斬り刻まれる視界
都州帝城の青竜門はその巨大な口を、堅牢に閉ざしていた。
二月の寒風に吹かれながら、粉散はそれを見上げ、己がいかにも無力な存在で嫌になる。横に長い方形の顔が渋く歪む。
(ん。危ない。)
帝城の城壁は高さ十mだが、東面してしつらえられたこの正門は、最高部の甍がゆうに二十mを超え、門扉だけでも十mの高さを誇っていた。
城門の中に、多くの細かい殺気を感じたが、そんな粉散の予感は当たった。
耳をつんざく金笛、ざっと立ち上がる弓兵。粉散が周りの味方を突き飛ばして足元に突き立てられた革盾に隠れたのは、それらとほぼ同時だ。
矢の雨が降り、そこいらの兵の殆どがハリネズミのようになって一斉に絶命した。
(農兵はだめだな。)
周りのどんくさく死んだ奴らを侮蔑する粉散は、しかし、自分もまごうこと無き農兵だった。正規の歩兵なり、騎兵が、何人か後方に退いていくのが見える。
ふと、「屍牽五突」の話を思い出す。
村の長老が言っていた。時の禁軍師団長:徒牽がこの青龍門から五度も突撃を敢行し、四度目で死んでいたのに、五度目も死んだまま馬に乗って先陣におったと。その目庇の下は空洞で、顔が無かったという。
青龍門外といえば、まさに自分が立っているここだ。なんでそんな恐ろしい所に俺が。
(女歓帝の頃だから随分、昔の話だ。別に怖がる事はない。)
北風が身を刺し、身を震わせたが、果たして寒さだけの事か。
ややあって、
「おお。粉散、無事だったか。取り敢えず斉射は止んだみたいだぞ。」
いとこの粉戴四がふらふらと革盾に近づいてくる。顔立ちは似てないが、縦に長い方形の顔をしており、いとこだと言えば『言われてみれば』とだいたいの者が言う。
「見ればわかる。だが気をつけろ。出てくる可能性があるぞ。」
青竜門から左右の城壁へ、臙脂の地に黄で「嫋」と染め抜かれた旗幟が数多翻っていた。上を見上げながら粉戴四が粉散の革盾に潜り込んでくる。
「ほんとだ。嫋害軍か。結構居るね。」
「ああ。言わんこっちゃねえ。こんなんなら、僚羚嬢さんの所に残っときゃ良かったじゃねえか。正面攻撃と言えばかっこいいが、向こうの精鋭がしっかり待ち構えてるんだぞ。卵を壁に投げつける様なもんだ。」
粉散は言葉を切って、横長四角の顔をぐるりとめぐらせた。
点々と、粉散たちが隠れている革盾が凍てついた地面に突き立ち、同様に何とか逃げ込んだ兵士が隠れていたり、這い出してその辺に留まって命令を待ったり、合わせればまだ二十人程残ってそうだ。地面には、体中に矢が刺さった兵士の屍体が累々と横たわっている。皆、粉散らと同じ斥候隊で、軽装の農兵が多いが、正規の歩兵や騎兵も混じっている。後方に目を転じれば五百mほど距離を置いて、長弓隊や歩兵隊、更に五百m後方に重装騎兵隊が見える。その向こうには類州王僚敞の本隊があるはずだ。
農兵を多く含んだ斥候隊が最前線に取り敢えず立たされて、相手の出方を見る。類州王軍では常套手段で、農兵にとってはいい迷惑だが、今回はこのために嫋害という城側の主力が守備しているのが分かった。
粉散は眉間に深く皺を寄せ、後方に陣取る味方を眺めた。
「お味方さんは、どうすんだろうな、粉戴四。全然動きがない。」
「うーん。嫋害の斉射を見てびびったかな。逃げ帰った正規斥候が報告してるんだろうけど。」
「遠目にも嫋害の準備の良さは分かったろうに。ん、何か、来そうだな。粉戴四、退くぞ。」
「え。でもまだ命令が。」
粉戴四の言葉が終わらぬうちに、青竜門の方からゴゴゴ、という音がしはじめた。
「うわ。奴ら出てくんのか!」
粉散は従兄弟の悲鳴を無視して一目散に走った。全力で走れば、歩兵大隊の所までは着けるだろう。
ゴゴゴ、というの轟音は濠にかける為の可動跳ね橋が降りる音だが、降り切るのに少し時間がかかる。また城方は、青竜門の大門扉を開け放つ訳ではない。大門扉にくり抜かれている十人程通過可能な通用扉から出てくるから、大軍が一度には飛び出せない。いま轟音が止んだから、やっと橋は降りたか。
粉散は後ろを振り返った。
果たして想像した通りであった。横に十人並んだ歩兵が、濠に架かった橋を渡ってくる。渡りきった兵は左右にすばやく分かれ、ある程度走った所でぴたりと止まる。動きに迷いがない。
後ろを見ながら、前を走る粉戴四に叫ぶ。もつれそうになるのを堪えて、足を必死に回転させる。
「謀略ひとつで天下を簒奪した割には、兵の練度が高いなっ。数百溜まった所で出撃してくるだろうから、もう少し時間がかかる。とりあえず大隊には合流できるな。」
「いんや。合流は、すぐだな。」
