第十話『わたしは、ねらわれている!』
そう。
僕はウッカリしていた。
かつて<ムーンボウ>でモモに指導を受けていた時、最初に『男性には飛行魔術の適性がない。しかしシオンは天上人なので扱うことができる』と教えてもらっていた。
そこから数年間、僕はすっかりその事実を忘れていた。
飛翔甲冑を纏い、自由自在に空を飛ぶ魔女はみんな女性であるという固定観念から、彼らは僕を女性と思い込み。そして天蓋領域でモモ以外の誰とも接触してこなかった僕は自分が女顔であることを自覚していなかったのだ。
こうなると僕のフルヌードを覗き見する形になったメーコちゃんとエクエス嬢の事も責める訳には行かない。
「……質問なんだけど、そんなに男らしくない顔だろうか」
「わたし……貴方を絶世の美少女と思っておりました」
「役に立たない目玉しやがって」
エクエス嬢の言葉に悪態をついても仕方ない。
ギュスとメーコがぎょっとした顔を見せる。……そういえば公爵家令嬢に失礼な物言いだったかも知れない。謝るべきかな、と思った僕の先手をとるようにエクエス嬢が言う。口元には緩く笑みがあり、あんまり不快には感じてなさそうだ。
「ならこれでお互いの非礼は相殺という事でよろしいですね?」
「ん? ああ。別にいいけど。……怒らないの?」
じゃぶじゃぶと川の流れから出て腰に布を巻きつけて大切なところを隠す。
僕の質問にエクエス嬢はいいえ、と首を振った。
「悪口でも陰口よりはマシと思っております」
「そう?」
貴族は貴族なりに色々と面倒なのかな? 僕は考えるのを止めて……ギュスターヴに、しっかりしろと肩を叩かれているメーコちゃんに目をやった。
「どうかした? メーコちゃん」
「はふぅ。シオンちゃんがシオンくんやったなんてぇ……」
くにゃり、と膝を突き、赤らみ潤んだ目で僕のほうを見つめてくる。
どことなく熱っぽい眼差しに思わず怯んでしまった。メーコちゃんを介抱しているギュスターヴに質問する。
「大丈夫? なんか具合悪いのか?」
「……いや? なんでもないぞ? 叔父さん、なんにもショック受けてないぞー? メーコが白馬の王子様を見つけたからって……か、悲しくなんかないもんなー?」
嘘つけ。
明らかに目線が泳いでいる。僕を見る眼差しになんとも言えない感情が含まれているのが良く分かる。声がかすれて言葉は後半から良く聞き取れなかったが、ショックを受けているのは震える唇から良くわかった。
そのままでっかい溜息をついたギュスターヴはメーコちゃんを山賊が略奪品を扱うかのように肩に担いで去っていったのだった。
「ふぅ……」
簡易の寝台……適当に草藁を頭に敷いて体は比較的柔らかな地面に寝かせる。
中心には薪の火がまだちろちろと光を放っていた。周囲には『警報』の魔術を張り巡らせているから、魔獣や普通の獣、害意ある人の接近を検知できる。
皆色々あって疲れたのだろう。横になるとしばらくして周りから寝息が聞こえてきた。
疲れた。
足が痛い。体の節々が軋む。ふぁ……とすぐにあくびがこぼれてくる。
……ギュスターヴを狙ったあの四機の魔女を撃退する事には成功した。今頃あの連中は本拠地に戻っている頃だろう。また仕掛けてくるかも知れない。
ただし……エクエス嬢は再度の襲撃があるか? という疑問には、はっきりと首を振った。
『あれをごらんなさい、シオン』
とろとろと眠気でまどろむ中、僕は先ほどまでエクエス嬢と交わした会話を脳内で反芻していた。
僕たちが抜けてきた針穴回廊。
その上空を覆う巨大な霧めいたもの。それは徐々に勢力を増して、今や僕たちのいる森の上空を完全に覆い隠していく。
『まず、明日、あさっては冬の衣が出現し続けるでしょうね。この状況で貴重な魔女を飛ばす指揮官はおりません』
『そういうもんか』
『よほど無能な指揮官であるならば、其の限りではありませんけど。……でも、今、帝国の前線近くには彼女がいます』
『……友達?』
反射的に尋ねて、僕はその内容が妙なものである事に気づいた。
前線にいるのが帝国の人間であるなら、それは敵であり。友情を確かめ合う事のできる関係ではないのだから。
だけど、僕の質問に、エクエス嬢はほんのちょっと面白そうに笑っていた。質問が意外だったのか愉快だったのか、ころころと鈴の音を転がすような軽やかな笑い声だった。
『幾度か、交戦をいたしました。派手好きで、目立ちたがり屋の癖に戦闘機動は実にしたたかで、歳経た老狐を思わせる狡猾な敵でした。
帝国の前線指揮官は、火炎旗の魔女、クラウディア=サンシメオン皇女。有能な指揮官です』
それは、少し前にメーコちゃんが話していた名前だった。目の前にいるエクエス嬢と同じく、神君の血を色濃く引き継いだ皇孫の血統の女のはず。
だが、僕はその火炎旗という言葉に興味を惹かれていた。
『火炎旗って……アレだよね? 正直実戦で使い道のない魔術』
『ええ』
天空の彼方、ふるさとである<ムーンボウ>で脳内に魔術を植えつけられた僕は、火炎旗という魔術に覚えがあった。
だがその内容は、あまり実戦的なものではない。
魔力を消費して飛翔甲冑の主翼より炎の翼を伸ばす……ただそれだけのものである。
そもそも想定された用途が『熟練者が初心者を連れて飛行する時に、派手に炎の翼を羽ばたかせ、先導する者の位置を知らせる』というものだ。戦闘用ではなく訓練用の魔術であるのだから、戦いに向いていないのは当然の事だ。
しかし。そんな不人気魔術がわざわざ二つ名として知れ渡っているというあたり、なかなか普通ではない。
エクエス嬢は言う。
『普通ならば、あのように魔力を浪費しながら飛ぶなど無駄の極み、その上目立つのですから魔女が幾人も彼女を狙い……落とされました。
敵軍の前線指揮官、オマケに皇女ともなれば、撃墜、もしくは捕虜に出来れば戦線は大いに優勢になるのですから』
『目の前にぶら下げられた餌が魅力的過ぎて、みんな引っかかったって事か』
『ええ、実に痛い目に合わされました』
そう言うエクエス嬢の顔は……しかし、痛い目に合わされたという割には明るい。
スポーツ選手が自分を上回った相手を、憎悪や嫉妬ではなく、ある種の賞賛を込めて祝福する……そんな笑顔だった。
会った事はない。けれども彼女の笑顔を見れば、きっと好感の持てる人なのだろう。そう思い、僕は尋ねる。
『そうか。どんな人だった?』
質問の言葉に対して、エクエス嬢はほんのちょっと考え込み、微妙に嫌そうな顔で、答えてくれた。
『男好きです』
『へぇ』
『女好きでもあります』
『へ? へぇ』
『わたし、口説かれました』
『へ、へぇ……』
『直属の部下は愛人騎士団と陰口をたたかれているそうです』
『うへぇっ……』
『シオンはとてもかわいいので、気をつけてくださいね?』
『どういう人なの……?』
あの笑顔の意味は一体なんだったのだろう。
考えても分かるわけもなく。
僕は……地上に降りてからの慌しい状況の変化で、何か腑に落ちないような……とても重要な何かを忘れているような不安な気持ちを抱えたまま……気づけば、安らかな眠りへと落ちていくのであった。
ガン〇ムF91を初めて見た時。
ビームフラッグ、あんなあからさまなエネルギーの無駄遣いにかえって感心したことがあります。




