私の恋人は、無事に帰ってくる保証のない仕事をしています
私の恋人は、無事に帰ってくる保証のない仕事をしています。
それでも私は、今日も「いってらっしゃい」と言って送り出す。
「行ってきます」
いつも通りの声。
いつも通りの背中。
ドアが閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
——今日も、ちゃんと帰ってくるよね。
そう思ってしまう自分が、少し嫌だった。
信じてないわけじゃない。
でも、“絶対”がない仕事をしている人だから。
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スマホを見る。
連絡は、まだ来ていない。
当たり前だ。出勤したばかりなんだから。
それでも、画面を閉じて、また開いてしまう。
こんな風になったのは——
全部、あの人のせいだ。
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「夏希さん」
初めて名前を呼ばれた時のことを、今でも覚えている。
低くて、落ち着いた声。
でも、どこか優しくて。
あの時はまだ、ただの“警察官”だった。
——数ヶ月前。
「すみません、少しよろしいですか」
帰り道、突然声をかけられた。
正直、びっくりした。
「え、私ですか?」
振り返ると、そこには一人の警察官が立っていた。
背は高くて、姿勢が綺麗で、いかにも“ちゃんとしてる人”。
でも、不思議と怖くなかった。
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「この辺りで落とし物の届け出がありまして」
落ち着いた口調。
淡々としているのに、どこか丁寧。
「少し確認させてもらってもいいですか」
「は、はい……」
言われるままに応じる。
でも内心はちょっとだけ緊張していた。
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「お仕事帰りですか」
確認の途中で、ふと聞かれた。
「はい、保育園で働いてて」
「そうなんですね」
ほんの少しだけ、表情が緩んだ気がした。
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「子ども、好きなんですか」
「好きですよ。大変ですけど」
「大変そうですね」
「そっちはそっちで大変じゃないですか?」
思わず言い返してしまう。
普通、警察官にこんなこと言わない。
でも——
「まあ、慣れですね」
少しだけ笑ったその人は、
思っていたよりずっと、普通の人だった。
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「ご協力ありがとうございました」
確認が終わって、彼は軽く頭を下げた。
「いえ……」
それだけのやり取り。
本当に、それだけだったのに。
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なぜか、帰り道の途中で思い出してしまう。
あの声。
あの表情。
「……なんだろ」
少しだけ、胸の奥がざわつく。
理由なんて分からない。
でも——
“もう一度会ったら、きっと覚えてる”
そんな気がした。
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そして、その予感はすぐに当たることになる。
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「こんばんは」
数日後。
同じ帰り道で、同じ声がした。
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振り返ると、そこにいたのは——
あの時の警察官だった。
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「また会いましたね」
少しだけ笑うその人に、私はなぜか、ほっとしてしまった。
ほんの数日前に、少し話しただけの人なのに。
「巡回中ですか?」
「はい。この辺、最近少し物騒で」
さらっと言われたその一言に、胸が少しだけ引っかかった。
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「気をつけてくださいね」
そう言って、彼はいつも通りの落ち着いた顔で立ち去っていく。
その背中を、私はなぜか少しだけ長く見ていた。
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——この時は、まだ知らなかった。
“物騒”という言葉が、他人事じゃなくなるなんて。
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その日の帰り道。
ふと、背後に気配を感じた。
足音。
一定のリズムで、ついてくるような——
気のせいだと思って、歩く速度を少し上げる。
すると、その足音も同じように速くなる。
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「……っ」
心臓が、一気にうるさくなる。
振り返ろうとして——やめた。
怖い。
でも、確かめたくない。
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そのまま、ほとんど走るようにして家まで帰った。
ドアを閉めて、鍵をかける。
やっと息ができた。
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「……気のせい、だよね」
自分に言い聞かせるように呟く。
でも——
スマホの画面に、ふと映った“後ろ”に、
一瞬だけ、人影が見えた気がした。
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思わず振り返る。
当然、誰もいない。
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でもその夜、なかなか眠れなかった。
理由は分かってる。
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「最近、少し物騒で」
あの言葉が、頭から離れない。
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そして私はまだ知らない。
あの時、私を見ていた“誰か”が——
この先、私の人生を大きく変えることになるなんて。
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そして。
そのすぐ近くに、
もう一人——
私を守ろうとしている人がいることも。




