手札×疑心(2)
森の中に広がる湖。浅い場所は水が澄んでいて揺れる水草が見える。風が吹けば漣が立ち、水面は降り注ぐ太陽の光を反射して輝いている。所々で水鳥が羽を休めている。
「ザッブーーーーーーーーーーーン☆」
ダイナミックな水しぶきに驚いて水鳥が羽ばたいた。
波紋の中心から顔を出したイザナミは顔にかかった前髪を両手で後ろに流し、そのまま仰向けに浮かんだ。
「おい! なにやってんだ!」
アルテは湖の縁に駆け寄った。
「ヨハン、なんでコイツを連れて来たんだよ」
「彼も仲間ですから」
水面に浮かびながら空を眺めていたイザナミがゆっくりと水中に沈んでいく。
「おい?! アイツ沈んでるぞ」
イザナミは慌てもせず藻掻きもせず音もたてずに湖の中へ消えていく。
イザナミを助けようとするアルテをヨハンが引き留めた。
「ここは元ゾロメスタスの戦士・コモモの領地です。危険があるのであれば、イザナミもああは大人しくしていないでしょう」
「コモモって伝説の医療班隊長って言われてる人だよな」
「ええ。大変優秀な方と聞いています」
イザナミが完全に沈むと湖の中心が光り水中からコモモが現れた。
コモモは水上に立ったまま静止した。透き通る白い肌、少し癖がついた長い髪はクリーム色をしている。糸目のため、瞳の色は分からない。
イザナミはコモモの華奢な腕にお姫様抱っこされている。
「あれがコモモか?」
ヨハンとアルテはイザナミがお姫様抱っこをされている異様な光景を気にも留めず、美しいコモモに見惚れていた。
コモモがイザナミを水上に下ろすと、イザナミも水上に立った。イザナミは湖の中心から畔まで歩いて、ヨハンとアルテの目の前で足を止めた。
「ごめん」
ヨハンとアルテは唖然とした。
(今、ごめんっつった……のか?)
(信じられませんが、私にもそう聞こえました)
イザナミが顔を上げた時、ヨハンとアルテは気配を察して後ろを振り返った。
ヨハンとアルテの背後には、一本下駄を履き、紋付袴姿で腕組みをしている中年男性が物々しい雰囲気で立っている。体格が良く服の上からでも全身が鍛え上げられているのが分かる。強面のせいか、がんを飛ばしているように見える。
「ワシじゃねえだろうがよ……」
神経をすり潰すような威圧感満載のしゃがれ声を聞いたヨハンとアルテは思わず委縮した。怒りに満ちたコイチの目がカッと見開いた瞬間にはついに怒号が飛び交うのだと覚悟しいて目を瞑った。
怒号は飛んでこない。恐る恐る目を開けると目を疑うような光景が広がっていた。
コイチの頭の上や肩、両腕を埋め尽くすようにあらゆる種の鳥がとまっている。右肩には全長1メートルを超える鳥のような恐竜のような睫毛の長い動物が凛として乗っている。
「謝る相手……違えだろうがよ」
鳥たちはコイチを恐れるどころか心地よさそうに羽を休めている。
「コイチさん」
コモモが声を発するだけで場の雰囲気が柔らかくなった。
「イザナミさんも反省しているんだから、許して差し上げたらどうですか?」
イザナミは再び頭を下げた。
「反省した振りしてんじゃねえっつってんだろうがよ。顔上げろ」
ヨハンとアルテの間を風が吹き抜けた。目の前にいたコイチは一瞬にして丸太に姿を変えた。鳥たちはコイチが丸太にすり替わったことに気付いていないのか、驚きもせず、リラックスした様子で羽を休めている。
「前にも注意しただろうが」
コイチはイザナミの胸倉を掴んで持ち上げた。
「コイチさん、そのくらいにしましょうね。仲間同士なんですから」
「仲間でもなんでもねえだろうが、こんな小僧」
「イザナミさんとは以前も仲間として一緒に戦ったではありませんか」
「ちっ」
「あらあら、随分頭に来ているんですね。確かに水鳥さんたちは驚いたでしょうけれど」
コモモはしなやかな所作で両手を差し出して天使のような微笑みを浮かべた。
「邪心昇華の霧」
コモモの手は水色のオーラに包まれて手の平から帯状の霧が散布されていく。
コイチとイザナミは霧に包まれた。
「コモモ、余計、な……、こと、すんじゃ……ねえ」
イザナミの胸倉を掴むコイチの手が震えている。
「このままでは本題に入れませんので悪しからずです」
コイチはイザナミから手を放して跪いた。その所作はぎこちなく、まるで無理やり跪かされているようである。コイチの表情はまだ怒りに満ちている。
「コイチさん、私だってこんなことしたくないんですよ」
霧が濃くなるとコイチの表情がスッと柔らかくなった。
「イザナミさんもちゃんと謝りましょうね」
「ごめんね鳥さん。もう驚かせないから」
丸太にとまった鳥たちは首を傾げている。ヨハンとアルテも首を傾げている。
コイチが物凄く不服そうな顔でイザナミを抱きしめている。
「分かればいいんだ小僧」
アルテは思わず「いやどういうことだよ!?」と突っ込んだ。
「はいっ。仲直りできましたね」
コモモは嬉しそうに手を合わせた。
「さあ皆さん、作戦会議の時間ですよ」
「作戦会議?」
「あら? ルイーズさんを助け出すんじゃないんですか? ね、ヨハンさん」
アルテだけが状況を呑み込めずあたふたした。
「白い鳩が私の元へ飛んできて報せてくれました」
「……あ! おい、俺にも言えよ!」
ヨハンはにっこり笑った。
「喧嘩はもうおしまい。さあ、こちらへどうぞ」
コモモは水上に立ったまま手招きをした。




