第八話『喉元の刃』
エースコン〇ット4では前述の『エスコート』が一番好きでした。
ナ〇セ操縦士の『すごい、あの戦闘機、たった一人で戦っている』という周囲の賞賛の台詞ってなんかテンション上がりますよね。
僕は、早速ハラペコ様ことエクエスの為に保存食を差し上げることにした。
中身は出立の際にモモが用意してくれた虹色蚕の蛹の素揚げである。
だが不幸にも麗しい美貌の下に餓鬼の胃袋を隠し持つハラペコ様も、虫は駄目だったらしい。先ほどまでの旺盛な食欲もなりを潜め、ちょっと気持ち悪くなったお腹をさすっている。
彼女の旺盛な食欲を止める切り札にしよう。
「……で、エクエス様が乗っていた船が、今俺の船の隣に並んでいる先に不時着していたあの船ですか」
「はい。墜落は本日の朝3時程度でしょうか。船室の中で眠っているとき、船の後方から爆発音がしたのです」
エクエス公爵令嬢とギュスはお話をし、隣ではメーコちゃんが薪の中に石を放り込んでいる。
僕はと言うと、再びその辺を駆け回って狩った獲物を捌いていた。チラッ! チラッ! とハラペコ様があからさまな視線を向けているが、気づかない振りをしている。食いしんぼめ。
「近習の者は全て脱出した後でした。恐らくは敵の配下だったのでしょう。今回は目立つのを避けるためわたしの飛翔甲冑、『白銀嶺』を用意しなかったのが仇になりましたね」
「……じゃあ、僕がエクエス様の墜落した船の近くに来ていた事も気づいていたのか?」
彼女はこくりと頷いた。
「わたしにトドメを刺しにきた相手か、救助隊か。そのいずれかとは思ったのですが……これはどうにも妙な相手であるな、と思って。少し様子を見る事にしたのです」
「そうやねぇ。普通殺し屋とか救助隊が来るにしても、帝王銀はちょっとありえへんし」
僕の世界で言うならたまたま通りすがりだった飛行機がアメリカ大統領専用機だったようなものか。
なるほど、実に怪しい、と僕は少し感動さえしていた。
「とはいえ……わたしを積極的に探し出し、害する意図は見られなかったので……とりあえずシオンを遠巻きに観察することにしたのです。見たことのない飛翔甲冑でしたが、眠っている隙に奪うことが出来れば、手のものがいる町まで行く事ができたでしょうし」
「なるほど」
そして僕が姿を消したあと、お腹が空いていたので兎のスープをおいしく頂いた訳だ。
「エクエス様。あんた、何でお一人でわざわざ帝国へ向かおうと? 正式な和平間近とはいえ、最近まで敵国だった相手ですぜ」
「……その和平を破壊しかねない爆弾めいた情報の流出を防ぐためだったのです」
ふぅ、と一息つく彼女。
僕は……この時、ちょっと迷っていた。
命を狙われている人を助けるべく、道徳と良心に恥じぬ行動をしたつもりだ。けれども大陸を二分する『帝国』と『連合』の和平をぶち壊す危険な情報に関わっていいのだろうか。
しかし権力者にコネがあるのは今後色々と便利そうでもある。とりあえず一言、言っておこう。
「席を外そうか?」
「いえ。聞いていただいても害のない情報です」
ちらりと大人なギュスターヴに目を向けると、彼もこくん、と頷いた。聞いても構わないのか。
「『連合』の成立に関わる長いお話になります。……ああ、お話の前にその……ちょっと……」
エクエスタが再び隠しているつもりで全然隠せていない視線を、チラッ! チラッ! と鍋のほうに向けていた。明らかに飯を催促する動きに、僕はなんともいえない表情のまま、食事を器に注いで手渡すのであった。
これを機に、僕ら全員で食事を取ることにする。メーコちゃんと一緒に皆に肉入りスープを手渡して周り、暖かな食事を取れば……命の危機にあってささくれた心が和らぎ、満足げな空気が漂った。
なお、僕が持参した蚕の蛹の素揚げは全員に不評であった。おいしいのに。解せぬ。
「バルアミー公爵家は、家系を遡れば神君の大陸統一戦争に従事した忠臣の一人となります。
ですが、大功をあげたにも関わらず、デュナンナータ公に下賜された場所は……知っての通り、針穴回廊を通った先の、険しい山岳の中の窪地でした」
