花言葉×弱虫(3)
ルイーズは目を覚ました。全身が雨に濡れていて冷たい。起き上がってそこが自分にも馴染みがある場所だと気付いた。目の前に広がる湖はコモモの敷地である。
「……」
アルマスのことをずっと想い続けてきた。アルマスの願いを叶えるためなら、アルマスを守るためならなんだって出来ると、命を捧げることすら惜しくないと思っていたのに。
アルマスの正体は大嫌いだった母親だったなんて。
母親は自分にだけ冷たい態度をとった。微笑みかけるのは決まってアーリィだけで、風呂上がりにはアーリィの髪だけをタオルで乾かして、アーリィにだけ服を着せて、食事の時はアーリィにだけデザートを出して、食後はアーリィの口元だけ布巾で拭って、何を聞いてもまともに答えてはくれず、ほとんど無視された。
「ルイーズさん」
「……君、どうして」
コモモはルイーズの隣に腰を下ろした。
「三人目はルイーズさんでしたか」
「これ、もしかして前に言っていた君の能力かい?」
「はい」
「ごめんね。トリが僕で」
「いえいえ、私は仲間なら誰でも」
コモモは微笑んだ。
「ということは、僕は生き返るのか」
「はい」
「生き返ったって、絶望するだけなのに」
「……」
二人はしばらく湖に落ちていく雨粒と水面を這う小さな波紋を見ていた。
「ルイーズさんにずっと聞きたいことがあったんです」
「?」
「ルイーズさんもあの日に戻れるなら悪魔を倒すつもりなのでしょうか」
「うん」
「でもそんなことをしたら」
「倒せなければ、僕が悪魔の遣いになる」
「……」
「ずっと苦しかった。僕がアーリィの人生を狂わせてしまった気がしてて。だって僕を庇わなければアーリィが悪魔の遣いにならなくて済んだんだ」
「それは違います」
「いいや違わない。僕はアーリィがあんなことになったのに、アルマスと自分がめでたく結ばれたことを喜んでた。母親に虐められてきたことが報われたんだって思ってた。アーリィはずっと母親に可愛がられてきたから、アルマスくらいくれたっていいじゃないかって。それなのに」
ルイーズは歯を食いしばるようにして空を見上げた。
「アーリィはまだ僕を守ろうとしてたんだ――」
イザナミが召喚した悪魔に立ち向かわなければならなかった時、アーリィはルイーズの前に立ち「俺が殺る。弱虫は下がってろ」と言って盾になった。あの日と変わらない勇敢な背中だった。
「僕は弱虫で、アーリィに甘えてきただけだった」
ルイーズの涙を洗うように、雨足はますます強くなっていく。
「ああでも……。僕がこうして悔やんでいるように、立場が逆になれば同じようにアーリィも心を傷めるかもしれない」
ルイーズは手の平で顔を拭った。
「もう一度、昔のように三人で仲良く他愛のない話をして過ごしたいし、アルマスとも両想いになりたいし、アーリィを傷つけたくないし、ローズの成長も見守りたい。僕はなんて欲張りなんだ。あれもこれも捨てきれなくて、なにも手放せない」
ルイーズは溜息を吐いたが、その横顔に迷いはなかった。
「何も捨てられなくて、何かを得られるわけないっていうのに」
「ルイーズさんは何を希望にして、これからを生きていかれるのですか」
「それは何を捨てますか? ってことだね」
「……」
「僕の一番の願いはアーリィが悪魔の遣いでなくなること。それだけだよ」
雨がピタリと止んだ。
「僕が中途半端だったせいで、コモモにも辛い思いをさせて悪かったね」
「いえ、私は何も……できませんでした」
ルイーズはコモモの頭に手を置いて「本当にありがとう」と言って微笑んだ。
「……」
「ああそうだ、コイチに何か伝えたいことはあるかい?」
「えっ? えええええええええええええ!」
「僕が三人目ってことは、君の声を届けられるのは僕しかいないってことだろ?」
「そ、そんな急に言われても」
コモモは頬を火照らせて早口になった。
「あまり無茶をしないようにと。コイチさんだって、もういい歳ですので」
「大好きだって言っておこうか?」
コモモの顔が真っ赤になった。
「大好きだなんて言える訳ないじゃないですか! ますます煙たがられます」
「でももう言えないじゃないか」
「…………」
コモモは立ち上がり、湖に向かって叫んだ。
「口が悪くても、ぶっきらぼうでも、行動で示してくれることは全部優しくて。……大好きです! コイチさんのことが大好きです! 来世で会えたら、私を、お嫁さんにもらってくださーーーーーーーーーーい!」
コモモは叫んだ反動で息切れをしている。
「僕とは、来世でも仲間になってくれるかい」
ルイーズは立ち上がってコモモに手を差し出した。
コモモはルイーズの手を握って微笑んだ。




