第九話『ああ、男さ! 残念だったな!』
なんてこった。
俺、ギュスターヴはあの会話のあと、落胆で身を震わせて思った。
エクエス嬢が一人で帝国へと足を伸ばし、抹消しようとしていた情報の正体を知り、俺は言葉を頭の中で反芻しながら、呻き声を漏らす。
頭の中で様々な疑問が一本の線で繋がっていく。
あの不可解な荷物。
たった一つの軽い荷物であるのに、厳重な梱包と、多額の報酬の理由は……連合の裏切り者が帝国へと極秘情報を運ばせるためだったのだ。
ならば、俺の船を撃墜するために襲いかかってきたあの魔女騎士の動機も理解できる。
エクエス嬢を味方であるはずの連合が抹殺しようとしたのと同じように、敵である帝国でも和平交渉を実現させようとする勢力が存在していたのだ。あの四機の魔女はそれを実行するために遣わされたのだろう。
「……ギュス叔父さん。となると叔父さんが攻撃されたのってやっぱり」
「あの荷物だよなぁ……」
メーコが心配そうに俺を見上げて尋ねてくる。
俺は罪悪感で胸がつぶれそうになりながら嘆息を漏らした。
連合の騎士を辞めたとはいえ、やはり故郷は故郷。俺が愛する郷土を滅ぼす裏切りの片棒を担がされていたと知れば冷静ではいられなかった。
それに何より……メーコと俺が助かったのは、シオン=クーカイという妙な美少女の手助けがあったからだ。後悔できるだけ幸運なのは分かってる。分かっているが、この姪っ子の命を危うく巻き添えにしてしまうところだった。
「叔父さん……もう、止めよ?」
「メーコ……」
メーコの言葉は、まるで自分を責める事を止めろ、と言われているようであり、密輸業者を止めろ、と諭されているかのような二重の意味を持っていた。
「お父はんもお母はんも、いつも言うてはるの。商人の本道は、蓄財やない。人様の為に働く事や……って。叔父さんが凄く腕の良い飛翔船乗りってのはウチも知ってるよ。やけど、やっぱり密輸業者をやってたら、どこかで人を苦しめることをしてるかもしれへん……」
「……ああ、そうだな」
俺はメーコをぎゅっと抱き寄せた。
俺達が生き残ったのはタダの偶然でしかない。まるでこれが運命からの最後通告のようにさえ思えた。もしこのままの生活を続けるのならば、今度こそ自分のみならず周りの大勢を不幸にしてしまうかも知れないぞ、と。
「今度から……普通の、合法の輸送船をやるか」
「うん。ウチも手伝うからねぇ」
こくりとメーコが頷く。ぽわぽわした綿毛みたいな髪を撫でてやればくすぐったげに身を竦めて、きゃっきゃと声を溢す。
この温もりも全て失うところだったのだ。……アイツがいなければ。
シオン=クーカイ。
奴自身も自虐か、あるいはギャグか『正体不明の人物X』などとふざけた自己紹介をしていた。
まぁ……妖しさは満載の謎の美少女だ。。
俺は連合の騎士として長いが、あの『ザスモー』と称される飛翔甲冑がどれほどとんでもない機体であるかが分かる。
そしてあの機体を操るシオン。少年のような出で立ちの美少女である彼女は、今は円盤盾を洗っていた。ふと俺の視線に気づいたのか、目をこっちに向ける。
頭の後ろで結い上げた銀色の髪。一見すれば、名工が魂をすり減らしながら作りあげた精巧な人形のような美貌だ。無表情のままならいっそ冷酷ささえ漂わせている。だが、絵画から抜け出してきたような麗しい容姿の癖に、表情がころころと変わる。まるで市井のどこにでもいる悪童のようだった。
誰よりも貴族的な顔立ちのくせに、振る舞いはどこまでも貴族らしくない。
そんな大変な美少女であるシオンは、ふと何かに気づいたのか、襟元をぱたぱたした。
まったく、深窓の令嬢と言っても通じる美貌の癖にまるで餓鬼だな。
「ああ、ごめん。……知らないうちに冷や汗かいてたみたいだ。ちょっと水浴びしてくるよ」
「おう」
俺は頷き、ごく当たり前の人間的な反応にどこか安心した。
四機の魔女相手を一人でやったのだ。命の掛かった死線を掻い潜ったという恐怖が今更ながら蘇ってきたのだろう。
シオンはそのまま森の中に姿を消していく。
「シオンちゃん、一人で大丈夫なんかなぁ」
「……多分大丈夫でしょう、わたしや、たぶんギュスよりも使い手ですよ。あの少女は」
「そうなん? そんならウチもシオンちゃんと一緒に水浴びしてくるね~」
