表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第一の魔女コトノハ ノ マジョ

その魔女は世界を見る。

「おい」

 声が聞こえて、イザベルは目を覚まします。

 目の前に、若い男が居ました。先程の声の主でしょう。

 男は、ラング大陸にはない言葉を使っています。

 イザベルは、男の使う言語を初めて聞きます。しかし、彼女はそれを正確に理解しました。

 でも、状況の方は理解できません。

 イザベルはそっと上半身を起こし、辺りを見渡します。

 男が、その動きに合わせて少し離れます。

 そこは森の奥深く。人が通る道から大分離れた場所。

 ただ木々が生い茂るだけで、動物の気配は一切ありません。

 森は少し暗くなり始めていて居ましたが、今はまだ明るいです。

 イザベルは全身に纏わりつく不快感に、体を見降ろします。

 全身が血で汚れています。不快感は、この血がまとわりつく感覚だったのです。

 しかし、どこも痛いところは無く、傷ひとつありません。

 着古された白いワンピースも綺麗なもので、血さえなければ新品同然です。

 まだぼんやりとした頭の中、イザベルは何があったのかを思いだしていくのでした。


 世界に八つある大陸の一つ、ラング大陸。

 イザベルはラング大陸を守る神から力を授かり、魔女となります。

 ラング大陸の神が魔女を必要としていた理由は、ただ一つ。自分の願いを叶えてもらうためです。

 神がこの世界に対してできることは、とても限られています。

 しかし、人にならその制限を超えられます。

 だからラング大陸の神は、イザベルに力を与える代わりに、願いを叶えるよう頼んだのです。

 イザベルはそれを了承し、あらゆる言葉を理解し、操る力を得ました。

 彼女は神の願いを叶えるため、故郷の森を拠点として大陸中を駆け回りました。

 そんな矢先です。オブリビオン大陸の殺戮の魔女が、イザベルの前に現れたのは。

 殺戮の魔女を見た瞬間、イザベルは魔女が自分を殺しに来たのだと思いました。

 魔女を殺せるのは、魔女と老いだけです。

 それに、魔女が魔女を殺すということは、相手の縄張りを奪うということを意味します。

 つまり、殺戮の魔女にイザベルが殺された場合、ラング大陸はオブリビオン大陸を守る神のものとなるのです。

 殺戮の魔女はイザベルを見つけるなり、言葉もなく短剣を抜きました。

 そして、あっという間にイザベルとの間合いを詰め、彼女を刺そうとしました。

 そこへイザベルの友達である熊が割って入って、殺戮の魔女の手からイザベルを守ります。

 それに続くように沢山の森の動物達が、集まってきました。

 皆どこか戸惑った様子でしたが、イザベルを守ろうと必死でした。

 森の皆は、イザベルに逃げるよう口々に言いました。

 イザベルはその言葉に従い、必死に逃げます。

 けれども、殺戮の魔女は森の動物達を皆殺して、遂にはイザベルに追いついてしまいました。

 それからの事は、できることならイザベルは思い出したくありません。

 けれども、はっきりと覚えています。

 自分が何度も刺されて、しかもあえて急所を外して刺された事なんて、そうそう忘れられるものではないですから。


「うう、まだ全身が痛い気がする」

 全部思いだして、刺された腹部を抑えました。

 しかし、傷はありません。

 となれば、導き出される結論は一つ。

「あんたが助けてくれたんだね」

 男がイザベルの言葉を肯定します。

 男は、イザベルの服も体も、自分がなおしたのだと言いました。

 それから男がもし死んだ場合、なおしたものは元通りになってしまうのだとも。

「平気か?」

 男は心配そうにイザベルを見ます。イザベルは、笑顔で頷きました。

「うん。助けてくれてありがとう」

 イザベルは素直に礼を言いながら立ち上がります。

 男も立ち上がりました。

「あたしは、イザベル。この大陸の魔女よ。あんたは?」

 イザベルは、そう自己紹介すると右手を差し出しました。

「俺は、アレッシオだ」

 アレッシオが左手を出して、二人は握手をしました。

「でも、びっくりしたわ。他の魔女がやってくるなんて」

 この世界では、大陸同士の交流はありません。

 大陸を出るということは、その大陸を守る神の加護から離れてしまうということだからです。

 それは、この世界の人間にとって、とても恐ろしいことなのです。

 魔女にとっても同様です。

 大陸間の交流がないということは、情報が一切入らないということ。

 外の大陸に、どんな恐ろしい魔女が居るかわかったものではないのです。

「あたしもいつかは大陸から出るつもりだったけど、勇気が出なかったのよね。その分、あんたら凄いわ」

 イザベルは素直に感心します。

 アレッシオは、少し気恥ずかしそうに目をそらしました。

「それで、あんたは何しに来たの?」

 二人が今居るのは森の中でもかなり深い所で、人が通る道からかなり外れています。

 何の用もなしに来るような場所でありません。

 アレッシオは、言い淀みました。イザベルは、アレッシオが話すまでじっと彼の顔を見ていました。

 やがてその視線に負けて、アレッシオが口を開きます。

「実は、お前に頼みがあってここまで来たんだが……」

「が?」

 アレッシオは、しばらく悩んだ後、言いづらそうに切り出します。

「俺はオブリビオン大陸の魔女と会う為に、他の魔女の協力を得たい。

 その際、交渉する為に通訳が必要としている。

 お前に無理強いはしたくなかったが、今のお前は俺の頼みを断れない状況にある」

 イザベルは、アレッシオの言葉を思い出します。

「あたしの命はあんたが握ってるものね。

 おまけに、あんたが死んだらあたしも死んじゃう」

 アレッシオは、強く頷きます。

 アレッシオがこれからしようとしていることは、とても危険が伴います。

 魔女がアレッシオを見た瞬間、彼が自分を殺しに来たのだと錯覚する可能性が高いです。

 例え交渉に持ちこめても、それが決裂して、やはり戦うことになるかもしれません。

 その結果アレッシオが死んでしまったら、イザベルも死んでしまいます。

「あの魔女を放っておくわけにはいかないが、お前に無理強いするみたいなのも嫌だ」

 アレッシオは悩みますが、答えは恐らく出ないでしょう。

 イザベルは少し考えて、尋ねます。

「ねぇ、あんたは死んだ動物を生き返らせることはできるの?」

 唐突なイザベルの問いに、アレッシオは即答します。

「それはできない。お前は、死ぬ前だったから助けられただけだ」

 イザベルは少し悲しそうな顔を浮かべたかと思うと、提案します。

「じゃあ、お墓作るの手伝ってくれない?

 あたしのせいで、森の皆が死んでしまったのよ。それぐらいはしてあげたいわ。

 その代わり、あたしはあんたの通訳をしてあげる。

 これでお互い様になるから、あんたは引け目を感じなくていいでしょ」

 アレッシオは、イザベルの顔を見ます。

 それから、いいのか、と申し訳なさそうに尋ねました。

 イザベルは笑顔で答えます。

「さっきも言った通り、お互い様だし。

 それに、命を救われるわ、あんたのおかげであたしの目的も果たせそうだわで、実はあたしの方が大分得してるのよね」

「目的?」

 アレッシオが尋ねると、イザベルは待ってましたとばかりに答えます。

「そっ。あたしはね、この大陸の神様に頼まれたの。八つの大陸に交流をもたらせたいって」

「交流」

 そう呟いたアレッシオの声には、無理だ、というニュアンスが含まれていました。

 それも当然です。今もしそれが可能となるとしたら、この世界が一柱の神のものになることぐらいです。

 けれど、それはある魔女の存在が許しはしません。

 ですから、事実上無理なのです。

「別に世界征服しようってわけじゃないよ。異なる言葉、文化、考え方、そういうものを持った人が力を合わせた時、新しいものが生まれる。

 あたしとこの大陸の神様は、それを見たいってだけ。

 さすがに大陸の外はまだ無理だから、まずは大陸内の国同士の国交を結んだりしてたんだけど」

 アレッシオが興味深げな表情をしていました。

 それを見たイザベルは、勢いよくアレッシオの両手を強く握ります。

 まだイザベルの手に付いたままの血が、アレッシオの手を赤く染めました。

 アレッシオは驚きのあまり、身動きができません。

「そうだ。魔女との戦いが終わったら、一緒に大陸を巡りましょう。

 で、交流できるようにしよう。決定!」

 そう一方的に言って、イザベルは楽しそうに笑います。

 まだ見ぬ世界を夢見て。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