表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/120

筍油餅


「いくつですかぁ?」

「二個。― いや、ねえちゃんに免じて、ええい、四個買っていこうっ。」


 慥用釧(ぞうようくん)は額の汗を左手の甲で拭うと、右手でジャラリと二百圓受け取り、左の蒸し箱から三角の笹包みを四個まとめて掴んで、半裸の人夫に渡した。


 九月になるが、まだまだ昼間は暑い。昼さがりの日光は、ここ()州の楽門(がくもん)東城に降り注ぎ、慥用釧の日焼けした二の腕、顔を照りつけている。


「また買ってね、おっさん!」

「お、おふ!」

 慥用釧が黒々した瞳をきらめかせ、真っ白な八重歯を見せて、笑顔を振りまくと、客の人夫も笑って返そうとするが、口の中にさっき買ったもち米握りを投げ込んでおり、喉がつかえて咳込んでいる。

「用釧ちゃん、あんな冴えないおっさんは放っておきな。」

 もう、慥用釧の前には別の役人然とした男が立ち、小銭をジャラつかせていた。


 楽門をくぐる南大(なんだい)運河はいつもの如く大賑わいで、都から南下する船と、楽河から楽門を通過して北上する船とが入り乱れている。斐界(ひかい)流通最大の拠点と言って良く、その喧騒は他所の比ではない。

 慥用釧はそんな運河のほど近く、楽門東城側の路端に店を出している。


 莚に「筍油餅(じゅんゆぺい)」と墨書した粗末な幟の下、古い木製の荷台に大きな蒸し箱を積んで彼女は商いをしているが、その前には三十人ほどの行列が出来ていた。


「ゴホッ、ねえちゃん、そんな木っ端役人こそ放っておきな。ゴッフ。」

 先程の人夫はむせながら、次に買おうとしている細身の男に悪態をつく。だが、その表情は莞爾(かんじ)として、買った笹包みの食べ物が随分と美味かったことが分かる。

 一片の薄雲が太陽にかかった。


「ふん、汗臭い運搬夫に言われたくないわい。用釧ちゃん、一週間ぶりだねえ。」

 そう言いながら、木っ端役人は汗臭い人夫を見くだす。

 一方の人夫はそれを無視し、二個目の笹包みから笹葉を剥がして、中の蒸したもち米をむき出しにした。ごま油で三角に握られており、刻んだ筍や青菜が混ぜこんである。

 役人は見くだしつつも、人夫が美味そうに咀嚼するのを、口中に生唾を湧かせながら羨ましく仕方がない。

(りゅう)さん。あの後、総督府の会議は上手くいった?」

「ふふ。いやね、それは今日の夕方になったんだ。」

 慥用釧は十八歳。健康的で、弾けるようなその笑顔に、木っ端役人の溜何某の表情はひどくにやけていた。

「そっか、じゃあ、いっぱい食べて力つけないと!」

「そうだなっ」

 そう言うと、役人は後ろを振り返る。さっきの人夫が一個目を嚥下すると同時に、二個目を掴んで口まで運んでいる所であった。

「よし、五個買うぞっ」


 おお、と後ろに並ぶ男どもはどよめき、感嘆した。五個も食べたら、その夕方の会議とやらで居眠りするのは明白である。

「毎度ありっ。」

 そう言うと、右手で役人から二五〇圓をひったくり、瞬時に左手で笹包みを五個渡す。

 これ程素早くやっても、

「おおい、ねえちゃん早くしてくれえ」

 列の後ろには苛立つ者もいる。


 前述通り、楽門はもともと繁華な場所だが、ここ数日の混雑は格別である。楽門の巨大水門が珍しく全開となり、朝も暗いうちから船は往来を始め、荷の積み替えで蟻のように人夫が立ち働き、船から買い付けようとする客どもも街をうろつく。するとそれを当てこんで、朝昼晩の飯や、慥用釧のように昼下がりの間食を売りに出る者も、城市に相当数現れる。

