみ。軍学校で習う基礎中の基礎であったな。地上を這う魔兵でどう空の敵を相手取る」
ぐ、とザンクト将軍の顔が一瞬、怒りで歪むが……余が帝国皇女である事を思い出したのであろう。
すぐさま、笑顔を浮かべた。しかしこの男にいやみを言う機会を早々逃してたまるか。
「し、しかし……魔女騎士には幾度も逃げられておりますね。いつになったら殿下は連合のうるさい小蝿を叩き潰せるのですか?」
「うむ。奴らは飛翔船と言う飛行機械を用い、魔女騎士の空中母艦として運用して移動距離を伸ばしている。ゆえにこそ、余も奴らの手法を真似し、敵陣への強襲をしかけようとしたのであるが……どこぞの馬鹿がせっかく反撃の武器、技術解析の資料として鹵獲した飛翔船を破壊してしまったのでなぁ? ……なぁ、心当たりはないか? ザンクト将軍。敵の技術を解析し、相手側の優位を一気に覆せる鹵獲品を破壊した、馬鹿の国から馬鹿を広めに来たような見事な馬鹿の見本のような男は」
「ッ……きさ……!! し、失礼、急用を思い出しました!!」
せっかく手に入れた貴重なものを、馬鹿のせいで破壊されたので恨みも込めて嫌味たっぷりに言ってやれば、ザンクトの奴め、余に怒鳴りつけ、拳を握り固めよった。
よーし、来い来い、丁寧に殴り返してくれようぞ……と思ったのに、奴はそこで冷静さを取り戻し、逃げるように去っていきおった。はぁ、と余は溜息を吐く。
「いや……そこで余に手を上げられる意地のある男であったなら、まだ見込みがあったのだが」
「ひ、ひめさまぁ?! 危ない事しないでくださいよぅ!」
セルーカが涙目で叫ぶ姿に、余は苦笑する。
気の小さい彼女には奴を挑発する余を心配してくれたのであろう。抱きついてふるえる彼女の背を撫でてやる。
「安心せよ。余の乳母、今はなきそなたの母上に代わり、ちゃんと守ってやるから……大丈夫だ」
「心配なのは姫様のほうですよぉ!! ……無茶は、なさらないでください」
ああ、と小さく頷き、余は待ち人のいる屋敷の中へと足を踏み入れた。
本日は二回更新します☆




