表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/7

守ってくれた人

昨日の夜は、ほとんど眠れなかった。


電気を消しても、あの足音が頭から離れない。


「……気のせい、だよね」


何度もそう思った。


でも、思えば思うほど、不安が消えなかった。



朝。


いつも通り保育園に向かう。


子どもたちの笑顔を見ると、少しだけ安心する。


「せんせー!」


「はいはい、どうしたの〜?」


仕事をしている間は、ちゃんと忘れられる。


でも——



帰り道。


昨日と同じ時間、同じ道。


ふと、足を止める。


嫌な予感がした。



——コツ、コツ、コツ


背後から、足音。


昨日と同じ。


一定のリズムで、ついてくる。



「……っ」


呼吸が浅くなる。


振り返れない。


でも、逃げないと。



歩くスピードを上げる。


足音も、同じように速くなる。



怖い。


はっきりと、そう思った。



「……誰、ですか」


思い切って振り返る。


でも——


そこにいたのは、フードを深くかぶった男。


顔は見えない。


ただ、こちらを見ている。



一歩、近づいてくる。



「っ……!」


身体が固まる。


逃げなきゃいけないのに、動けない。



その時だった。



「止まれ」


低く、よく通る声。



男の動きが止まる。


同時に、私の視界の端に——


見覚えのある制服が入った。



「……警察だ」


その声を聞いた瞬間、


張り詰めていた何かが、一気にほどけた。



「龍さん……!」


思わず名前を呼んでいた。



龍は、私の前に立つようにして男との間に入る。


完全に“庇う”位置だった。



「何してる」


冷たい声。


さっきまでとは全く違う。


感情を消したような、警察官の声。


男は何も言わない。


少しだけ後ずさる。



「話を聞かせてもらう」


一歩、龍が踏み出す。


それだけで、空気が変わる。



男は舌打ちをして、そのまま走り去った。



「待て!」


龍が追いかけようとする——


でも、すぐに止まった。



「……くそ」


小さく舌打ち。


そしてすぐに、私の方を見る。



「大丈夫か」


さっきまでの声とは違う。


優しい声。



その瞬間、足の力が抜けた。


「こわ、かった……」


自分でも驚くくらい、震えていた。



龍が、すぐに支えるように肩を掴む。


「もう大丈夫だ」


その一言で、涙が出そうになる。



「昨日も、同じことがあって……」


途切れ途切れに話す。


「でも、気のせいだと思ってて……」



龍の表情が、わずかに変わる。


「……なんで言わなかった」


少しだけ、強い口調。



「だって……」


言葉に詰まる。


「迷惑かけたくなくて……」



一瞬の沈黙。



「迷惑なわけあるか」


はっきりと、言われた。



驚いて顔を上げる。


龍は、真っ直ぐこっちを見ていた。



「こういうのは、すぐ頼れ」


少しだけ眉を寄せる。


「一人で抱え込むな」



その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。



「……はい」


小さく頷く。



「送る」


「え?」


「家まで」


即答だった。



「でも……」


「また来る可能性ある」


言葉を遮るように言われる。


「一人で帰らせられない」



強い口調。


でも、それは怒ってるわけじゃない。



“守ろうとしてる”声だった。



並んで歩く帰り道。


さっきまでの恐怖が、少しずつ薄れていく。



「すみません……」


思わず言う。



「謝るな」


すぐに返される。


「無事ならそれでいい」



その言葉が、やけに優しくて。



「……龍さん」


名前を呼ぶ。



「ん?」



「さっき、かっこよかったです」


言ってから、少し恥ずかしくなる。



一瞬、間。



「今それ言う?」


少しだけ困ったように笑う。



「だって本当のことですし」



龍は少しだけ視線を逸らして、


「……そっか」


とだけ言った。



でも、その横顔は少しだけ照れていた。



家の前に着く。



「ここで大丈夫か」


「はい……今日はありがとうございました」



少しだけ間があく。



「……また何かあったら、すぐ連絡しろ」



「でも連絡先——」


そこまで言って、止まる。



龍も同じことを考えたらしい。



「……ああ、そうだな」


ポケットからスマホを出す。



「交換しとくか」



心臓が、少しだけ跳ねた。



ただの安全のため。


それは分かってる。



でも——


それ以上の意味を、少しだけ期待してしまう。



「はい」



連絡先を交換する、その一瞬。



指先が、ほんの少し触れた。



たったそれだけなのに。



なぜか、さっきまでの恐怖とは違う意味で、


心臓がうるさくなった。



「……じゃあ、また」



龍が背を向ける。



その背中を見ながら、思う。



この人は、ただの警察官じゃない。



私を助けてくれた人で、


そして——



少しだけ、


特別な人になり始めている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