 まだ少し、空は翳っている。


「ああ。腹減った。」

 殴られた古傷であろうか、額が少しへこんだ巨漢が、店に並ぶ。

「俺は、朝から休まず働いてたんだ。」

「可哀想に。お昼も抜きだったの?」

 とその時、巨漢の後ろから、背の低い出っ歯の小男がひょこっと顔を出す。

「まったく、ねえちゃんの優しい言葉が欲しくて、嘘八百。このでくの坊はな、昼もドデカい肉麺包(めんぱお)を四個も喰ってんだぜ。」

「そうなの?じゃあ、一個にしといた方がいいわよ。」

「余計なこといいやがって。俺を誰だと思ってんだ。『言干(げんかん)の爆食大王』たあ、俺のこと。六個だ!」

 早くっ、と三百圓分の銅銭をザラザラと慥用釧の右手のひらに流し込むと、左手の笹握り六個をむしり取った。


 そして三個をまとめて口に放り込み、くっちゃ、くっちゃと大仰に噛みしめて、

「相変わらずうめえな、ねえちゃんが作ってんの?」

 と、器用に話す。

 だが器用なのはいいものの、

「口の中を見せるな、きったねえ!」

 と、出っ歯の小男に蹴られた。


「おじちゃん、小っちゃいのに、『大王』より強いのね。すごい。」

「当然よ。俺は一個だけ貰うよ。」

 出っ歯の小男はそう言って、五十圓払うと、上品に食べる。うまい、うまい、また来るよ、と言いながら。汚い、汚い、と『言干の爆食大王』を足蹴にしながら。


 こうして、その場で賑やかに客が喰うもんだから、馴染みも新規も、気になって立ち止まり、並んで、買って、喰っていく。


 そうしている内に、早々と売り切れた。まだ高い陽は、薄雲を通して眩しい。


「あっという間に完売か。」

 慥用釧が莚旗を巻いて片付けていると、横からしゃがれた声がした。


 親方の霽張長(さいちょうちょう)である。

 いくつかある管理下の出店を、一通り見回ったようだった。


「今日は、本当に早かったです。店開けてから、そう、三十分くらいじゃないかしら。」

 慥用釧の真っ白な歯が、浅黒い顔の中で眩しく笑った。

「もう、お前は東城随一の人気者だからな。」

 霽張長もまた、娘の笑顔につられて口元が緩んでいる。


「しかし、もっと作ってもよかったんじゃ?」

 作れば作っただけ売れるだろう、ということだ。儲けたい親方としては、至極当然の発想である。


 薄雲が去り、日が出た。

「何言ってるの?」

 強い9月の陽光に照らされた慥用釧は、カッ、と口を赤く開けた。


「母ちゃんとあたしじゃ、二百作るのが限度よ。まだ暑いし、腐ったモン喰わせらんないでしょ。」

 元気な娘である。親方相手でも、言うことは言う。


「ほ。農家の娘はまじめじゃな。」

 霽張長も、稼ぎ頭の言うことだからちゃんと受け止める。

「やはり半端な餅屋とか、挟むもんじゃねえな。」

 農家の娘が、自家のもち米で笹握りまで作り、自ら街で対面販売までするのは珍しい。通常の農家なら、租税以外の余剰のもち米は商人に卸すだろうし、そしてそのもち米を餅屋が商人から仕入れて、商品をこさえて売りに立つ。商人も餅屋も途中で利幅を稼ぐから、最終的な売り値は張るし、商業主義が強くなって接客や味の質が落ちてしまい、売上が伸びないことも多かった。


 小さな店だが、霽張長にとって慥用釧母子は貴重な稼ぎ頭となっていた。


 慥用釧は機嫌を直したか、柔らかく笑う。

「まあ、頑張るわ。やれることを、ちゃんとやります。」

 そんな慥用釧から、今日の売上を聞いて管理費を受け取ると、霽張長は急に口元を引き締めた。

「しかしな、よっく売っておきな。今の内にな。」


 南から、さっ、と風が吹いた。

 慥用釧は真ん丸な黒い瞳をくるくると回して、霽張長の言葉に耳を傾ける。

「お前ン所は賢いから、まだ蔵にもち米を持ってるだろう。多分、秋の獲れは大丈夫だから、使い切っちまいな。」

 ここで、霽張長は辺りを見回した。

「そろそろまた零揮甕(れいきよう)が来る。」

 慥用釧も親方を見習って、首をぐるりと巡らす。

「そうか。それで皆、焦ってんのか。鶺少(せきしょう)将軍はまた守れるんですか?」




 眞暦1819年9月、ここ楽門の地は束の間の平和を味わっていた。


 懦州()の城主・零揮甕は野心を発し、雨艘架(うそうか)等の他領を攻め獲って、州西部を制圧。いよいよ斐界の果実たるこの楽門に押し寄せたるは、昨年八月、だが州龍眼(りゅうがん)懌洛(えきらく)はここに歴戦の驍雄、「金戟の少鬼」鶺少を配置し、彼は雲霞の如き零軍を、屹立する大水門の前に撃退したのである。


 それから一年と一カ月。

 このまま楽門に戦無きまま過ごせるとは、小娘の慥用釧だって、思ってやしない。

 霽張長が、娘の質問に応える。

「さあな。また、龍眼の気まぐれで決まるさ。ま、今度はどっちも頑張らないで欲しいがな。」


 慥用釧は南大運河に目を向ける。

 夕方が近づくにつれて喧騒は更に増し、しゃかりきに操船する水夫が翠色を上げて櫂を使い、岸壁に乗りつけた船で売る側、買う側、自分の主張をまくし立てて商談し、(みどり)色の水飛沫をかぶっても一向気にすることなく、売買に集中している。戦争で楽門が封鎖される前の駆け込みで、流通が過熱しているのだった。


「何も、あの二人が戦わくてもいいのになあ。」

 霽張長の呟きは、慥用釧には聞こえていない。


 薄雲を撥ね退けた晩夏の太陽は、西から黄金色の陽光を二人に浴びせかけていた。










*********************************



懦州


挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