「え?」
横長四角の顔を正面に戻すと、果たして味方の歩兵がこちらが進軍してくるのが見えた。
「なるほど。確かに向こうから来てくれるなら、早い。早いが。」
「はあはあ。何かまた、お味方は農兵ばかりじゃないかい?」
城方は門扉を開け橋を下ろしており、類州軍がうまく緒戦で勝てば逃げ込む城兵と一緒に城に雪崩れ込むことが可能だ。だから積極的に出るのはいい判断だ。だが、しかしまた農兵か。出し惜しみせず、正規兵を繰り出せばいいのに。
味方の歩兵は隊列もなく、ばらばらに走ってくる。嫋害の歩兵と甲冑の程度に雲泥の差がある。前から聞こえる乱れた足音、そして背後からドドド、と整った足音。
(速い)
粉散はまた振り向く。思った通り、城方の嫋害軍歩兵隊は四百名程揃えていた。しかし門外にこの人数をあっという間に整えて進撃してくるとは、見事な統制だ。それに引きかえ。。。
背筋が寒くなる。
やはり二月の寒気は関係ない。嫋害軍の足音に呑み込まれるような錯覚を覚えた。完全に恐怖心であった。
粉戴四も同じようなことを考えていた。
「ぬう、しかし類州王だよ、こっちは。浮浪児妖天の軍に負けるなんてなあ。」
「言っとる場合かあっ。」
眼前の味方と背後の敵軍、見比べて勝敗は明らかだった。類州軍はあとから後詰の正規兵を繰り出すかもしれないが、そっちも負けるだろう。
二人を境に、二つの軍隊が激突した。
「粉戴四っ」
「おうっ」
二人は背を合わせ、ナマクラを抜き、味方と合して敵に対す。しかし、嫋害軍の突撃に跳ね飛ばされた。
二、三人が一斉に二人へ剣を突き出し、火花を散らしてそれは受けたが、同時に身体は後方へ跳ね飛んだのだ。地を這う粉散の頭を、敵の大刀がかすめる。
「粉戴四っ」
叫ぶ。いや、自分では叫んだ積りだが、声をちゃんと出せていたかどうかは分からなかった。
戦場の修羅場にあって、その喚声の中、一介の素人兵があげる声は完全にかき消されていた。従兄弟の声は聞こえない。すぐ右で「ぎゃっ」と聞こえた直後、味方の農兵が額を割られた状態で倒れてきたが、それは丸顔だから粉戴四ではないのは明らかだった。粉散にはもう、その横長四角の顔で周囲を見回す余裕が無かったが、味方が早くも劣勢になっているのもまた、明らかだった。
立ち上がりざま、横薙ぎに斬りつけられたが、すんでにかわすと、すぐに体勢を直して大振りして隙の出来た相手に、ナマクラを叩きつけた。うまいこと敵の首を打ち、手に大きな衝撃が伝わる。首の骨を折ったか。
衝撃に構わず、すぐ立ち上がる。少しでも動きを止めたらまずい。
どんっ
今度は背中に衝撃を、感じた。
そう、少しでも動きを止めてはいけないのに、頭では分かっていたのに、この戦場にあって、粉散は動きを少し止めてしまっていたらしい。
どんな奴だ?
過ぎる時間が不思議とゆっくりになって、首をきしませて後ろを振り返ろうとする。背中に痛みは無いが、身体の深奥まで鈍器が食い込んだのは感じる。背骨か肺か胃か、何かその辺りがえぐられて、真冬だというのにひどく熱い。
首をねじる途中、
(ああ。俺、完全に取り囲まれてるじゃないか。)
判然としないが、立派な甲冑に身を包んだ嫋害軍の歩兵3人が見下ろしているようだった。
あとこれも判然としないが、十mほど向こうで、縦長四角の顔をした風采のあがらない兵士が後方へ逃げ始めるのが見えた。
(あいつ、俺がヤられるのを見てから、逃げ出したな。)
それが粉戴四なのかも不明だし、粉散が斬り刻まれるのに怯え、見捨てて逃げ出したのかどうかも、分からない。『ひゃああ、だから僚羚嬢のとこに残りゃ良かったんだあ』なんて捨て台詞をこっちに投げつけたのか、どうか。それも分からない。
こうしている間に、取り囲む敵軍が次々に粉散へ刀を振り下ろしているのである。そんなことをされれば目はかすみ、意識も遠くなるし、周りのことなんかもう、見えやしない。
(結局、どんな奴だったのかな。)
首をなんとか捻じ曲げて、真後ろに立つ自分を殺した張本人を見上げたが、顔がぼやけて見えない。まさか、顔が見えないからって、徒牽だったりしてな。
直後、顔面に打撃を感じて、完全に何も見えなくなった。俺は今、さっきの農兵みたいに額を割られたんだろう。そう思うと同時に、粉散の意識は永遠に消し飛んだ。
眞暦1806年2月。
類州王僚敞の都州帝城攻撃はその緒戦において、妖天の守将である嫋害の前に敗北している。
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都州周辺
都州帝城




