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殺戮王は笑って言った、「俺を殺してくれ」と ~自己犠牲の輪舞~  作者: 遊可くるみ
14章

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花言葉×弱虫(2)

 出産の報告を聞いて遠征から戻ったルイーズは、生後一か月のローズとついに対面した。ビー玉のような瞳、ふっくらしたほっぺた、潤っていて血色のいい唇、どれをとってもこの世で一番可愛いと思えた。


「ほんとだ、髪の毛に少しピンクが混ざってるね。名前、名前は?」


「手紙にも書いたでしょう。あなたが付けて」


「ええ、どうしよう」


 アルマスの腕に抱かれたローズは珍しそうな顔でルイーズを見つめている。


「あなたも抱いてみる?」


「え!? でも、ど、どうすればいいのかな」


 戸惑うルイーズを見てアルマスは笑っている。


 アルマスから赤ん坊の抱き方をレクチャーされたルイーズは「怖い怖い」「首がぐらぐらする」などと言いながら、恐る恐るローズを抱いた。ローズは泣き出さない。


「……」


 ルイーズはしばらくローズと見つめ合っていた。


「この子に幸福がありますように」


 ルイーズは閃いたようにアルマスを見た。


「ローズにしよう」


「薔薇は(とげ)があるけど……いいの?」


「この子の髪色にも混ざっているピンク色から連想したんだ」


「ピンク色の薔薇?」


「そう。花言葉は"幸福"」


 ルイーズはローズを見つめて微笑んだ。


「生まれて来てくれてありがとう、ローズ」


 ルイーズがローズの額にキスをしたのと同時に、爆弾が投げ込まれて窓が割れた。


 ルイーズはローズをアルマスに預けて、二人の盾になるように銃を抜いて構えた。


「誰だ!」


 割れた窓から入って来たのはアーリィだった。アーリィは矢も構えず、剣も抜かず、似合わない泣き顔で佇んでいる。目からも鼻からも止めどなく水が溢れ出している。


「アーリィ……? 何しに来たんだい?」


 アーリィは涙を拭ってルイーズを見た。


「……」


 ルイーズはアーリィに銃口を向けている。


「アルマスにもローズにも危害は加えさせない」


「……とう」


「?」


「…………ありがとう」


 アーリィは再構成失敗(テストエラー)と言って姿を消した。



 ローズは目を覚ました。アルマスはまだ眠ったままでいる。


「あれ? 失敗しちゃった?」


「……」


「お嬢さん?」


「もうやらない」


「え?」


「意味のないことなんてなかった……」


 ローズは嬉しそうに泣いていた。


 アーリィの計画の全貌はこうだった――。


 アルマスに憑依したローズがシナリオ再構成で過去に戻り、アルマスの部屋にアーリィが爆弾を投げ込むのをトリガーにして、招き巫女の印でアーリィに憑依する。窓を割って部屋に侵入した後、忘却の印(ワスレナグサ)の印を結んでルイーズとアルマスの記憶を塗り替える。二人の記憶からアーリィを消して、すべてを終わらせる予定だった。


「俺が記憶からいなくなれば君だって全部やり直せる。家族三人仲良く暮らせるのに」


「私、お父様とお母様と暮らすために、あなたを倒すために強くなりたかった」


「俺を殺すのなんて、招き巫女の印を使えば容易じゃないか」


「殺さない」


「どーして」


「三人で暮らすよりも、私にとって大切なことを思い出したの」


 ローズは勾玉の形をした笛を握りしめた。


「私のことを信じてくれた、大切な人のために」


「……」


 アーリィはローズの熱意に圧倒されて何も言えなかった。


「おじさんだって、本当は嫌なんでしょう」


「え? おじ、……俺?」


「私が生まれたばかりの過去に戻った時、あんなに大切に思ってくれてたんだって、私、嬉しくて泣いちゃったけど……」


 ローズはあの時の光景や父親の言葉を思い出して目を潤ませた。


「でも、私が憑依する前からおじさん泣いてたよ」


「……」


 ルイーズがはじめて勇敢に見えた。逃げ腰どころか、堂々と愛する人の盾になった。銃を構えたルイーズは少しも怯えてなかった。迷っていなかった。それもまた嬉しかった。


 俺はルイーズを自分の分身だと思ってた。母親に捨てられて一文無しで街を徘徊してた時だって、どちらが欠けることもなく絶対に二人で生き抜いてやろうと思ってた。


 ルイーズの幸せな顔を見るまで俺は死ねないって決めてたし、その希望があったから諦めずに生きてこられた。


 赤ん坊を抱いた時のルイーズは最高に幸せそうだった。デレデレしたまま顔が溶けちまいそうだった。そんなことを思っていたら、目の前の景色が滲んで見えなくなった――。


 幼い頃のルイーズはいつも俺の後ろをついて歩いていた。野良犬を怖がって、水鳥が羽ばたく音に驚いて、裸足で砂利道を歩くのを嫌がって、俺におぶられてばっかりだった。


 明日を生き抜くのに必死だってときも他人を犠牲にすることができなくて、自分が犠牲になれば全部解決するもんだって勘違いして、そのくせ肝心なときに限って逃げ腰で、損するばかりで、俺に守られてばかりで、どこまでも弱虫だって思っていたのに。


「ねえ」


「ん?」


「おじさんの計画って元から失敗するようになってたんじゃない?」


「どーして?」


「だって、忘却の印はおじさんの能力だよ。二重憑依の時に人の能力を使うのは何度やっても上手くいかなかったもん」


 ローズが招き巫女の印でアルマスに憑依し、アルマスのシナリオ再構成を発動させるのは問題ない。ローズが指摘したのは、アルマスに憑依したローズがシナリオ再構成で過去に戻り、更に招き巫女の印でアーリィに憑依し、アーリィの能力でもある悪魔の印を結ぶことである。憑依した身体から更に他の身体に憑依することを二重憑依と言う。二重憑依をした身体ではローズが体得している能力しか発動することができない。


「なーに言ってるの。君も悪魔の力を使えるじゃないか」


「……え?」


 ローズはゾッとした。


「私――、いつ悪魔になったの?」


「悪魔になったんじゃない。悪魔にもなれるんだ」


「……?」


「人を悪に導くものは悪魔、人を救うものは神。何が悪いことで何を救いというのか、俺たちは知らない。この世に正解なんてないからね。悪魔は神になり得るし、神は悪魔にもなり得る」


「じゃあおじさんは、神様にもなるの?」


 アーリィはフッと笑った。


「そーだね。こんな俺でも誰かを救う日が来るのかも知れない」


 ガチャリ――、とドアが開いた。


「……!」


 亡霊が出たのかと目を疑った。そこに居るのは、確かに死んだはずの――。


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