艶会、妖謀を発す
眞暦1810年を迎え、正月の様々な儀式が終わり、都州帝城は少し落ち着きを取り戻した。
「あははは。嫌だ、天さま。どこを触ってらっしゃるの。」
だが、ここ龍眼府はまったく落ち着いていない。否、年がら年中、正月みたいなものである。まだ昼前だというのに、乱痴気騒ぎであった。
「。。。 と、因州交相の奉忙は申した上、闔州王・閥養と定州王・窶房長による、坡州侵攻の許可を求めて参りました。そして。。。 」
「へっ。お前の薄い尻を触っても何も面白くねえな。」
「天さま、ひどい。」
妁冬離は、仏頂面でつっ立ち、報告を続ける。
「お前、本当にそれであの『億鷲女帝』や『帝城餓狼』の子孫なのか?」
祖先たちが今の自分の姿を見たら間違いなく、そう言うであろう。
女らを侍らせ、痴態を繰り広げる「狡玉睨」妖天に報告をしながら、妁冬離は思った。紅粉の香りで頭がクラクラし、仏頂面が眉間にしわを寄せ、更なる渋面となった。
嗅覚を刺激するのは、女たちの化粧だけではない。そこここで無制限に注がれる大量の酒。うず高く積まれた山海の珍味や脂ぎった揚げ物。昼前だから妁冬離は空腹をおぼえており、腹が鳴らないか心配で仕方なかった。バレぬように湧いた唾液を飲み込む。
情けない。
妁家は代々、大柄な者が多く、彼も百七十五cmあって宮中では頭一つ抜け出る体躯を誇っていたが、この龍眼府ではつい背が丸まってしまう。卑屈になり、知らず知らず弱味を晒してしまう。
妖天は、左右の女の胸元に両手を突っ込んだまま、脂でテラテラした形のいい唇を開いた。
「辛気くせえな、妁交相。あんた、腹が減って言葉に力がねえんだよ。妁韻公や妁坐霊公が聞いたら怒られるぞ。」
心を読まれたか、すべて行動はお見通しか、とビクついたが、妁冬離のことはこの時すでに妖天の眼中に入ってなかった。
突如、
「玉睨ぃーっ。」
という不快な金切り声が堂中にこだまし、同時に女どもの悲鳴が各所で上がった為である。
「ゴロゴロしてんじゃあないよ、売女どもが。」
「いっ。痛い。何をするのよ!」
「痛いと思う、頭が、脳が、お前らにあったのかい?」
もともと酒臭かった広い堂内が、この金切り声の主一人登場しただけで、臭気が倍加した。朝から酩酊している酒豪の女どもが、この瞬間に口を押さえ、傍らの壺を引き寄せてゲー、ゲー、やりだした。
「あたしゃ、祭相だよ。頭が、脳が、お前らと違うのよ。」
大姚帝国第五大臣、祭相・門東衫は、骨ばった脛もあらわにずかずか歩き、
「吐こう、という頭が、脳が、お前らにあったか。」
と、さんざん女共を馬鹿にし、彼女たちを蹴飛ばし、跳ね抜け、強烈な酒の臭いを辺りにばらまいて、妖天の左側の女に頭突きを喰らわし、ずい、と妖天の耳元に口を寄せた。
「天様。」
紅い口吻を光らせながらつぶやく。
「穣界の天秤、そろそろ因州の側にも、錘を置かねばなりますまい。」
門東衫は言い終わると、少し身をひいて妖天に向き合った。その体からかなりの臭気が発生して、相当の酒量とうかがわれたが、言葉に澱みはない。
(このところ、堕叉と如堯峰の間で、塊協半優遇の詔勅が続いている。確かにそろそろ因州王の機嫌を取るべきであり、時機は良い。こいつらの政権は群雄の勢力均衡によって成り立ってるからな。新坡州王・塊協半、因州王・美獣、いずれも大きくなり過ぎぬように、か。さすが『狂眼嫂』門東衫、適確である。)
妁冬離は横から妖天に正対する門東衫の顔を覗き見たが、紙のように白い顔に乗っかった両の目は、バラバラに虚空をさまよって焦点定まらず、妖天を見てはいなかった。
一方の妖天は、
(むむ。)
と思わず妁冬離がうなるほど、美麗な表情であった。
その肌の艶と透明感は白磁の如し、門東衫の言を聞いて顔引き締まり、先ほど痴態を繰り広げていた男と同一人物にはとても見えなかった。朱地に金糸で刺繍をした長袍はシワひとつなく、ピシリとしている。
そしてその目には、底無しに狡猾な光が宿っていた。
「祭相の言に同意。聞いたか、妁交相。因州王美獣が、闔州王と定州王を引率し、坡州侵攻するよう、美獣に勅命を下せ。因州まで行かずとも秦州の妹の所に向かえば良いが、これは他の者で良い。妁交相は即都を発ち、闔州王と定州王に使いせよ。因州王の監督下に入って坡州を攻めろとな。」
「恐れながら、重複して勅を下されるのは如何なるお考えですか。」
「ふっ。」
総括を任せる美獣にだけ勅命すればよく、管轄下に入る闔州王と定州王にまで詔勅を出す必要は無い筈だ。
妁冬離は駄目でもともと、とりあえず聞いてみたのだが、案外と妖天は薄笑いを浮かべて、真意を教えてくれた。
「よく見てこい。闔州の。。。 閥養の表情をな。そして州王と、その隣にいる銀色の目をした婆さんとの空気も。勅文を読み上げた瞬間の、だぞ。ふふ、面白いのう。」
「御意。」
大姚帝国第七大臣、交相・妁冬離。
彼は、ここで愁眉を開き、その渋面が和らいだ。
妖天もその様を見ているだろう。こうしてまた奴に弱味を晒してしまうのだ。
しかし、それでも良いと思う。
妖天の妾共は、引き続き門東衫に絡まれ、所々でブスくれているが、妖天はその様子をチラとも見ない。くだんの闔州王の表情を想像し、その後の穣界の騒乱がどう転がるかを考えているのだろう。伏せがちにした長い睫毛を、微細に揺らしている。
(妖天という漢、実は女遊びよりも策謀の方が、数段好きなのだろう。)
奸計一つで天下を簒奪した、一代の策士。
ただの玉睨ではなく、「狡」玉睨と言われるのはその辺に由来する。
彼は好意を持っていた。
妁冬離は何でも、己の事業にのめり込み、卓越した技能を発揮する姿に理屈抜きで尊敬してしまうたちであった。妖天の場合は特にその技能が際立っていたのである。
「それでは、勅文の作成と出立の準備を急ぎます。」
妁冬離は、大姚帝国玉睨・妖天の前を辞し、薄笑いを浮かべながら退室した。
その後も龍眼府の宴席には、悲鳴と嬌声と金切り声が、しばらく交錯していた。
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都州周辺
都州帝城




