↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界空中活劇!  作者: 八針来夏
第一章『地上編』
19/119

第七話『ハラペコ公爵令嬢あらわる』

 はるかはるか、おおむかし。

 かつていだいな『古代王国』があった。

 魔術のわざと、魔術で動くからくりを用い、大いに栄えた国であった。



 だがある日ある時、魔術のわざを使えなくする恐るべき冬の衣(ウィンターコート)が現れた。

 全てを魔術に頼った王国は、このままでは全てが滅びると考えた。

 そうなる前に、国の持ちうる力を集めて、大地をくり抜き、地下に巨大な町を幾つも建造した。大海原に沈む巨大な船を築いた。

 そして最後に、全てが冬の衣(ウィンターコート)に覆いつくされる前に、空を飛ぶ大きな船を作り、大空高く打ち上げた。

 いつか必ずこの恐ろしい冬の衣(ウィンターコート)を滅ぼす。その使命を帯びた優秀な若人たちを乗せて。

 しかしその船に乗れたのは一握りの若者たち。大勢の人々はそれぞれ身を守るために姿を消した。



 ……長い年月が過ぎ……冬の衣(ウィンターコート)の晴れた後。

 人々はかつて有していた偉大な知識の全てを失い、文明は大きく衰退した。

 鉄の轍を走る列車を動かす知識も絶えた。空を飛ぶ船を作る知識も絶えた。

 かつては難なく倒せた魔獣は再び脅威の地位を取り戻し、人々を傷つけた。

 魔獣の爪牙を逃れ得ても、水や食事に事欠き飢えに苦しんだという。


 ある時、天空の彼方より十数名の天上人(ハイランダー)が降臨した。彼らは様々な知識を惜しみなく分け与え、かつての帝国の栄華には遠く及ばずとも、人々が安心して暮らせる世を築いた。

 

 だが、平穏は長く続かなかった。

 死の脅威で団結していたはずの人々は、脅威を忘れると、身を守るための魔術や武具を同胞に向け始めたのだ。

 それを見、一人の天上人(ハイランダー)は大いに嘆き悲しんだ。

 そしてこの世の乱れを正すため、ある霊山に入り三日三晩の祈祷を行い『十数年後、この乱世を治めるものが天空より降臨する』と言い残し、息を引き取ったという――――





「……その天上人(ハイランダー)が預言したお人が、大陸を平定した帝国の開祖様、デュナンナータ=サンシメオン初代皇帝陛下なんよ? シオンちゃん、思い出した?」

「うーん、うーん、まだ思い出せないぞーぅ」


 ザスモーに足を入れて降着状態のまま僕は歩きながら答えた。

 ぽわぽわした綿毛みたいな女の子、メーコちゃんは『ほうかぁ……重傷やんねぇ』と如何にも深刻そうな顔をしてらっしゃる。だがその好意に卑劣にも付け入り、僕は彼女に質問を続けていた。


「というと……さっき話してた、銀色の髪を一房持つお二人、クラウディア皇女様と、エクエス公爵令嬢様はお兄ちゃ……神君のご血統なわけなの?」

「そうやよぉ。クラウディア皇女は帝国の皇族やし。

 エクエス公爵令嬢は、公爵家の初代様が神君の大陸統一戦争で大功をあげた忠臣やねん。せやから有力諸侯であらせられる公爵家と皇室の縁故を作る為に神君の娘様が降嫁しやはったんよ。エクエス様の髪が一房銀色なのは、遠いご先祖である神君の血を引いてるからなんよ?」


 僕はメーコちゃんの言葉に響く感情にある程度察しをつけていた。

 多分ギュスターヴとメーコちゃんは、連合の人間だろう。クラウディア皇女の事を話すときは素っ気無さが感じられるが、エクエス公爵令嬢の事を話すときは親愛と敬慕の気持ちが溢れている。


