筍油餅
「いくつですかぁ?」
「二個。― いや、ねえちゃんに免じて、ええい、四個買っていこうっ。」
慥用釧は額の汗を左手の甲で拭うと、右手でジャラリと二百圓受け取り、左の蒸し箱から三角の笹包みを四個まとめて掴んで、半裸の人夫に渡した。
九月になるが、まだまだ昼間は暑い。昼さがりの日光は、ここ懦州の楽門東城に降り注ぎ、慥用釧の日焼けした二の腕、顔を照りつけている。
「また買ってね、おっさん!」
「お、おふ!」
慥用釧が黒々した瞳をきらめかせ、真っ白な八重歯を見せて、笑顔を振りまくと、客の人夫も笑って返そうとするが、口の中にさっき買ったもち米握りを投げ込んでおり、喉がつかえて咳込んでいる。
「用釧ちゃん、あんな冴えないおっさんは放っておきな。」
もう、慥用釧の前には別の役人然とした男が立ち、小銭をジャラつかせていた。
楽門をくぐる南大運河はいつもの如く大賑わいで、都から南下する船と、楽河から楽門を通過して北上する船とが入り乱れている。斐界流通最大の拠点と言って良く、その喧騒は他所の比ではない。
慥用釧はそんな運河のほど近く、楽門東城側の路端に店を出している。
莚に「筍油餅」と墨書した粗末な幟の下、古い木製の荷台に大きな蒸し箱を積んで彼女は商いをしているが、その前には三十人ほどの行列が出来ていた。
「ゴホッ、ねえちゃん、そんな木っ端役人こそ放っておきな。ゴッフ。」
先程の人夫はむせながら、次に買おうとしている細身の男に悪態をつく。だが、その表情は莞爾として、買った笹包みの食べ物が随分と美味かったことが分かる。
一片の薄雲が太陽にかかった。
「ふん、汗臭い運搬夫に言われたくないわい。用釧ちゃん、一週間ぶりだねえ。」
そう言いながら、木っ端役人は汗臭い人夫を見くだす。
一方の人夫はそれを無視し、二個目の笹包みから笹葉を剥がして、中の蒸したもち米をむき出しにした。ごま油で三角に握られており、刻んだ筍や青菜が混ぜこんである。
役人は見くだしつつも、人夫が美味そうに咀嚼するのを、口中に生唾を湧かせながら羨ましく仕方がない。
「溜さん。あの後、総督府の会議は上手くいった?」
「ふふ。いやね、それは今日の夕方になったんだ。」
慥用釧は十八歳。健康的で、弾けるようなその笑顔に、木っ端役人の溜何某の表情はひどくにやけていた。
「そっか、じゃあ、いっぱい食べて力つけないと!」
「そうだなっ」
そう言うと、役人は後ろを振り返る。さっきの人夫が一個目を嚥下すると同時に、二個目を掴んで口まで運んでいる所であった。
「よし、五個買うぞっ」
おお、と後ろに並ぶ男どもはどよめき、感嘆した。五個も食べたら、その夕方の会議とやらで居眠りするのは明白である。
「毎度ありっ。」
そう言うと、右手で役人から二五〇圓をひったくり、瞬時に左手で笹包みを五個渡す。
これ程素早くやっても、
「おおい、ねえちゃん早くしてくれえ」
列の後ろには苛立つ者もいる。
前述通り、楽門はもともと繁華な場所だが、ここ数日の混雑は格別である。楽門の巨大水門が珍しく全開となり、朝も暗いうちから船は往来を始め、荷の積み替えで蟻のように人夫が立ち働き、船から買い付けようとする客どもも街をうろつく。するとそれを当てこんで、朝昼晩の飯や、慥用釧のように昼下がりの間食を売りに出る者も、城市に相当数現れる。
まだ少し、空は翳っている。
「ああ。腹減った。」
殴られた古傷であろうか、額が少しへこんだ巨漢が、店に並ぶ。
「俺は、朝から休まず働いてたんだ。」
「可哀想に。お昼も抜きだったの?」
とその時、巨漢の後ろから、背の低い出っ歯の小男がひょこっと顔を出す。
「まったく、ねえちゃんの優しい言葉が欲しくて、嘘八百。このでくの坊はな、昼もドデカい肉麺包を四個も喰ってんだぜ。」
「そうなの?じゃあ、一個にしといた方がいいわよ。」
「余計なこといいやがって。俺を誰だと思ってんだ。『言干の爆食大王』たあ、俺のこと。六個だ!」
早くっ、と三百圓分の銅銭をザラザラと慥用釧の右手のひらに流し込むと、左手の笹握り六個をむしり取った。
そして三個をまとめて口に放り込み、くっちゃ、くっちゃと大仰に噛みしめて、
「相変わらずうめえな、ねえちゃんが作ってんの?」
と、器用に話す。
だが器用なのはいいものの、
