↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/120

鋭鋒夏景


 遠く、射裟(シャサ)の断崖寺院が見えてきた。


「やっと着いたな。ここまで来れば安心だ。」

 そう言われ、惚円繕児西《コツェン・ゼン・ジセイ》も栗色の巻毛をかき上げながら、ほっ、と息をつく。


 暦では八月だから今は夏だが、ここは光方(こうほう)である。斐界(ひかい)でもっとも内陸の奥地、峨々とした山脈が連なる山岳地帯なので、晴天の真昼でも気温はあがらない。


 しかし、先輩の婆旦苞壊冶(バタン・ホー・カイヤ)は荷を担ぎ直しながら、しきりに汗を拭いている。

「射裟は繁華だな。」


 児西も同様、額に汗をにじませている。児西たちが気埿塁山(ゲデルイサン)を下りて、十日。重い荷を負ってえんえんと山や渓谷を越え、不安定な桟道を伝ってきた。途中に街はあっても小さなものだったから、やはり光方随一の都市、射裟に辿り着いたら、気も昂ぶる。二人とも元気な十代であり、代謝も活発だ。しかし、それ以前に彼らが住む気埿塁山の四千m地点は酷寒の地だから、そもそも彼らは暑がりなのである。


 まだ射裟の郊外なのだが、ここまで来ると行き交う人も多い。「崑」の赤幟を林立させた騎馬団が、児西の右脇からドッドッ、と馬蹄を響かせて追い抜いていく。山(さん)州の者だろう、馬上、愚痴を言い合っていた。児西は山上で豊(ほう)語を習ったので少し意味が分かったが、どうも寒がっているようだった。


「光方の真夏は山州の者でも冷えるんですね。」

「うん。山州も山国なのだがな。それはともかく、随分使いの数が多かったな。」

 婆旦苞壊冶は児西よりも豊語に長けていたから、情報がより多い。すでにはるか先に遠ざかり、射裟の街に入りかけている騎馬の使節団を見つめている。

「崑走博自身はいなかったが。峻三籠も、いよいよ国を固めてきているな。」


 ぴゅっと風が吹いた。とたんに騎馬団たちが悲鳴をあげた。

「あ。確かに今の風は俺も寒かったですよ。」

「ふん。俺は大丈夫だがな。しかし、あれはちと、騒ぎ過ぎだな。」

 崑家の使節団は余程寒かったらしく、こっちまでギャーギャーという喊声が届く。


「元気なことだ。凱源(がいげん)とか、どんな所なんだろうな。」

 山州の連中は、確かに声に活気があり、明るい笑い声も混じっていて少し羨ましく思えた。婆旦苞壊冶は、何だかんだいいながら山・猟・鋤三州の太守・峻三籠(しゅんさんろう)家を羨望の眼差しで見ているようである。


「しかし壊冶さん。光方のが山は断然、高いですよ。」

 児西も住職の命令なら山州に行ってもいいが、自発的に行きたいかといえば、それは面倒に思えた。そもそも大姚(とう)帝国自体が、とても遠い存在であった。


 児西は、四方に首を巡らす。


 ぐるりと六千m級の連山に取り囲まれ、夏でも峰々の雪は解けることはない。これまでもこれからも、気が遠くなる程の永い間、山体の青と冠雪の白というこの壮大な風景は変わらない。

 惚円繕児西は、この風景の中にいつまでも暮らしていたかった。


「あと、山州はここよりもっと暑いですよ、きっと。」

 婆旦苞壊冶は汗を拭きながら少し不満そうに、ふん、と鼻を鳴らした。


 住職から預かった経典二十巻を分担して背負い、目的地の射裟を前に二人の肩に荷がいよいよ食い込んでいる。鋭鋒の上、蒼天に煌めく夏の太陽は、壊冶にも児西にとっても暑気に過ぎた。

 いつの間にか、目の前に街の門が迫っていた。壊冶が真剣な面持ちで荷を担ぎ直す。児西も栗色の巻毛を、慌てて手櫛で整えた。


「はや、済まさん。」


 眞暦1805年8月、光方射裟。

 気埿塁山の若い使い二人は、足早に街に入って断崖寺院、牌西寺(はいせいじ)を目指した。




***************************




光方

挿絵(By みてみん)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。