「それにエクエス様は凄く強い魔女(ヘクセ)やし。叔父さんも軍人だった頃、一緒に戦ったんよねぇ?」

「……あー、まぁ、そうねぇ、叔父さん戦争の時のつらぁ~い記憶は思い出したくないなぁ」


 しかしなぜだかエクエス嬢の話題になると、ギュスターヴの言葉が歯切れが悪くなる。

 軍人だったという時代に何か嫌な出来事でもあったんだろうか。


「でも連合の上の人も、いい加減帝国とも国交を正常化させるはずやし」


 ふむむ、と僕は頷いた。

 数百年前に地上に降りたった帝国初代皇帝(お兄ちゃん)は大陸全土を統一したけど、しかし時間が経ち、何らかの理由で『帝国』と『連合』の二つの勢力に分割された。

『銀色』は『帝王銀』と呼ばれ、その色を使うのは皇族にのみ許された特権であり、一部地域では不敬罪で処刑されることもあるらしい。

 重要なのは後者だ。人里に降り立つ前にこの情報が知れてよかった。どうにかして髪の毛を染める染め粉の類を手に入れなくては。

 そんな風に考えていると、急にお腹が空腹で切なくなる。


「……そろそろ野営場所だ。そこで一休みしようか」

「おう、ありがたいな」

「近くに水場とかあるんかな? ウチ、体拭きた~い」

「さっき川を見つけといた。獣もいなさそうだし後で案内するよ」


 そういえば……僕はギュスターヴとメーコが乗った船……正式には飛翔船(バードシップ)と呼ばれる船を助けに飛んだ訳だけど、その前に兎を捕まえてシチューを作っていた事を思い出した。

 あの時は慌てていたから即座に飛んでいったけど、まだ無事だろうか? 獣が漁っている可能性もあるから、その時は仕方ない。念の為に用意していた保存食(蚕の素揚げ)でお腹を膨らませよう。そう考え、野営地近くに足を踏み入れようとして……僕は、何かの音に気づいた。

 聞こえるのは、何かをしゃぶるような不気味な音。まるで永遠に満たされない飢えをごまかす、浅ましい食欲に突き動かされているかのよう。しゃぶり、舐めあげ、すすり、むさぼる、餓鬼の咀嚼音めいていて……その人影に気づき、ギュスターヴと僕は視線を合わせる。

 謎の相手にも恐怖ではなく相手を見極めようとする冷静さと胆力を備えたギュスターヴ。どうやら荒事になっても頼りにできそうだ。

 メーコちゃんも僕ら二人の警戒の眼差しに気づいたのだろう。口を押さえて余計な物音一切合財出さないように一歩下がり……ぱきり、と森の地面に落ちていた小枝を踏む音が響いた。


「誰ですっ!」

「いやお前こそ誰だ」

 

 振り向くその姿に、僕はなんだかやるせないような声を漏らした。

 意外な事にその人は大変な美少女であった。パリッとした服は軍服の類かな? ところどころくたびれ汚れているが気品を感じる。胸元にあって煌くのは……箒を象った徽章。僕はそれが、前世の航空徽章に該当する魔女(ヘクセ)の身分を示すものであると後に知った。

 頭にはちょこなんとベレー帽を載せている。

 意思の強そうな、キリリと結ばれた唇。形良い顔立ちと眉。そして……黒に近い紺色の髪にまぎれた銀色の髪が一房。

 その全身から発する凛然とした気配。生まれた時から他人を傅かせることに慣れた生まれながらの貴族……。


 だが、しかし。


 その可憐な唇の端から、見覚えのある兎の骨がこぼれているのを見ると、百年の恋も冷めるであろう。

 先ほどまで何かを舐めしゃぶるような音……それはどうやら飢えていたと思しき彼女が、味の染み込んだ兎の肉とスープを空にし、それでも空腹のまま口寂しさを紛らわせるため骨をかじかじと噛んでいたようであった。


