双瘤の一、冬の都州帝城に思う
時は眞暦1797年2月、都州帝城。
都州盆地はしばらく凍てつく寒さが続いていたが、今日は少し緩んだ。正午になるやいなや、官庁が林立する内城では、外で旨い昼食を食おうと無数の官僚達がわらわらと湧き出ている。毎日の風景だが、今日はいつもより多いようだ。
内城八条五罫、白青大路沿いに建つ巨大な五層石造庁舎は、白亜の外壁が冬の陽光を跳ね返していた。規模壮大で且つ、白い反射光を放ち、内城の中でかなりの存在感を示している。
(我が都寥林と比べ、規模は大なり。しかし。しかし、いけすかんな。)
白亜庁舎の最上階、十二歳の少年が腕組みしながら、都州帝城を眺めていた。
その眼は切れ長で針の如し、鼻筋通り、小さな口は開きかけの蕾のように幼い。色白で年齢の割に背が低くく構成要素は少年のそれだが、細くしなやかな身体で為す大人びた所作が、すでに様になっている。
目つきが鋭い。
十km四方の内城と同規模の外城が東西に並び、それぞれが高さ十mの城壁にぐるり囲まれている。壮大だ。
かつて誡が誡央からこの地に都したのが1013年、その後どんどん拡大し、姚が誡を滅ぼした後もこの城市は都であり続け、城壁も高く厚く増設されて、七八四年を経て現在の殷賑に至っている。
歴史の長さも規模の大きさも、少年にとっての都、寥林はまったくかなわない。
眉をひそめる少年はもう、別のものを見ている。
少年の足下、白青大路から一本入った路地の暗がりに一組の男女。
下級官吏の若い男と女。同じ薄桃色の紗でつくられた袍をまとっており、おそらく文相府の職員だろうが、西へ二坊先、二kmも離れている。昼食に出てきたわけではあるまい。
男の方が大声でしゃべり、女の方は甲高い声でひたすら笑っている。ちょくちょく互いの体に触れて話す。たまに顔を極端に近付けるが、口づけでもしているかもしれない。
いよいよ少年の眉間に皺が刻まれた時、背後の扉が開いた。
「もうダメですねえ、奉忙様。姚は、『たんこぶ』に対して、貸せる兵力は一人もないってことでしょう?」
小柄な女性と、小柄な男性。いずれも毛皮を脱ぎながら入ってくる。特に女性は頬を紅潮させて話していて、仕事をした興奮のまま帰ってきたのが分かる。少年は深く頭を垂れ、女性は軽く手を振り、男性は恭しく返礼した。
「その『たんこぶ』さんは、大姚帝国様に三万も貸してあげたってのにねえ。まあ、とっくに冊封の関係は崩れているから良いんですけど。我が論帝に出師準備の早馬を出します。美宜粽様にもしばしお待ち下さるよう、お伝え下さいませ。」
女性は早口で言い切った。
奉忙と呼ばれた男性は、対象的に無表情である。ただその口調は怒りと蔑みに満ちていた。
「いえ、早馬には及びませぬ、鍍鍍様。確かにお助けは頂きたいですが。ゆっくりで良うございます。そもそも貴国も我が因州美家も、姚とは対等以上の間柄。あわよくば我らの天下だったのですし、姚の龍牙軍なんぞ、もともと左程頼りにしていませぬ。」
「ふふ。ですわね。」
女性は、 ― 号炸鍍鍍 ― は、奉忙と少年に、にやりと笑いかけた。
先程の少年はもう外を見ていない。
少年の姓は号炸、名は蹉蹉。大渤帝国の交相代(外交副大臣)である母・号炸鍍鍍の紅い唇が、不敵に歪むのを見ている。
因州王府の交相、奉忙もそれを見ている。そして言葉をつないだ。
「啄飯道と聞くとどうしても。あの森の、啻林の戦い以来、我が因州は、どうしても躍起になってしまうが、しかし此度の奏同の輩は何ほどでもありますまい。」
「御意。因渤だけで何とかしましょう。しかし姚の硯帝はこれからもう、動かないんでしょうねえ。」
「でしょうな。しかし、それでは何の為の帝国なのでしょうか。もう、しばらく都には来たくありません。」
奉忙のため息が深い。
「ま、奉忙様もあすこまで硯帝にあけすけに言えれば、すっきりしたでしょう。」
「いや、まあ、でもそうですね。」
「ああ、早く因渤の地に帰りたいですわ。都はどうも嫌。」
ふと、奉忙が窓の桟に歩み寄る。
ん?さてはあいつらの声が聞こえたか?と、号炸蹉蹉が目を見開いた次の瞬間に、くるっと振り向いて号炸蹉蹉の目をまっすぐに見た。
足下の路地で、文相府の下吏はまだ痴態を続けていたんだろう。
「鍍鍍殿。蹉蹉殿のことだが、これほどの美少年では、都の女どもが放っておきますまい。郎羅街の妓どもに取り憑かれる前に早く、都州帝城を離れましょう。」
「は?はあ。」
真面目で、心にあまりゆとりのない人だな。
号炸蹉蹉は、奉忙のことを思う。いくらなんでも本人の前で言う話ではない。母は裏路地の痴態に気付いてなく、都の風俗の乱れまではまだ思い至ってないから、いきなり言われてもなんことか分からないだろう。
言葉を継ごうとした時、奉忙は話をかぶせてきた。
「のう、蹉蹉君、こんな過去の都より、寥林のが余程良いよ。寥林の方が断然若くて、雪のように肌が白くて、素直な妓が多い。」
だから自国の都で遊んだ方がいい、と因州交相:奉忙は、真顔で言った。
号炸蹉蹉は、他国の帝城を見やりながら、ふとこの館は外からどう見られているだろう、と考えた。
今日は本当に良く晴れている。
白亜の大渤帝国公使館は、威容を誇る五層の外壁で、大姚帝国の首都の真っ只中、冬の陽を跳ね返しているのだ。
その孤高の存在を、姚の都人たちに主張できているだろう、若い号炸蹉蹉はそう考えて、脇に少し汗をかいた。
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都州
都州帝城




