篇外雑記 5 〜 民族・文明
第二八篇「褐剣髯起動」掲載後から本編の小説をしばしお休みして、諸々の設定などをお話しする試みの第五回。前回、前々回と大陸及び陸島の地理について概説致しました。
今回は民族や文明のご紹介をします。
これまでの講師は、酔っ払いの現祭相のあとに、大学者である元祭相府科学部総監、という順番で来ておりまして、どちらも同じ祭相府の女性という共通点はありつつ、人となりが両極端、私自身も聞いててその落差に疲れました。
なので、本日は極々普通の男性にお願いしました。炎州王府で交相代の要職に就かれる、滎胴巡様です。
登場したのは下記の回。
>> 炎勢里雄点 (平成二七年七月十二日公開)
あ、ごく普通の人だからか、ごく普通に海賊にカラまれちゃってますね。このあと、大丈夫だったんでしょうか。
さて、じゃあ交相代、無難にお願いします。
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ご紹介にあずかりました私、姓は滎、名は胴巡、炎州は煉碧に生を受け、若年より炎州王燦家に仕えて、現在交相代の任を請ける者。かの数銃先生のあとでは、私などの講義は稚拙に感ずるかと存ずるが、御容赦賜りたい。
演題は「文明」とのこと。これまた我が身に余る壮大な題目だが、とりあえず話してみよう。
まず。
最も優秀で、繁栄している文明は豊族文明である。
と、断言させて頂く。これには疑いを挟む余地が無く、また斐界の文明について語る上で欠かせ無い事実である。古代帝国・壥の昔から、今の大姚帝国に至るまで、歴代の中央王朝はみな豊族の国家である。この大地の中央を支配し、帝政国家を建国し、今では三十一州の広大な範囲に豊族が充満しているのだ。
豊族の人間を豊人と称し、黄色の肌に彫りの浅い顔で、平均身長は男が百六十cm、女が百五十cm、いずれもどちらかと言えば、痩せ型が多い。性質は粘り強く、思慮深く、縄張り意識が強くて、既得権益を積み重ねてそこにあぐらをかくことを夢見、秘かに上昇志向を胸に秘めた者が多い。産業は農耕を基にしているが、豊族の性質から非常に適性がある。高い生産力と長い間に蓄積した有形無形の財産によって、芸術、文化、学問いずれも斐界随一といえる。
豊人の言語を豊語という。歴代の豊族王朝が公用語としてきた言葉で、斐界において最大の利用者数を誇る一大言語である。無数の表意文字を用い、非常に難解であるが、周辺民族はこぞってこれを学び、第二言語にしたり、自らの母国語に文字を援用したり、影響を受けぬ言葉は皆無であった。文字の数とともに語彙も膨大で、この為豊富な表現が可能、文学作品は綺羅星のごとく産み出され、行政府の文書までが諸官吏達の麗文に飾られた。
度量衡、貨幣経済にいたっては、完全に豊文明が斐界を支配しているといっていい。長さの単位は、mを中心にmm、cm、km、重量は同様にg、kg、t、と定めているが、周辺文明はこれら豊文明の度量衡を用いている。
貨幣なぞは、豊人国家の発行する「圓」自体を周辺文明が持ち出して、そのまま使用する。周辺文明の経済の発展で、豊人国家から流出する貨幣は増大して経済はその度に混乱したが、大姚帝国になってからは斐界全体を経済圏と捉えて、貨幣流通量の把握をするようになった。その為、経済は安定した。
しかし、周辺国の為に貨幣を鋳造するなど、まるで親の如き面倒の良さである。自然に周囲は豊人国家を敬し、頼ったから、斐界の中心国家としての地位が確定し、その結果「冊封」という関係が生じた。
冊封とはどういうものか。
周辺国は中心国家に対して「臣」と称して服従の態度を示し、貢物を収める。一方、中心国家は周辺国の内政に干渉せず、物品を下賜する。この時中心国家は面子があるので、下賜品の質量が貢物を上回る。ために周辺国家は争ってこの冊封の関係を結ぼうとしたのである。
さて豊人国家 -現在では姚- に対して、「臣」と称し、冊封の関係を結ぶ国家はどこだろう。
まず東方の島国、陸島である。
過去、彼の国では倶那陽皇の時代に、姚との間で大戦があったが、今では国交を回復し、陸島の主・陽皇は定期的に朝貢している。なお、陸島が姚の侵略を阻んだ2つの戦い、眞暦1548年の綿之山の戦い、翌1549年の久乃浦の戦いにおいて、それぞれ香音川籬家と高村唯秀という武将が活躍した。彼らの名は大陸でも良く知られ、二五〇年以上経った今も語り継がれているのは、当時、姚敗戦の衝撃が余程強かったことの証左であろう。
東方の島国に大姚帝国が撃退される等、いま考えても意外に過ぎる。陸島人は、個々人が好戦的で戦士としての力はあるが、集団としてのまとまり、組織力は、豊族ほど強くない。社会の成熟度では、豊族に到底敵わぬ民族である。当時、姚が局地戦で敗北した一事を取り上げて、陸島の優位性を主張するのは、正当ではない。
ま。それはさて置き。
その次は泪恋。
陸島の南海に浮かぶ小さな島国だが、大陸に近く、陸島よりも密接に冊封の体制を整えている。代々、卿家が王座に就いて周辺に点在する小島を束ね、卓越した海上運搬の技術でもって、中継貿易を主産業とし、王国を運営しておる。
次、場所が一気に飛ぶが、漠方の虞倶霊。
漠方は姚の西北に広がる不毛の砂漠地帯だが、古来より山沿いのオアシスに多くの都市国家が成立し、大姚帝国の建国時に多大な協力をした虞倶霊が、現在最も隆盛である。姚としても借りがある為、同じ冊封の関係でも陸島等とよりも扱いは数段に丁重だ。
そして、最も大物の大渤帝国。
東北の渤方一帯を版図とする一大帝国である。建国したのは寒冷な地域において半農半猟を営む渤方民族で、狩猟民の勇猛と農耕民の勤勉の双方を併せ持ち、中原に遅れつつも文明化を加速している。
ここは国家としては姚と同格だが、規模でいうと渤は姚に遠く及ばぬことから、形式的には、姚を兄、渤を弟として緩やかな冊封関係を結んでいる。
ただ私が、形式的には、と言ったのには訳がある。大渤は眞暦1687年の建国でまだ百年ちょっと、妃轢皇帝家のもと良く治まり、国の勢いが姚と段違いだ。伝統的に隣の因州王と密接な関係を持ち、事あるごとに姚に圧力をかけてきた。現在の姚皇室には貸しもあり、それを虞倶霊よりあからさまに振りかざし、非常に強い立場を保持している。「弟」というには、余りに生意気なのである。
大渤と対で語らねばならない勢力が1つある。
それは、三籠侯である。
これは国家ではない。山・鋤・猟の三州の州王を兼ねる峻家のことである。大渤と直接関係は無いが、「双瘤」として並び称される勢力だ。姚と同様、豊族によって構成されている。
峻家も現在の姚皇室に大きな貸しがあってそれを盾に増長し、三籠三州の版図は「峻三籠」と呼ばれ、実質的に独立国家であった。姚への公役を無視し、それが例外的に黙認されていたが、眞暦1795年にはそれまで通称だった「三籠候」を姚に認めさせ、名実ともに独立を勝ち取った。
姚にとって、この大渤と峻三籠はまさに二つのたん瘤、「双瘤」であり、邪魔者でしかなかった。
なお、独立性の強い州王といえば因州美家もそうである。前述の通り、大渤と堅い同盟関係を結んでいるが、斐界で最も古い家史を持ち、穎の始祖・穎眞の覇業を援けたというから、記録に現れてから千八百年近くも続く名家である。誡末や動乱の時期には天下を狙ったこともあり、姚は大渤よりも因州王美家を恐れていると言われている。
もう一つ、剣州も独立性が強い。
ここはもともと「剣国」といい、豊人国家とは別の国家であった。だが誡末、時の国王・烈風観が女爛と結婚するなど、動乱に巻き込まれ、結局夫の女爛は敗れて剣国は「剣州」として豊人国家に組み込まれてしまう。姚を建国した女爛の弟で、皇帝となった女鬼はしかし、烈風家を剣州の「永代州王」として自治を認めた。この為、剣州は独立性を保ちながら、因州や三籠とは異なり、姚とは友好関係を築けている。
概ね文明や国家として、主なものはこのぐらいだ。
光方には寺院の諸勢力があり、熱雲南海にも大小様々な部族がおるが、いずれも国家とも文明とも呼べぬ。かつて原方には葛麻等の遊牧国家があったが、今は分裂、細分化した遊牧民がバラバラと草原を駆けるのみ。
国家の興亡、その栄枯盛衰は天のみぞ知る。実に無常である。原方だけではない。陸島も泪恋も、大渤までも、これまで述べた国々はみな明日をも知れぬ、波間の一葉が如き儚い存在なのだ。
だが。
豊人国家だけは、豊文明に限っては、滅亡しないと断言できる。
古代帝国・壥以来二千七百年、皇統は変われど、豊人王朝が絶えたことはない。この絶大なる文明史に例外は無い。
我が豊族に永遠の栄光あれ!
これだけをここに言い定め、本日の講義を終える。
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はい、ありがとうございましたー。
何か、やけに豊族の身贔屓が目立ちましたね。妙に熱入っちゃって。やはり陸島の海賊にヤキを入れられたのがコタえたのか、滎胴巡さん、周辺異民族に、特に陸島に憎しみを持っているように聞こえました。途中まで普通に、無難に話してましたのにねぇ。ちょっと期待はずれでした。
ただ豊族の偉大さ、優秀さは言うまでもなく、間違いありませんので、素直にお言葉を受け取っておきましょう。
さて、次回はこの篇外雑記も最後でございます。お題は職制。これまでの物語で、皇帝に始まり、龍眼等の大臣、州王など、様々な役職や肩書きが登場してきました。一度ここで、整理させて頂こうかと存じます。
そして語るのは、その職制の頂点におられたあの御方を予定。
お楽しみにお待ち下さりませ。
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大陸全図
陸島全図 (穂嶋)
陸島全図 (美陸)
環泪海
漠方 (虞具霊の位置を図示)




