奏同第弐門に終末を予感す
眞暦1798年9月。
夜、月が明るく、黒灰の雲が少し速く風に流れている。
山に囲まれた秦州北東部の城市、奏同は、そのぐるりと回らされた見事な城壁を月光に晒していた。
第ニ門の城楼に、大きな男、中背の男、小さな娘の三つの人影があった。
真ん中の中背の男は、輪郭の丸い愛嬌のある顔立ちで、しかし口がきりっと締まり、知性が感じられる。
姓は昱、名は弴。
普段は農民だが、ここ奏同啄飯道の本拠地において、十人小隊を任されている。歳は四十五、落ち着いた所作で短弓の弦をぶんぶんと鳴らし、張りを確かめている。
「啄飯は世俗に過ぎる。もとが漂空教だからな。どうしても、なるようになるさ、といういい加減な性格がある。」
傍らの大男、朋輩の曜函頂が、ちょっと驚いた顔で、肩の下にいる昱弴を見る。昱弴を挟んで反対側にいる次女・昱右は、眠っているように目をつぶり、親譲りの丸顔からは表情が読み取れない。
城内の所々に篝火が焚かれ、家々がおぼろに照らし出されている。啄飯の信徒はいまグッスリと寝ている筈だ。
「ただ、仲教や独法教みたいにお高く止まってる教えは、メシを食わせてくれんぞ。」
曜函頂が禿げた頭をぺろりと撫で上げた。
「まあ」
昱弴が頭上を仰ぎ見ると、「奏同第弐門」と金文字で記された扁額が目に入る。一昨日、投石機の放った巨岩が数個当たって、半ば砕けて実はもう、文字は読み取れない。
「わしら農家には啄飯道が丁度いいんだよな。仲教の教義は難しすぎるから。」
「それに啄飯は金も兵もちゃんと持っていた。やはり力がないと。」
「負けて、殺されたら教義も何もないからなあ。それはそうだ。」
「強い力を持った教えじゃないと、わしらも信じる意味がない。」
ふと、昱弴は何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。
目をうっすら開けた昱右が、そんな父を仰ぎ見た。
昱弴は闇を睨んでいた。
闇の向こうには、第一門があるはずで、その外には美獣や穂泉煎の軍六万が、野営を張っているのだろう。さすがは因州王と秦州王の連合軍だ。大軍である。
「こちらは五千。」
突然、昱右が言った言葉が、心臓に突き刺さった。
昱右は何を考えているか分からないが、こちらの考えていることは察知できるのか、十四歳になって、たまに父である昱弴を先回りするような行動が増え始めていて、しかしそら恐ろしい気持ちとともに大きく成長していく嬉しい予感も、親としてはあった。
一方確かに、今の啄飯道の総本山ともいうべき奏同の残存勢力がすでにわずか五千というのは由々しき事態だが、しかし奏同の強固な城壁をもってすれば十分な兵力だ、と自分に言い聞かせた。
昱右の発言を受けて、これらのことが頭の中を巡った。
「昱右、五千になっちまったのか。随分減ったなあ。」
曜函頂は禿頭をゆっくり撫で、城内の寝静まった家々を眺めながら、声を潜めて言う。
「減り方が良くないんだよな。」
因秦連合は逆に、待ってれば勝てるかもしれない。その場合、城壁など何の役にも立たない。
昱弴も城内を見渡すが、その視線の方向には自宅がある。腹の大きくなった妻・一欣を思い、不安にかられた。
横から娘の視線を感じながら。
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秦州