そう言ってエクエス嬢は自分の銀色の髪を一房、手で抓んで見せる。
銀色の髪、それはすなわち神君の血筋に連なるという意味だ。
「公爵家の初代様は神君の愛娘を伴侶に頂いた事から、右腕に等しい存在と頼んでいた事は間違いないありません。にも関わらず不便な僻地に追いやられたそうです」
「ウチもそのあたりは不思に思ってたわぁ。初代様はご不満に思わんかしら」
それは僕も同感だ。頑張ったのに報酬が不当では問題だろう。しかしエクエス嬢は首を横に振った。
「この時代に生きる皆さんならご存知でしょう。我が公爵領には金、銀、ダイヤモンドなどの豊富な金属鉱床が眠っていたのです。
神君は啓示と称し、行ったこともない場所に眠る鉱山の位置をぴたりと当てたそうですから……確信していたのでしょう。その慧眼もまた、彼の神聖性を増す一助でした」
ただ、それを隣で聞いていた僕はデュナンナータお兄ちゃんがどうして鉱山の位置を知っていたのか分かった気がした。
彼は天蓋領域を飛ぶ、古代王国の遺産であるムーンボウで育った。そこで古代王国が調べた有望な鉱山のデータを記録していた可能性がある。その知識が彼の権力を固める力の一つとなったのだろう。
「逆に言えば、神君は我が公爵家をそこまで信頼してくださったのでしょう。
それに交通の不便さも解消されるはずでした。……シオン、貴方は帝国に行ったことがありますか?」
「いや?」
僕は特に深いこと考えもせず答える。そうですか、と彼女は頷いた。
「冬の衣によって滅ぼされた『古代王国』ですが、中には未だに生き残っている魔術機関もあります。
それが大陸の中央から西側を縦横無尽に結ぶ『鉄道列車』です。一度見たほうがいいですよ? レールより供給される魔力で巨大な鉄の箱が物凄い勢いで走るのですから!」
「ふ~ん」
列車か。僕は気のない返事をする。前世では特に珍しくもないものだったけど……いや、今のは嘘でもいいから興味津々な振りをするべきだったかな? そんな僕の反応を気にした様子もなく、エクエス嬢は言葉を続けた。
「『古代王国』は、大陸の東側にも鉄道を敷く予定があったそうなのです。レールの敷設はまだでも、東側の山脈を貫くトンネルの開通は既に完了していたと聞きます」
「なるほど……分かった。お兄ちゃ……神君は、経済的に潤い、下手をすれば王室に迫る権力を握るであろう東側を、絶対的に信頼できるバルアミー公爵家に任せるおつもりだったんだね」
「その通り、さすが我が初代様です!」
「だが……そうはならなかった」
ギュスターヴの言葉が、胸を張って自慢げにするエクエス嬢を落ち込ませる。
「ええ。……古代王国の大陸全土に鉄道を敷設する夢を引き継ぎ、東側の鉱物資源全てを大陸全土に循環させる。恐らくはそれが初代様と神君の望みだったのでしょう。
しかし、神君はあくる年に寿命でなくなり。そして……初代様は東の地に足を踏み入れ、そこで慣れぬ土地と水によって病にかかり、亡くなったそうです。恐らくは初代様が秘密を打ち上けた重臣も共に風土病で……」
はぁ、と溜息がこぼれる。
「神君はバルアミー公爵家と同格の重臣にも秘密を明かしていたはずです。しかし彼らは神君と違い、我が公爵家が力をつける事を良く思わなかった。
その騒ぎの最中に『古代王国』が開通させた東側と帝国首都を繋ぐトンネルの位置も、鉱床の位置も、全て誰にも知られることもなく闇の中に葬られました」
「ああ。その辺のことは全て後世の研究によって分かったことだった」
ギュスターヴがエクエス嬢の言葉を引き継ぎ、頷いた。
メーコちゃんが竹製の食器に注がれたスープを啜りながら続ける。
「そこは教科書にも書いてるんよねぇ。……バルアミー公爵家は何度もトンネルの開通と鉄道の敷設を要請した。せやけども、お金がかかりすぎるゆーて、公爵家の嘆願を無視しとった。オマケに飛翔船も、使用許可をもらうには沢山の『飛行税』が必要やし」
飛行税? 聞き慣れない言葉だ。よし。忘れたふりをしよう!!
「飛行に税が? うーん、うーん、思い出せないよぅ」
「シオンちゃんはほんと色々忘れてはんねんなぁ、よーしよし、ウチが教えたるからねぇ~。
大陸の人にとっては、地上より大量のマナがあふれる空は特別やのよ。貴族の人にとって『空を飛ぶ事が許されるのは、貴族のみ』という考えが根強いんよ。商人ギルドはそれをどうにかしてほしかったんや。ウチら『連合』と帝国の戦争の原因の一つやね。
せやから、『帝国』は飛翔船の使用が禁止やのよ。そのせいか、『連合』との戦争でも遅れをとってばかり」
「ふぅん。馬鹿が」
僕は本心を呟いた。おや、と自分自身で思うぐらいの冷酷な響きの声だと思う。
たとえば……徳川家康が行った、大きな船を作る事を禁じる大船建造の禁などのように、軍事船の建造や外国との交易を通じて力を持つ事を封じ込めるためだったのかもしれない。
だが僕はそういう風に人の創意工夫を、権力者の勝手で封じ込める事が憎かった。
人々の暮らしを豊かで安全にするべき技術の進歩を、つまらない見栄や権力の為に停滞させることが憎い。
いや、そんな風に小難しく考える必要なんてどこにもない。
空を飛ぶ事を邪魔する奴は、全て僕の敵だ。
……とはいえ、ちょっと頭を冷やし、冷静さを意識しながら僕は会話を続けた。
「あー、つまり……西側の主要都市では鉄道を使えばいい。けれども東側は山が多く、飛翔船がどうしても必要だった。西側の人にとってはどうして東側の人が生活に苦しんでいるのか感覚として理解できない。その差が、税金の差、生活の困窮となって東側の不満になった、と」
戦争の引き金となるのは経済的な問題。その辺の事情は異世界でも変わらないらしい。
考え込む僕に、エクエス嬢が言葉を続けた。
「ええ。そして……今から50年ほど前。
わがバルアミー公爵領に、膨大な鉱山資源が眠っていることが分かりました」
「それは、いいことのように聞こえるけど……いい結果には繋がらなかったんだね?」
眉を寄せ、忌々しそうに顔を歪める彼女を見れば、大体想像はできた。
ええ、と彼女は頷いた。
「公爵領に膨大な鉱山資源が眠っている……それがわかった途端、大勢の貴族から出資の話がありました。
これまでなんら援助も寄越さず、痩せた山間の地で生活できるだけの食料を作るのが精一杯だったわが国にいきなり大量の現金を寄越したのです。鉱山資源の輸送のためという名目で、これまで幾度も懇願していても叶わなかった『飛行税』の撤廃が決定されました。
わたしのお爺様や過去の公爵が何度も何度も、民が苦しんでいる、税を撤廃してくれ、援助してくれ、と頼んでもまるで救いの手を差し伸べなかったくせに、金になるとわかった途端に……!」
ぎりり、と服に皺を刻みつけるように強く握り締め、彼女は言った。
「トドメがこうでした。
『お前達の領土で鉱石を掘る権利をもらってやろう。鉱毒の処理? 知らん。田畑で作物が育たなくなる? 安心しろ、輸出してやろう。カビの生えかけた在庫処分品を正規価格の十倍でな!』
ここまで馬鹿にされてはもう我慢できない。
恐らくは反乱を誘発し、我が公爵家から領土を奪うためだと分かっても……誇りの為に戦わねばなりませんでした。
公爵軍、一部の商人ギルド、非公式に我が方に味方した南方の群島諸国の一部勢力。我々は『連合』を名乗り、帝国へと反乱を起こしたのです」
とはいえ……僕はちょっと首を傾げる。
この世界の歴史について全くの無知であった身としては、エクエス嬢のお話は大変興味深く聞けたけど、しかしドンドンと語り口調にも熱が入る様を見ていると、このご令嬢、話すのがお好きなのかしら?
同様の事を考えていたらしいギュスターヴが手をあげる。
「あのよ、お嬢様。それで……結局何を探すために、単身帝国に乗り込むおつもりだったんですかね?」
「え、ここから先が面白いんですよ?」
「いいからいいから。結論をお願いします」
如何にも不満げな様子ではあったものの、脱線していると自覚はあったのだろう。
エクエス嬢はこほん、と咳払いをする。
「では、結論を申しましょう。
……古代王国が東側の山間地帯に開通させたトンネルの位置資料が見つかりました。
そしてその極秘資料を、売国奴が『帝国』へと売りさばこうとしたのです」
僕は、頭の中にある記憶と、彼女の言葉の意味を理解した。
ゆえに、それがとんでもなく不味い事態であることも悟る。
恐らくは、軍人であったというギュスターヴも、メーコちゃんも、祖国存亡の危機に顔を青褪めさせている。
僕は、ゆっくりと頭の中にある大陸東側の地図と、状況を照らし合わせて予想を口にした。
「……僕は詳しくはないけど、想像はできる。
『連合』と『帝国』は戦争をしていて。そして『帝国』にとって針穴回廊に代表される山脈はまさに天嶮の要塞だった。彼らが幾ら強大でも兵士の輸送に不便極まる場所にある『連合』を倒すことは不可能に近い。『帝国』が飛翔船の利用を訳の分からない特権意識ゆえに禁じているならなおさらのことだ」
正解だったのだろう。エクエス嬢はこっくりと頷いた。僕は言葉を続ける。
「だが列車を通すための巨大なトンネルならば、楽に『連合』の首都に兵力を侵攻させることができる。
その極秘資料に記されたトンネルこそ、『連合』滅亡に直結する喉元の刃だ」