「口の中を見せるな、きったねえ!」
と、出っ歯の小男に蹴られた。
「おじちゃん、小っちゃいのに、『大王』より強いのね。すごい。」
「当然よ。俺は一個だけ貰うよ。」
出っ歯の小男はそう言って、五十圓払うと、上品に食べる。うまい、うまい、また来るよ、と言いながら。汚い、汚い、と『言干の爆食大王』を足蹴にしながら。
こうして、その場で賑やかに客が喰うもんだから、馴染みも新規も、気になって立ち止まり、並んで、買って、喰っていく。
そうしている内に、早々と売り切れた。まだ高い陽は、薄雲を通して眩しい。
「あっという間に完売か。」
慥用釧が莚旗を巻いて片付けていると、横からしゃがれた声がした。
親方の霽張長である。
いくつかある管理下の出店を、一通り見回ったようだった。
「今日は、本当に早かったです。店開けてから、そう、三十分くらいじゃないかしら。」
慥用釧の真っ白な歯が、浅黒い顔の中で眩しく笑った。
「もう、お前は東城随一の人気者だからな。」
霽張長もまた、娘の笑顔につられて口元が緩んでいる。
「しかし、もっと作ってもよかったんじゃ?」
作れば作っただけ売れるだろう、ということだ。儲けたい親方としては、至極当然の発想である。
薄雲が去り、日が出た。
「何言ってるの?」
強い9月の陽光に照らされた慥用釧は、カッ、と口を赤く開けた。
「母ちゃんとあたしじゃ、二百作るのが限度よ。まだ暑いし、腐ったモン喰わせらんないでしょ。」
元気な娘である。親方相手でも、言うことは言う。
「ほ。農家の娘はまじめじゃな。」
霽張長も、稼ぎ頭の言うことだからちゃんと受け止める。
「やはり半端な餅屋とか、挟むもんじゃねえな。」
農家の娘が、自家のもち米で笹握りまで作り、自ら街で対面販売までするのは珍しい。通常の農家なら、租税以外の余剰のもち米は商人に卸すだろうし、そしてそのもち米を餅屋が商人から仕入れて、商品をこさえて売りに立つ。商人も餅屋も途中で利幅を稼ぐから、最終的な売り値は張るし、商業主義が強くなって接客や味の質が落ちてしまい、売上が伸びないことも多かった。
小さな店だが、霽張長にとって慥用釧母子は貴重な稼ぎ頭となっていた。
慥用釧は機嫌を直したか、柔らかく笑う。
「まあ、頑張るわ。やれることを、ちゃんとやります。」
そんな慥用釧から、今日の売上を聞いて管理費を受け取ると、霽張長は急に口元を引き締めた。
「しかしな、よっく売っておきな。今の内にな。」
南から、さっ、と風が吹いた。
慥用釧は真ん丸な黒い瞳をくるくると回して、霽張長の言葉に耳を傾ける。
「お前ン所は賢いから、まだ蔵にもち米を持ってるだろう。多分、秋の獲れは大丈夫だから、使い切っちまいな。」
ここで、霽張長は辺りを見回した。
「そろそろまた零揮甕が来る。」
慥用釧も親方を見習って、首をぐるりと巡らす。
「そうか。それで皆、焦ってんのか。鶺少将軍はまた守れるんですか?」
眞暦1819年9月、ここ楽門の地は束の間の平和を味わっていた。
懦州愉の城主・零揮甕は野心を発し、雨艘架等の他領を攻め獲って、州西部を制圧。いよいよ斐界の果実たるこの楽門に押し寄せたるは、昨年八月、だが州龍眼・懌洛はここに歴戦の驍雄、「金戟の少鬼」鶺少を配置し、彼は雲霞の如き零軍を、屹立する大水門の前に撃退したのである。
それから一年と一カ月。
このまま楽門に戦無きまま過ごせるとは、小娘の慥用釧だって、思ってやしない。
霽張長が、娘の質問に応える。
「さあな。また、龍眼の気まぐれで決まるさ。ま、今度はどっちも頑張らないで欲しいがな。」
慥用釧は南大運河に目を向ける。
夕方が近づくにつれて喧騒は更に増し、しゃかりきに操船する水夫が翠色を上げて櫂を使い、岸壁に乗りつけた船で売る側、買う側、自分の主張をまくし立てて商談し、翠色の水飛沫をかぶっても一向気にすることなく、売買に集中している。戦争で楽門が封鎖される前の駆け込みで、流通が過熱しているのだった。
「何も、あの二人が戦わくてもいいのになあ。」
霽張長の呟きは、慥用釧には聞こえていない。
薄雲を撥ね退けた晩夏の太陽は、西から黄金色の陽光を二人に浴びせかけていた。
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懦州




