葬南の平原に小鬼の戟が回る
大平原で野戦が行われていた。
遠く南に蔡蛮山脈がうっすらと見える葬州南部の平原、夏は青い草で一面に覆われるが、この1月は全て枯れ果てている。ほとんど視界を遮るものはなく、360度、ただ荒涼した荒野が広がるばかりであった。
いや、人間は、いた。
「ぼろクズのようだな。」
鶺少は、もう二九歳になってあちこちで戦場での経験も豊富に積んできたが、バタバタ倒れていく敵味方の兵卒達を見て、改めて呆れている。
休みなく、その百五〇cmという小さな身体を回転させ、自慢の戟を振り回す。しかし傭兵として、奏同啄飯道やこの葬州南東部の界隈では名を知られるほどになり、最近は戦闘中にも関わらず感慨にふけるようになっていた。
(思えば、明け方はあの山の麓、藝臥麓の街にいたんだな。酒家もあるんだから、啄飯も一杯振舞ってから出撃すれば良かったんだ。数で負けてるのに、兵の動きが悪い。これは异軍が勝つな。)
自分の上背と同じ長さの戟を、兎に角速く繰り出して、葬南の豪族:异粽の軍を切り崩す。戟の金銅が真冬の弱い陽光をギラリギラリと跳ね返す。
こんな鶺少の奮戦もあって、味方の啄飯道軍は現段階では良く持ち堪えてはいた。
(しかしいかんせん少数だ。茉皎の奴等は次から次へ新手を繰り出してくる。二年前はもっと若い信者がたくさんいたのだがな。やはり双瘤が介入してきたのが痛かったな。そこら中で負けて、有意の者が皆死んだ。教勢の衰退、覆うべきもなし。)
動き回りながら、鶺少は他人事のようにぶつぶつ呟いていた。
眞暦1798年1月。藝臥麓を占拠していた奏同啄飯道の葬南方面隊五千は、葬州豪族:异粽が葬南諸侯援兵合わせて4万を率いて茉皎を発したと聞き、勇猛にも撤退せずに野戦で迎え撃った。
鶺少が戟を旋回させる度に、その小さな身体を覆う翠色の戦袍は、州王軍兵の血を浴びる。
すでに地の翠が分からない程自らを赤く染めながら、彼の両目はぽっかり空いた空洞のようである。
(ここでも負けるだろう。もう啄飯の生活もこれまでにしようか。教団にも面白い奴はいたが、受けた恩より俺の戦績のが上回っているし。うん、そう、明らかにな。)
金銅の戟を振り回し、敵兵を一気に三人吹き飛ばす。
遠くから割にはっきりと、声が聞こえた。
「あれは何者だ。」
「啄飯の傭兵、なんでももとは楽北の商人だそうで。最近は啄飯道に属し、『金戟の少鬼』とか言われています。姓は分かりませんが、名は少。」
「欲しい。何とか絡め取れ。」
异粽か。
葬州王:芥揚も一目置く、南東部の有力諸侯だ。是非討ち取りたいが、いかんせん遠い。当然何重にも近衛兵が取り囲んでいる。
(冗談じゃない。异粽なんかに仕えられるか。だいたい商売でこっちに来て、なんでこんな目に遭っとるんだ。やはり啄飯なんぞにカブレたのが運の尽きか。)
その目には、不毛の大地で次第に劣勢になりつつある啄飯道信徒の阿鼻叫喚の世界が映じていた。
一瞬、瞑目する。
まぶたの裏には、楽河の滔々と流れる風景が浮かんだ。
帰ろう。
鶺少は、決めた。
目をかっ、と見開いた。
同時にこの日一番の力を込めて、金銅の戟を振り、目の前の一人の胴を薙ぐ。
「な。」
「少鬼様。どこへっ?」
干戈を激しく交えながらも、両軍はその異変に驚愕した。
鶺少が一人、戦線を離脱したのである。
騎馬兵をはたき落として馬を奪い、追い縋る异粽軍を振り払っている。馬上、金銅の光が煌めいている。徐々に馬は歩を速めて行く。
程なく、鶺少の馬の周りには誰も居なくなった。
「鶺少っ。逃げるのかー」
啄飯道の兵士の一人が、袈裟懸けに斬られながら断末魔の叫びを上げた。
猛然と単騎、戦場を離脱していく。
東に遠ざかる馬蹄。両軍は手を止めて、なかば呆然とそれを見送っていたが、しばらくしてまた戦闘が始まった。
そして、それは一方的な殺戮となった。
*****************************
葬州中部




