惨劇×再来(1)
イザナミは瓦礫の山のなかに倒れていた。人間の姿に戻っているが足には火傷の痕とワイヤーが巻き付いた痕がある。イザナミは寝返りを打って仰向けになった。目を開けて見えたのは大好きな人の顔。
「ルイ!」
ルイーズはイザナミの額に銃口を突きつけた。
「君が悪魔だったんだね」
「違う! ボクは悪魔じゃない」
「僕の記憶と一致したんだ。黒い山羊――。十年前に僕たちを襲った悪魔もそうだった」
「ルイ、信じてくれないの?」
「それなのにずっと僕の側に居たのは、僕が思い出すのを阻止するためかい」
「違う。ボクはただ……ボクを……信じてよ……」
洋館の中庭に鉄塊が落ちてきた。続けざまに鉄塊が落ちて来る。
「僕は悪魔を許さない」
ルイーズが引き金を引こうとしたとき、飛んできた矢が銃に命中して、ルイーズは銃を落とした。
アーリィが矢を構えていて、アーリィの足元にはローズが横たわっている。
「ローズ!」
ルイーズは銃を拾ってアーリィに銃口を向けた。
「俺はそいつと話をしたいから生きたまま俺に引き渡してくれないか?」
「まずローズをこちらに渡せ。話はそれからだ」
イザナミはゆっくり立ち上がった。
「ボクは悪魔の遣い。悪魔の一部。悪魔が死ねばボクたちも死ぬ。だからねルイ。ボクは悪魔の遣いであって悪魔じゃない」
「今更何を隠そうって言うんだ。僕は君が悪魔の姿になるのを見た。イザナミ、君は僕がずっと恨んできた悪魔だ」
「違う! ボクは悪魔じゃない!」
「悪魔のせいで僕たちは……」
「信じてくれないなら本物の悪魔を呼んでやる!」
イザナミが走り出すと、アーリィは「マズい」と言ってイザナミの後を追った。
中庭には無数の鉄塊が落ちている。落ちた鉄塊は真上から見ると歪な太陽の形を描いていた。イザナミは歪な太陽の中心に立って印を結んだ。
「復活祭の印」
雲行きが怪しくなり辺りは暗くなった。黒い雨がぽつぽつ降りだした。歪な太陽の中央からイザナミが離れると、黒いゼリーのような塊が落ちて来た。
「うわああああああああああああ」
ルイーズはパニック状態となり、イザナミに銃口を向けた。
「や、やっぱり君だったんじゃないか」
「ボクじゃない」
「嘘を吐くな!」
「嘘なんてついてない」
「目が赤いのも隠してたじゃないか」
「だって……赤い目は、みんなが怖がるから……」
「この嘘吐きめ! 僕は君を絶対に許さない」
「あの日もルシファーがやったんだ」
「閃光の弾」
イザナミに向かって閃光が伸びていく。イザナミは悲しい顔でルイーズを見た。容易に避けられるはずの閃光を避けようとはしない。
「信じてほしかった」
イザナミはそう呟いて石化した。
黒いゼリーのような塊の一部が変形して腕が二本生え、大きな翼が生え、先が碇のような形をした尻尾が生え、足が生えて、首から上には靄がかかった状態でついに立ち上がった。全長は二メートル弱ある。まるで悪魔のようだ。悪魔は鋭い爪をさらに尖らせて自分の胸部に手を突っ込んだ。体内から取り出したのはドロドロの黒い液にまみれた立派な角が生えた黒い山羊のお面である。肩から上はドロドロの液体がブクブクと盛り上がっていく。盛り上がった頂点部分に黒い山羊のお面を装着した。悪魔の全身は黒く硬い毛に覆われた。
激しい雨が降りだした。
「ツカイハドコダ」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
洋館にアルマスの悲鳴が響き渡った。アルマスもまたルイーズと同じように過去のトラウマが蘇り、パニック状態に陥って失神した。
「アルマス!」
ルイーズがアルマスの元へ走り出した時、ルイーズの横を何かが通り過ぎた。それは悪魔の尻尾だった。
悪魔の尻尾が伸びて、アーリィの首に巻き付いた。
「……」
「オマエ、チガウ」
悪魔はアーリィの首から尻尾を離してウロウロし始めた。
「なんだよ。俺のことなめてるの?」
アーリィは悪魔に向かって業火の矢を放った。矢は悪魔の肩に刺さったが、痛くも痒くもないようである。直後、目にも止まらぬ速さで悪魔の尻尾が伸びてアーリィの腹部を刺した。
アーリィは腹部の傷を押さえて倒れ込んだ。傷口からは血が流れ出している。
「アーリィ様! 踊る火柱!」
悪魔を取り囲むようにマグマ柱が噴出した。焼き尽くされるほどの高熱のなかに居ても悪魔の様子は変わらない。悪魔の尻尾はアコマノに狙いを定め、一直線に伸びていく。
アコマノは悪魔の尻尾をかわし、マグマ柱をすり抜けて、悪魔を飛び越えられるほど高く跳び、鬼の手を広げた。
「止め……!」