「おう」
メーコがそのままシオンのあとを追うのを見送る。
たぶん魔獣の類であろうとも奴は問題なく対処するだろう。
帝国によくいる、魔力量だけは豊富な坊ちゃん貴族とは違う。生まれながら膨大な魔力量を持つ自称選良のような驕りなど微塵もない。魔力量という天性の才能に胡坐をかかず、鍛錬を繰り返した才能と努力を併せ持った戦士だ。
「ギュス。……彼女は如何なる出自の人だと思いますか?」
「魔女でもあるようですが、体幹はまるでぶれていませんな。生身でも相当やりますよ。
それに……まるで初代神君の如き銀色の髪を見ると……神君の子孫同士で近親婚を繰り返した結果生まれた血筋と思えますが……」
「それにしては性格が明るすぎる、健康すぎるので、説としては弱い、と」
ええ、と俺は頷いた。
髪全てが銀色など、半ば伝説的な存在である神君以外にはいない。神君の直系であるエクエス嬢でさえ、髪の一房のみが銀色だ。
もし近親婚で生まれたのならば、皇帝の血筋を不当に監禁してきたことになる。しかし監禁されていたとは思えない明るい振る舞いだ。
それに近親婚を繰り返せば生まれる子供がどこか病弱に育つことは知られている。なのにさきほどは元気一杯に山野を駆け回り、獲物を狩ってきた。かなり体力があるのは間違いない。
だから俺は自分自身で言った説を自分自身で信じていなかった。
「確かに素性の知れぬ妖しい娘であるし、妙に常識のない奴です。が。……俺の愚かさで失いかけた姪を助けてくれた娘です。
どうにかして力になってやろうと思っています」
「ええ」
エクエス嬢も同じように頷いた。
妖しい美少女である。しかし性根はとても善良に思えた。
色々と常識が欠けてはいるが、力になってやらねば。俺はそう思うのだった。
『きゃああああぁぁぁぁぁ!!』
「メーコ?!」
「何が?!」
その瞬間だった。
遠くから聞こえてくる悲鳴は明らかにメーコのもの。
全身の血があわ立つような恐怖と共に剣を引っつかみ、俺は駆け出していた。肉体に無意識のまま加速の魔術を掛け脚力を増強し、急ぐ。
駆け抜けるごとに近づく川のせせらぎの音。
何があった? 川に何か危険な肉食動物でもいたのだろうか。だがシオンの実力ならば大抵の獣など問題なく蹴散らせるはず。
「どうしたのです、メーコ、シオン!」
刺突剣を腰に吊るしたエクエス嬢の叫び声。
俺と彼女は森を抜け、そこで見た。
メーコはなぜか手で顔を覆って真っ赤になってへたり込んでいる。そして川の方にはシオンが裸のままこっちを振り向いている。
俺は反射的に目を逸らした。緊急の事態とはいえ女人の沐浴中に裸体を覗くなど騎士の名折れだからだ。
だが……何かおかしい。悲鳴が聞こえたにも関わらず、命の危険をもたらすような気配がない。
「え? あ。あの? ……あれ? ど、どういう事です?」
「ギュス。何であんたが目を隠して、そっちの女の子チームが僕をガン見してるんだ。逆だろう」
狼狽しきったエクエス嬢の声と、どこかあきれたようなシオン。
まず俺はエクエス嬢に視線を向ける。なんだか顔を真っ赤にして『うわー、うわー』と声を漏らしていた。そしてメーコも顔を真っ赤にしながら俯いている。
「……いや、どうなってるんだ」
「それはこっちの台詞じゃないか。僕は水浴びするって言ったろう。何で彼女を男と一緒に水浴びさせるんだ」
俺はそろそろ……シオンとの間に大きな食い違いがあることを察しつつあった。
視線をシオンのほうに向ければ……うっすらと引き締まった体躯があり。そのまま視線を下に落とせば……なぜだろう。見覚えのあるものがぶら下がっていることに気づいた。
視線をシオンの股間と顔を往復させる。
そんな俺の眼の動きに嫌そうに顔を顰めながらシオンは言った。
「もしかして。尋ねるんだけど」
「お、おう」
「……人の事を女の子と勘違いしていたとか?」
「あ、当たり前だろう?!」
俺は思わず大きい声で否定していた。
「お前は飛翔甲冑を身にまとって飛んで見せた! つまり魔『女』じゃないか?!」
シオンは俺の言葉にびっくりしたように大きく目を見開き……失態に気づいたかのように、ぽこん、と自分自身の頭を叩いた。
「ああ。……そうだったな。うっかりしていた」




