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雨中、龍牙府の陰影

 都州盆地は大雨に打たれていた。


 秋の真っ黒な雨雲は、都州帝城(としゅうていじょう)の上空から動かず、洛中の人々も多くは家にこもり、この巨大な都市は一斉に息をひそめるが如くであった。


 二条に立地する龍牙府も同様だった。

 大姚(とう)帝国の軍事を司るこの組織は、二条の四罫から七罫まで全てを含む広大な敷地を擁し、その中央に五層の壮大な府庁舎が威風堂々と鎮座していた。


 しかし。

 眞暦(しんれき)1805年10月現在、雨に打たれる龍牙府の中、準殿臣(じゅんでんしん)の忙白機(ぼうはくき)は肩を落とし、顔面蒼白であった。


(随分降る。)


 奇岩の並ぶ中庭は、雨に沈んでいる。忙白機は大臣室に入りたくなくて中庭を眺めているのだが、かえって気が沈む為、仕方なく歩みを進めた。神経質そうな細い顎と、そこに生える整えられた鬚が、小さく震えていた。


「大臣、忙準殿臣入廷します!」


 第二大臣(龍牙)の執務室は広く、自然と忙白機の声も大きくなる。


「類州頸群(けいぐん)に、妖天軍が集結。現在調練中、その数五千!」


 大声で一気に言った。

 忙白機の声が止んだ後、室内を大雨の音が支配する。


 衛士が五名居たが、あとは龍牙である僚酉釈(りょうゆうしゃく)だけが卓上で竹筆を走らせていた。

 僚酉釈は手を止め、ゆっくり目をあげた。歳は四十、自分とは同い歳だが、肌がひどく荒れていて、数歳は年かさに見えた。


「よく通る声だな、忙準殿。」

 不気味なほど抑揚のない声である。

「大臣、府内・帝城の即時動員は現在二万。同準備兵及び都州盆地の諸営より、五日後の動員が十万です。号令致しますか。」

 忙白機は、かたくなに大声で、一気に、言う。

 少し声が震えていたが、僚酉釈は気付いていないだろう。目に何の光も無く、竹筆を卓に置く。何かを考えているが、さほど複雑なことでは無さそうだ。


 僚酉釈は気の無い顔でつぶやく。

「ふーん。だがのう。」

「左様。」

 鬚を震わせながら、忙白機は遮るように言葉をかぶせた。

「龍牙軍が都を空ければ、都州城衛が動くでしょう。」


 雨の音。

 忙白機は言葉を切り、僚酉釈も黙る。僚酉釈は忙白機の胸の辺りを見つめており、それを幸い、忙白機は目だけを動かして衛士の様子を確認した。視界には3人しか入らなかったが、特に彼らの表情に動きはなかった。


 忙白機はいつまでも待つつもりだったが、僚酉釈が程なく口を開いた。

「それにな。附類平原はそもそも僚敞(りょうしょう)の管轄よ、奴がなんとかすればいい。」

「ま、僚敞様も都を出れますまい。帝が怖過ぎる・・・ おっと失礼。」

 僚酉釈は、再び黙った。

「では今回、龍牙府は出師しませぬぞ。今から、都州城衛(としゅうじょうえい)と帝城防衛の分担を協議致します。」


 忙白機は逃げるように龍牙の前を辞した。5人の衛士の顔を素早く観て、異常が無いのを確認すると、足早に退室する。


(私はちゃんと言ったぞ。普通、五千に負ける筈はないが。今の姚では、危険はある。)


 念の為、家財をまとめさせよう。炎(えん)州に小領を持っていて良かった。

 事務次官である準殿臣は大臣に正しい情報と分析を進言し、大臣の指示を実行するのが役割だから、その指示を覆したり、不履行するのは職の本分ではないのだ。


 顎鬚をしごきながら、忙白機は龍牙府庁の長い石廊を滑るように歩いて行く。


 雨音の中、すぐに忙白機の姿は廊下の向こうに消えた。




*******************************



都州

挿絵(By みてみん)



都州帝城

挿絵(By みてみん)


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