第六話『目立ちすぎる髪とお兄ちゃんの消息』
「ザスモー、高速巡航形態へ」
両肩の推力装置を左右から後ろへ向ける。両足を正座めいた形で、これも後ろに向ける。
ザスモーの姿勢制御用推進器の推力方向を全て後方に集約させ、けた外れの大推力で一気に先ほどの船へと追いついた。
先ほどの四機との戦いは長く感じたけども、実際は――それほどの時間は経過していなかったのだろう。
その船はよろよろとよろめきながらも懸命に飛んでいた。片方のエンジンのみで何とか船を飛ばしているあたり、操縦者は腕がいいのだろうか。
「そこの船! 手伝えることはあるかっ!」
『……ああ、聞こえてる。凄いなあんた、本当に四機相手に勝ったのか。
なら頼めるか、右のエンジンが機能停止して推力が足らん。左もさっきの衝撃でいくらか怪しい感じだ。右側を支えてくれるか?』
「任せろ。……前方に不時着した船があるのが見えるか? あの近くに寄せろ。ここからじゃ森で見えないが、地面が比較的平地に近い」
『いいな、生き残る目がでてきた感じだ』
念話で僕の脳内に響く声は、壮年の男性のものだった。緊張を感じながらも声には力強さと静かな自信がある。いい腕の操縦者である事を感じた。
「よし、下から押す。せっかく守ったんだ、ちゃんと着陸してくれよ」
『ああ、頼む!』
ザスモーを船の下に移動させ、腕でがっちりと掴む。同時に後背と脚部の推力器をパワー全開にさせる。
「たかが船一つ、ザスモーで押し返してやる!!」
『おわぁぁぁ?!』
こんな状況なので乗り乗りな事を言いつつも、船を支えようとしたのだが……なぜだか念話で聞こえる声から驚きと焦りが伝わってきた。
『パワーがありすぎる! もうちょっと手加減してくれると叔父さん嬉しいなぁ!』
「マジかよ」
僕は反射的に呟きながら、ザスモーの推力を低下させる。僕の飛翔甲冑よりも遥かに大きい船だから全力で支えねばならないと思ったんだが、どうやら推力が膨大すぎて、逆にバランスを崩しかねないパワーだったらしい。
推力を調整し、船が平行を保てる程度にあわせる。
『……よぉし、良いぞ。叔父さんちょっと信じられないが、このまま支えてもらったら何の支障もなく本来の目的地まで飛んでいけそうだ』
『ギュス叔父さん、そんな事言うとるのはええけど……あ、生きてたエンジンの吹き上がりが悪いんよ』
その様子は下から船を支える僕からでも確認できた。
先ほどまでは勢い良く推進炎を吐いていたエンジンが、まるで痙攣めいた不規則な震動を起こし、徐々に推進炎に勢いが失われていく様が見えた。
恐らくは燃料を供給するラインに不具合があったんだろう。そう思っているうちに、とうとう生きていたエンジンも機能を停止した。
『ああクソッ、残ったエンジンも機能停止! 後は風力舵で何とかする。協力に感謝する!』
「大丈夫か、手伝えることは?」
『問題ねぇ。魔女四人に狙われていた時の事を思えば天国みたいだ。心配するな、俺は胴体着陸のプロだ!!』
「了解、どうか良き不時着を」
『不時着に良いも悪いもないがな、ありがとう。メーコ、こっちに来い!』
船はゆっくりと高度を下げていく。
大きさを考えると、本来はきちんと舗装された広場へと降り立つものなのだろう。けども空を飛ぶための機能を失った船は最後に生き残った舵を細かく動かして……先ほどの指示通り、僕が地上へ降下した時に見つけた先に謎の爆発で墜落していた船の残骸へと近づいていく。
「やるやる。さすが胴体着陸のプロ」
その様子を見ていた僕は、船体の下腹を擦りながらもゆっくりと制止していく様子に感心の声を漏らした。
さて。
僕が先ほど兎のスープを作った野営場所は不時着に巻き込まれていない。
見たところ、あの船の船員は二名。頭に響いた念話の声から察するに、壮年の男性一人と若い女の子が一人だ。本日はあの二人を仮の住まいへと連れて行こう。そう思いつつ、僕はザスモーを不時着した船の傍に寄せる。
両足を飛翔甲冑の脚部から引き抜き、腰に下げたダガーを確かめた。
「どっせいぃ!」
さて、中に入って確かめよう、と思っていた僕の目の前で、叫び声と共に扉の一つが内側から蹴破られる。