鋭い爪が伸びる鬼の手で勢いよく黒い山羊のお面を突いた。
「ヴォオォォオオオオオオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオ」
悪魔の悲鳴が轟いた。お面が割れて、ドロドロとした黒い液体が飛び散った。悪魔の首から上には靄がかかっている。
「…………ぐはあっ」
アコマノは血を吐いた。悪魔の右腕はアコマノの心臓を貫いている。
ルイーズは震える手で銃を構えた。しかし変態したイザナミに何発撃ち込んでも、銃弾は固い毛に弾かれて意味がなかった。束縛の弾は恐らく千切られる。閃光の弾を撃ち込めば石化させて動きを封じられるかもしれないが、石像が砕けた場合、悪魔が死ぬことになる。
イザナミが言った「ボクは悪魔の遣い。悪魔の一部。悪魔が死ねばボクたちも死ぬ」という言葉が本当ならば悪魔を殺すわけにはいかない。
(どうすればいい……どうすれば殺さずに弱らせることができる……)
ルイーズは変態したイザナミが太陽を避けるように建物に逃げていったのを思い出した。
「アーリィ! 悪魔は太陽が苦手だ! 君の矢で……!」
「……」
アーリィは出血する腹部を押さえながら矢を構えた。矢はオレンジ色のオーラを纏っている。
「隙は僕が作る」
ルイーズは悪魔に向かって発砲し、囮になるように飛び出した。剣を抜いて大きく振りかぶり、そのまま悪魔の頭上目掛けて投擲した。
「烈日の矢」
アーリィが放った矢は悪魔の頭上に投げられたルイーズの剣に命中し、辺りの暗闇を照らした。
「ヴァアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア」
悪魔は叫びながら尻尾で剣と矢を叩き落とした。
「コロス」
悪魔は顔に靄がかかったままアーリィに向かって加速していく。
アーリィは再び烈日の矢を構えた。悪魔は矢を恐れずに突進してくる。
「烈日の矢」
アーリィは矢を放った。悪魔は光を遮るように首から上の靄がかかっている部分を両手で覆った。
悪魔の胴体から更に二本の腕が生えて伸び、片腕はアーリィの矢を奪い、片腕はアーリィの首を掴んだ。悪魔はアーリィの首を絞めつけていく。
アーリィの首を掴んでいる悪魔の腕にワイヤーが巻き付いた。ルイーズが放った束縛の弾である。
「アーリィを……放せ!」
ルイーズは歯を食いしばって力いっぱいワイヤーを引いた。ワイヤーは悪魔の腕とルイーズの手にそれぞれ食い込んでいく。
「おらあああああああああああああっ」
ついにワイヤーは悪魔の腕を切断し、解放されたアーリィは後方へと逃げた。
ルイーズは血まみれの手で銃を構えたが、閃光の弾を撃つかはまだ迷っていた。悪魔を殺せば悪魔の遣いであるアーリィも消滅してしまう。
「なーにビビってんの」
「……」
「ルイ撃て!」
「コロス……」
切断された悪魔の腕が再生し、四本に戻った。
アーリィは腰に差していた短剣を抜いてルイーズの前に立った。
「俺が殺る。弱虫は下がってろ」
「君を死なせるわけにはいかない」
ルイーズはアーリィの隣に並んだ。
「アーリィ。アルマスには君が必要なんだ」
「ルイ、アルマスは――」
「……え?」
ルイーズの思考が一瞬止まった時、悪魔の腕がすぐそこまで殴りかかってきていた。アーリィは短剣を悪魔に向けて迎え撃とうとしたが、とっさにルイーズがアーリィの盾になった。
悪魔の腕はルイーズの身体を貫いた。とめどなく血が溢れ出す。
「ヴァアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアア」
悪魔は悲鳴を上げた。二本の腕で靄がかかった顔を覆っている。
雲の切れ間から太陽の光が差し込んだ。遥か上空に少年が一人。オレンジ色に光り輝く刀を振り翳し、白銀の鱗を纏った天界獣から飛び降りた。
「曇天斬り」
一気に雲が晴れていく。洋館には眩しいほどに太陽の光が降り注いだ。
「ヴァアアァァアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアア」
太陽に照らされた悪魔はのたうち回り、黒い煙を上げて燃え出した。
「!?」
悪魔は固い毛で全身を覆い、そのまま黒い球体に姿を変え、遥か上空に飛んで行って見えなくなった。
「……」
ルイーズは意識が遠のいていくなかで混乱していた。
アーリィが言ったことが事実ならば、これまでアルマスに捧げてきたすべてが馬鹿馬鹿しく思えてくる。これほど愛してきたのに、彼女の幸せを願ってきたのに、待っていたのは裏切りか――。




