第二の魔女ハカイ ト サイセイ ノ マジョ
その魔女は未来を見る。
アレッシオには、あらゆるものを壊し、直す力があります。
その力を人々は恐れ、また利用してきました。
アレッシオを見る者の目は、希望と恐怖を入り混じったものばかり。
誰もがアレッシオの機嫌を伺います。彼に逆らう者は居ません。
アレッシオ自身はその環境に不満を抱きつつも、仕方がないと受け入れていました。
力がある限り、アレッシオには真に友と呼べる存在は現れません。
現れない、はずでした。
「あたしは絶対嫌よ!」
イザベルが怒鳴ります。
この日、珍しくイザベルとアレッシオは喧嘩をしていました。
ここは、ディスカバリー大陸の魔女の屋敷。その部屋でアレッシオは油絵を描いていました。
アレッシオは筆を置いて、少し困った顔でイザベルを見ました。
「俺にもしもの事があったら、お前の怪我は戻ってしまう。
その時、近くに医者が居たら助かるかもしれない」
イザベルは、今現在アレッシオの力によって生きながらえています。
しかし、アレッシオが死んだ場合、イザベルは瀕死の状態へと戻ってしまうのです。
アレッシオは、いつか殺戮の魔女と出会います。それは命の危険を伴います。
その時をイザベルが病院で過ごすよう、アレッシオは提案しました。
それを聞いて、イザベルは怒ったのです。
「なんかこう、死ぬのが前提みたいなところが嫌なのよ。
それに、あたしだけ生き残るみたいなところも嫌!
あたし、死ぬ時はあんたと一緒に死ぬつもりだったのに!」
イザベルは頬をふくらませ、アレッシオを睨みました。
アレッシオは、困った様子でイザベルを見ます。
それからポツリと、
「俺は、お前に死んでほしくない」
そう言いました。それが、アレッシオの正直な気持ちです。
イザベルは、アレッシオを恐れることなく接してくれる貴重な人です。
唯一の友人と呼べる存在です。
そんなイザベルを失くすことをアレッシオは恐れていました。
イザベルがもう一度怒鳴ります。
「だから、なんで死ぬのが前提なのよ!
それに約束したじゃない、一緒に旅をするって。
死ぬのはその後。二人仲良く老衰で逝く時よ。
その為ならあたし、盾になって一回刺されたって構わないわよ」
アレッシオは殺戮の魔女との戦いが終わったら、イザベルと共に世界中を旅する約束をしました。
イザベルが一方的に押し付けた約束ですが、アレッシオに異論はありません。
アレッシオが困っていると、
「イザベル、外まで声響いてるぞ」
そう言って、若く小柄な女性が入ってきました。
ディスカバリー大陸の魔女 クロエです。
イザベルと同じく、アレッシオを恐れることなく接してくれる人間の一人です。
もっともクロエは友人ではなく、ただの協力者ですが。
そんなクロエの言葉は、アレッシオには理解できません。
イザベルだけが、彼女の言葉を理解しました。
クロエはつかつかと部屋の中に入り、二人の前に立ちます。
「何をやっているんだ、貴様ら」
イザベルは、クロエに喧嘩の経緯を説明します。
すると、
「簡単だろう。生き残ればいい」
クロエはあっさりと言いました。
イザベルはクロエの言葉と、自分がクロエと同じ意見であることをアレッシオに伝えました。
「それは無理だ」
アレッシオが困った顔をします。
アレッシオは、殺戮の魔女と出会ったら、自分は死ぬだろうと確信していました。
死ぬ覚悟を持って、彼は殺戮の魔女と会うつもりだったのです。
果たせるかどうかも怪しい、一つの約束のために。
「ずいぶんと弱気だな。死んだら、大人しくイザベルと心中すればいいじゃねぇか。
それが嫌なら、精々生き残れるよう頑張れ」
イザベルがそれを楽しそうに訳します。
そして、断言します。
「そういうわけだから、あたしも一緒に戦うからね。何と言おうと」
イザベルとクロエの言葉に、アレッシオは肩を落としました。
アレッシオはイザベルの命を握っていますが、彼女の行動を制限することはできません。
それに、何を言ってもイザベルが引かないことをアレッシオは理解しています。
アレッシオは深くため息を吐きます。
そして少しの胸の痛みを感じながら、イザベルに二度目の嘘を吐くことにしました。
「わかった。無理はするな」
アレッシオのその言葉を聞いて、イザベルは笑顔を浮かべます。
そして、嬉しそうにアレッシオの両手を握りしめます。
アレッシオは、イザベルの目を見ることが出来ませんでした。
そんな二人を余所に、クロエは描きかけの絵をまじまじと見ました。
絵には、様々なものバランス良く配置されていました。
年老いた二人の男女。その背景には、異国情緒あふれる様々な景色が描かれています。
「上手いな。特に貴様らの表情がいい」
クロエの何気ないその呟きに、イザベルは絵を見ます。
そして、絵に描かれた男女が、どことなくイザベルとアレッシオに似ていることに気付きました。
「本当だ。これ、あたし?」
イザベルが絵の女性を指して、アレッシオに尋ねます。
アレッシオは、静かに頷きました。
絵の男女は、アレッシオとイザベルの年を取った姿なのです。背景の方は、これまで見てきた三つの大陸を元に描かれています。
「でもなんで、わざわざ婆さんなんだ」
クロエのその言葉をイザベルが訳します。アレッシオは、正直に答えることはできません。
言えば、イザベルがまた怒るに違いないのです。この絵は遺書であり、また遺作なのですから。
絵のタイトルは、『未練』。
そこには、『いつかイザベルと二人で世界中を旅し、一緒に年をとりたかった』という未練が詰まっていました。
絵を完成させられなかったのも、未練の一つです。
アレッシオは、ほんの少し考えて、一つの事実だけを告げます。
「俺が将来やりたいことを描いた」
イザベルが尽かさず訳して、クロエは楽しそうに言います。
「貴様の夢ってわけか。ふん、悪くない」
クロエはアレッシオの肩を軽く叩きます。
言葉こそ通じていませんが、クロエがこの絵を気に入ったのは伝わりました。
イザベルは、クロエの言葉を訳してあげます。
「夢か」
アレッシオは呟きます。そういう捉え方もあるのか、と思いました。
「と、イザベルそろそろ寝ろよ。明日は、不可知の魔女に会うんだからな」
クロエはそう言って、部屋を出て行きました。イザベルもおやすみの挨拶をして、それに続きます。
アレッシオは二人の背中を見送って、それから絵を見ます。
そこにはとても幸せな、儚い夢が描かれていました。
その昔、アレッシオはガレント大陸の神と契約を交わします。
そうして、アレッシオはガレント大陸を守る神から力を授かり、魔女となりました。
ガレント大陸の神が魔女を必要としていた理由は、ただ一つ。自分の願いを叶えてもらうためです。
ガレント大陸の神は、物を壊したり直すことはできますが、創ることはとても苦手です。
だから、アレッシオに力を与える代わりに、願いを叶えるよう頼んだのです。
自分の愛するガレント大陸の景色を絵として残すように、と。
アレッシオはその願いを聞き届け、大陸を旅して絵を描き、奉納します。
そんな彼が、ラング大陸でイザベルと出会ったのは少し前の事。
アレッシオは、神から授かった物を直す力で、イザベルを助けます。
そして、アレッシオもまたイザベルに救われました。
だから彼は、どんな手段を取っても彼女を守るのです。




