薬効、万里を走る
「ほらほら。何やってんだ。ここ、汚いぞ。高貴な方がお求めにくるんだから、最近。店の中を、ほら、ちゃんとしとかにゃ。」
「本当、どうしたんですかね、最近。やはり穣界が荒れてるからかしらねえ。ウチの店は、まあ、もとから評判良かったけどね。それにしてもね。」
「そうだな。穣界のお偉方は気持ちが弱くなって、少しでも体を頑健に、ってとこかな。あ。だから、喋ってねえで、拭けよ、そこ。いいから、穣界のこととかいいから。」
「はい、はい。拭きます。ただいま、やります。しかし、まあ、あなた。何ですかね。隣の黒集丸舗は、そんなに客が来てないでしょう。やっぱり、ウチの鵞服丸は違うんですか。」
「お前、今更そんなことを。何年、俺に付き添ってるんだ。」
「五年です。」
「うーん。五年か。まだ、そんなもんだったっけ。」
「ひどい。この五年はあなたにとって『そんなもん』だったの?」
「えーと。あー。そういう意味じゃなくてね。なに、わが恙陽丸舗の鵞服丸は、ここ鵞服洋では最高質だ。鳩礼、お前はそんな店に嫁いだのだよ。大船に乗った積りで商売すればいいのだよ。」
眞暦1801年4月。
騅州鵞服洋には、色とりどりの花が咲き、のどかな町は暖かな春の朝を迎えていた。
この町は小さいが、鵞服丸という丸薬が名物で、遠方からも買いに来るほど、なかなか活気がある。
そして恙効九の店、恙陽丸舗はこの中でも特に、最近急速に名を上げ、他の鱒薬舗や準規丸舗等の老舗をしのぐ成長を見せていた。
しかし、開店直前の店内で相変わらず夫婦でぐだぐだと会話をしているのを見れば、町ののどかさを再認識する。
「あなた、それはそうですけどね。私、あの時準規丸舗にも縁談が有ったんですよ。」
「え?初耳だけど。」
「あ。いらっしゃいまし。さ、どうぞ。どうぞ。」
「あ、ああ。いらっしゃいませー。お客様、どうぞこちらの棚をご覧なってて下さいね。おい。」
恙効九は、明らかに身分の高そうな御仁二人と護衛の巨漢二人、計四人の客を薬棚の前に手早く立たせると、妻の鳩礼を店の隅に呼ぶ。口が尖っている。
「鳩礼。ということはお前、準翼の奴に求婚されたのか。」
「そうよ。でも良いじゃない。結局あなたを選んだんだから。でも、向こうの方が老舗なんだから商売やるのも楽だった筈なのよ。」
「なにい?」
「もう、後にしましょ。ほら、あの方達、いつにも増して只ならぬご身分よ。さっさとお相手なさいましな。」
どん、と押された恙効九が四人の客の前に、ととと、と進む。
客と目が合う。こうなれば、いつもの商売口上の始まりだ。
「いかがですか。差し支えなければご説明申し上げますよ。どちらから、いらしました?は?都州帝城から?いやいや、それは遠くから、お世話さまでございます。いや、一目見て、あ、これは都からお越しになった、と。お召し物がもう、洗練されてらっしゃって。保存の?期間ですか。それはもう、保ちます、保ちます。棚に並んでます通り、瓶に密封してますでしょ。保ちますよ。強壮、滋養。ま、鵞服丸といえば、斐界中に有名でありますがね、当店は特にお客様の身体を第一に調合しとります。他店のは、ま、劇薬とまでは言いませんがね、効き目があり過ぎて、刺激が過分な場合が有りますので。当店のは、ゆっくり効き続けるのでね。即効性を求めるお客様にはお奨めしてません。ですが、例えば遠方に赴任される方など、長い期間環境が変化される方などには逆にお奨めしております。特に穣界とか、それこそ原漠とか、乾燥した過酷な地域に赴任された方には格別に愛用頂いてますよ。そうです、当店の鵞服丸は、健康体を長期に渡って維持するのにもってこいでございます。あ。ああ、すみません。十年、いや二十年もちます。はい。先ほども言った通り瓶に密閉してますんでね。未開封あれば、もう、二十年。保ちます・・・ へ?五百瓶?ひやー!おい、鳩礼?!蔵から出せ!すぐ!五百だ、五百。いいって。そこ拭くのはあとでいいから!いや、だからいいってば。少々、お待ちくださいね。鳩礼!もう、いいわ。俺が運ぶっ!そこに居て下さいね。お気変わりしないで下さいねっ!」
*******************************
騅州




