炎勢里雄点
「にぎやかですねえ。やはり沿海最大の軍港、いや何より炎州王のお膝元。そこらの街とは訳が違いますな。」
「川茂座殿。そんなにおだてても雄点の評点は変わりゃせんぞ。しかし、我が炎勢里を褒めてくれるのは、素直に嬉しいがな。楽界でもこれほどの都市は、そうさな、泳州の漢翰府くらいだろうな。」
荒舵恭忠は赤銅色の平たい顔で、こんな会話をする二人のあとを、歩いている。
川茂座黄三が感心するまでもなく、炎州の州都である炎勢里の殷賑は凄まじい。沖に無数の船影、海港に多くのジャンクが帆を上げ、山が迫って幾条にも分かれた入江にも大船、小船数知れず、入江に注ぐ炎銃河もいくつもの船が漕ぎ上っていく。軍船、商船、船の形態も千差万別である。
眞暦1797年11月、清々しい秋の風が少し吹いている。山から下りながら、荒舵恭忠は炎勢里の全容を観察しているが、ともすれば嘆息しそうになるのを、堪えていた。そうこうする内に何人もの人間が急ぎ足ですぐ脇を通り抜けていく。街を行き交う人間の数もまた、多い。
だが後ろを歩く、恭忠の主:飛狼崔次は冷めた顔をしているようだ。ふんふん、と小刻みな吐息が聞こえるが、高く突き出た鉤のような鼻をこうやって鳴らす時、決まって彼は冷徹なことを考えている。
昨日の炎州王:燦拓来との交渉を反芻しているのかもしれない。恭忠も、あとでまとめる議事録のことを考え、少し気が重くなる。カチャカチャ、と飛狼崔次が鳴らす水軍鎧の音が耳にうるさい。
川茂座黄三は、炎州交相代:滎胴巡を相手にしゃべり続けている。
「いやあ、昨日の炎州金堂ですか、デッカかったですねえ。あんな大きいお堂は初めて見ました。」
「え。貴殿がお住まいの夜濱にもあるんじゃないのか。」
「とんでもない。小さな商家ばかりですよ、夜濱は。」
入江が近づくにつれてどんどん人が増えていく。商人も多いが、警衛や軍人も多い。特に警衛は二・三人で一組で歩いているが、私語は一切しておらず、路地だったり、街中の死角へ無駄なく目を向けている。
港町だ。
半裸の凶暴な水夫が、街に溢れている。だが皆、炎勢里の警衛にはそそくさと道を譲り、声高に悪事を自慢していた者は慌てて口をつぐむ。
穣界訛りの若い水夫が、初めて炎勢里に来航したのだろう、昼から酔っ払ってる様子、警衛にくってかかった。が、かわされ、倒され、籠手籠手に縛られて、見事な手際、あっという間にしょっぴかれていった。
「平和だな。一方の我々は血を流しているというのに。悔しいだろ、恭忠。」
飛狼崔次が小声で、荒舵恭忠の背中に問いかけた。
いや、当家の仕事はやりがいありますよ、とこちらも小声で返したが、治安が良く、経済が盛んで、平和な大陸の大都会が羨ましいのは間違いない。この一年、海道家と環泪海で繰り広げた海戦を思い出すと暗澹たる気持ちとなる。
一段と強くなった喧騒に包まれる。
桟橋に着いたのだ。岸や船に当たる波の音もせわしなく、あちこちでチャプチャプとうるさい。
「あ。滎胴巡様。あれ、あれが我らの船です。」
「おお。」
黄三の指差す方に、自分たちが陸島から乗ってきた艨衝が停泊している。全長十五m、舷に巡らされた墻板が高さ3mと大きく特徴的で、一目で自船と分かるが、何より2枚1組で墻板に彫られた翼を負った狼が、飛狼水軍の舟だと告げている。
環泪海に暮らすもので、この狼を知らぬ者は、それこそモグリだ。
滎胴巡は二重の目を眠そうに擦る。
「これが泣く子も黙る『翼狼吹墻』ですな。初めて見たわ。しかし、この水軍を持つ飛田をもってしても、海道家と同点になってしまうのかあ。我が燦家の雄点も罪なもんですなあ。」
最後の方は、飛狼崔次に向いて話したが、飛狼崔次は何も言葉を発しない。
交相代殿は勘違いをしてる。
昨日、州王:燦拓来に面談し炎勢里雄点は飛田・海道同点にて、話をまとめたのだ。勝ったの負けたの、優劣を争ったのではない。穂嶋の海事大名の双璧が、無闇にいがみ合うのはどうか、血も流れる、金も使う、そうした中で我が主:飛田議衡がとった策である。
滎胴巡は勘違いしたままニヤついて、そそり立つ舷板を叩いた。
「ふふ。さすがかつて環泪海で敵なしと言われた海賊衆、戦闘特化の見事な艨衝じゃなあ。あの頃の麗后水軍や剣州水軍と戦ったら、どっちが強かったかのう。」
「!」
荒舵恭忠の身体が咄嗟に動いた。
仮にも、三カ国の国主を統べる、果北の太守:飛田議衡の正使なるぞ、それを・・・
と言おうとしたが、背後からの力で荒舵恭忠ははねとばされ、飛狼崔次の太い右手が伸びたと思うと、滎胴巡の手をガッシと掴んだ。
一瞬である。
手を引きちぎるか、とばかりに引いて、艨衝の胴間にぶち込んだ。
中の樽を弾き飛ばして、滎胴巡は船底にひっくり返った。
「では、分からせて進ぜよう。炎勢里の海で、我が軍に代々伝わる『速漕ぎ』を披露しますゆえ、しっかり体感下されませ。黄三、交相代を荒縄で固定して差し上げろ。あまりの速さで素人は海に投げ出されてしまうからな。」
滎胴巡は、真っ青になっている。
荒舵恭忠の方からは、胴間に向かって立つ飛狼崔次の広い背中しか見えないが、例の恐ろしい形相で滎胴巡を睨み据えているのであろう。
「なお、我等は海賊ではなく、果北三国太守:飛田家の正使団だ。州王に謁した際も申した筈。人の話をちゃんと聞かないと、州鼎龍にはなれませぬぞ。」
飛狼崔次の、ドスの効いた声を聞くと、やはり海賊だな、と思う。
しかし、この一年の海道との戦いを、「海戦」と認識していたが、その飛狼党が海賊として環泪海を横行した時代に比べれば、どうであろう。
ただの小競り合いではないか、と思い当たった。
飛狼崔次の逞しい水軍鎧の後姿を見て、背中に少し、血が湧くように感じた。
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炎州
果空海峡 (夜濱を地図に含む)