恐らく落下の衝撃で船体が歪み、扉が開くなっていたから怪力の自己強化魔術を用いて扉を蹴飛ばしたのだろう。その声と共に出て来たのは赤い髪の、筋骨隆々の長身の男性と……どことなく綿毛めいたほわほわした印象の、白い髪の小柄な女の子であった。
二人は、僕とその後ろで鎮座する飛翔甲冑のザスモーを交互に確認し、僕が念話で話していた相手と察したのだろう。軽く会釈し、近づいてくる。
「あんたが助けてくれた魔女か。すまん、ありがとう。俺の名はギュスターヴ、飛翔船乗りだ。ギュスと呼んでくれ。おかげで姪の命が助かった」
「いや、いいよ。無事でよかった」
「ああ。……おい、メーコ。メーコ。どうしたんだ」
そう言っていただが、何やらぽーっとした目で僕を見る綿毛ちゃん……メーコは、叔父らしい男性の言葉にハッと気づいたように目を見開いた。
「あ、ああうん。ごめんなぁ、ウチを助けてくれた人がこんなハンサムやと思わんかったんよぅ」
「それはどうも」
なんか正面から容姿を褒められると気恥ずかしいな。そんな風に思っていた僕に感謝を伝えるためか、メーコは深深と頭を下げてくる。
「メーコ=スヴェルナと言います。今回はほんとおおきに」
「シオン=クーカイです。よろしく」
「シオンちゃん、シオンちゃんね。声低いねんなぁ……顔もほんま整ってるし……これで女の子やなかったらウチ惚れそうやわぁ……」
頬に両手を当てながらうっとり呟いているメーコちゃん。なんか言葉の最後あたりが良く聞き取れなかったのだが。
「とりあえず場所を移そうか。……こうも暗いんじゃ話もし辛い。幸い近くに野営の準備をしていたんだ、そっちに移ろう」
そう言いつつ、僕は光属性の簡易な明かりの魔術を発動させる。
「暗いから気をつけて。特に危険な肉食獣の類はいなかったと思うけど……あの、どうかした?」
「い、いや……シオン。お前さん、その髪……」
先導しようと思って歩き始めた僕だが……二人がなぜか一歩も動かず。驚愕したかのように動きをとめているのを見て、僕は首を傾げた。その視線を辿れば、光を浴びて虹色に輝く僕の銀の髪を注視しているのが分かる。
ああ、と僕は納得した。
天蓋領域は超高密度のマナがある領域で、そこで育った生物はマナの影響で体毛の色が銀色に染まるらしい。
僕の着ている服は『虹色蚕』と呼ばれた蚕の吐いた銀色の生糸で出来ているわけだが、その名前の由来は光を浴びた銀色の繊維が反射して虹色に輝くからだ。
それと同じ事が僕の髪の毛にも起こっている。僕の明かりの魔術による光を反射し、髪の毛が虹色に輝いているのだ。僕は乙女のように長い自分の髪を一房抓んで持ち上げてみせる。
「ああ、生まれつきでね。なんかこんな風に輝くんだよ」
「生まれつきって……し、シオンちゃん、神君の血を引いてはったん? せやけど帝国の『火炎旗の魔女』クラウディア皇女も、連合の『凍光』エクエス公爵令嬢も、神君譲りの魔力を示す銀色の髪は一房だけやのにぃ。ひええぇ、良く見たらシオンちゃんの飛翔甲冑の塗装も帝王銀やんっ! 白馬のお姫様やん!」
メーコちゃんがなぜかふるふると震えている。
僕はその台詞に少し首を捻りつつ、先ほどの敵が言っていた言葉を思い出した。なんだかザスモーの機体色に怒っていたはずだ。もしかすると、銀色は使っちゃいけない色なのか?
「もしかして、僕。めっちゃ不敬罪働いてる?」
ギュスもメーコも、まず視線を合わせると、考え込む。
「なんとも、言えへんかなぁ?」
「神君の遠縁、王族を名乗るにしても、儀礼的に髪を一房銀色に染める程度だ。髪全てが銀色であったお人は、神君ご本人をおいて他にはいないぞ。詐欺をするにしても恐れ多すぎる。直系である帝国の皇族に見つかったら首を刎ねられても文句は言えねぇかもな」
僕は、このあたりでなんだかその神君がどちら様であるか察しが付き始めてきた。
「……お二人に聞きたいんだけど。……神君様のお名前って……デュナンナータ=サンシメオン様でよかったんだっけ?」
「……何当たり前の事を言ってるんだ、お前」
「シオンちゃん、どっか頭打ったん?」
……こうして僕は、数百年前モモに育てられ、ムーンボウから降り立ったお兄ちゃんの人生の足跡を、びっくりするぐらいにあっさり知ることになったのであった。