 綺麗な女の子なのに……。

 見ているこっちまで、はずかしい……。


「貴方はっ、もぐもぐ。帝国の魔女(ヘクセ)ではっ、ないん、もぐもぐ……ですか?」


 骨を銜えながらだから随分と喋りにくそうだ。


「まず口から骨を吐き出せ。喋るたびに貴方の唇からこぼれた骨がぶらぶら揺れてなんだか恥ずかしいんだ」

「……エクエス様やん」


 メーコちゃんの声に、僕は、えぇ……こ、これがぁ? と残念そうに呟いた。

 見ればギュスターヴも彼女が誰であるのか知って天を仰いでいた。そんな反応など気にもとめず……公爵令嬢のエクエス様は顔に喜びをあらわす。

 骨を唇からぶらぶらさせながら、だが。


「あっ、貴方は胴体着陸の達人《ハードランディング・マスター》、騎士ギュスターヴ! それにスヴェルナ商会の娘のメーコではありませんかっ!」

「……俺がそういう二つ名を奉られたのは常に貴女のお父上や貴女自身の無茶振りのおかげでしたがね。こんなところで何をしてるんです。貴女は連合の騎士団における士気の柱でしょうに」

「ええ。……とりあえず会えたお二人がそちらの方を信頼しているなら、もう警戒は必要なさそうですね」


 そう言いつつ、そのハラペコ公爵令嬢は口からようやく兎の骨を吐いた。

 僕はそれを見て、ああ、と納得する。

 兎の骨は尖っていた。それこそ凶器(・・)の代わりが勤まる程度には。恐らくは怪力(マイト)の魔術を用いて力を増し、へし折ったのだろう。

 このハラペコ……外見こそ楚々とした令嬢だが振る舞いこそ欠食児童そのもの。だけど……その実、非常に喧嘩慣れしている。唇の中で骨をぶらぶらさせていたら、ただのお腹の空いたいやしんぼだが、その口の中で尖った骨を凶器として隠しもっていたのだ。


「初めまして、わたしは連合の公爵令嬢、エクエス=バルアミータと申します。過分にも『凍光』という二つ名を奉られています」

「初めまして。僕はシオン=クーカイ。正体不明の人物Xだ」


 とりあえず自分の出身をどう誤魔化したものか分からなかったので実に妖しい自己紹介をしながら手を差し出す。握手は前世でも今世でも友好の証だった。


「よろしく、ハラペコ様」

「違いますよ?!」

「あっ……ごめん、つい先入観というか本心が」

「ど、どういう意味なのですっ! 失礼な方ですねっ!」


 そう言うと、僕をキッと睨み、言う。


「ギュス、メーコ、お二人からもこの失礼な方に説明してあげてくださいっ!」

「エクエス様、確かに……貴女に喧嘩の仕方を伝授したのはこの俺です。口の中に尖った骨を仕込むのは中々いい手段でした」

「そ、そうです、わたくしが骨を口に銜えていたのは、貴族令嬢がまさかそんな野蛮な隠し武器を持っているなど相手が思うわけもないからですっ! わたくしが先の墜落から一両日が過ぎ、お腹が空いていたから、お口が寂しかったからではありませんっ!」

「ですがっ!」


 ギュスターヴが語気を強める。


「遠くから聞こえるぐらいに骨をなめしゃぶる音を聞き……よもや伝承が伝えるところの永劫の飢えに苦しむ屍食鬼(グール)やも知れぬと覚悟を決めたら……それがかつては仕えるべき主君と仰いだご令嬢が発していたと思うと……恥ずかしくて恥ずかしくて……」

「し、仕方あらへんよ叔父さんっ、エクエス様はお腹空いてたんよぅ」


 援軍かと思った相手からトドメを刺されてショックを受けたのか、がっくりと膝を突くエクエス公爵令嬢様。 

 僕はぽん、と肩を叩いた。


「ううっ……初めてお会いする人にこんな恥ずかしい姿を……」


 そして僕は言う。


「ご飯のお代わりはいる?」

「はいっ!!」


 そうして。

 僕の台詞に元気良く答える彼女。その一言、心から嬉しそうな笑顔を見て。


『凍光』こと、公爵令嬢エクエス=バルアミーは、僕の心の中でしっかり『ハラペコキャラ』であると刻み付けられたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。