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殺戮王は笑って言った、「俺を殺してくれ」と ~自己犠牲の輪舞~  作者: 遊可くるみ
10章

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救世主×真意(1)

 ペチュニアの花畑のなかに佇む小屋の一室でローズは机に突っ伏していた。ローズの隣に立つアルマスは自分の両手を見つめている。


 ローズはアフララから分け与えられた神の力を自分のものにするべく、この小屋で修行に励んでいた。アルマスは神の力に関する資料を集めてきて、ローズには招き巫女の印(シャーマンタイム)を習得するよう伝えていた。ローズは母親の力になれるのなら何でもしたいと意気込み、身体を鍛えて、精神力を高めて、オーラを練る日々を送っていた。


 ローズとアルマスは床に横たわっていた。ローズが先に目を覚まし、目を輝かせてアルマスの身体を揺すった。


「お母様! お母様! できた、できたよ! お母様の身体に入れた!」


 ローズはついに招き巫女の印を習得したのである。


 招き巫女の印は他人に憑依する能力で、対象者を意識ごと乗っ取り自分の思い通りに操ることができる。


「これで私も救世主になれる?」


「もう少し」


「あと何をすればいいの?」


 ローズは目を輝かせて、前のめりになった。


「もうひとつ能力を習得して、シナリオを叩き込めば準備が整うわ」


「シナリオ?」


「あなたが救世主になるためのシナリオよ」


「私、本当に救世主になるんだ……」


「あなたにしかできないことだから」


 ローズの胸は高鳴っていた。


「お母様が喜んでくれるなら、私、頑張れる」


 アルマスは力いっぱいローズを抱きしめた。ローズは心が満たされたような気がした。


「先にシナリオを伝えるわね」


 アルマスは熱心にシナリオを教え込んだ。ローズはシナリオの内容に衝撃を受けながらも、父と母と三人で暮らすという夢のために、シナリオを頭に叩き込んだ。


「もうひとつの能力が、このシナリオに出てくるシナリオ再構成(リグレッションテスト)?」


「そうよ。ローズは私の身体を乗っ取って、私の能力で、計画を実行するの」


「お母様の能力なんだ!」


「私とローズしか知らない、秘密の能力」


 ローズは母親と自分しか知らない秘密の存在に目を輝かせた。


「どんな能力なの?」


「一応、能力についてまとめておいたけど、文字で学ぶより身体で覚えるのが一番だと思うの。場所を移して特訓しましょう」


 ローズはアルマスから渡されたメモに目を通した。


「天使の小瓶を使うの?」


「これのことよ」


 アルマスはポケットから天使の羽が生えた小瓶を取り出した。


「!?」


 物が破壊されたような大きな音がした。


「玄関のほうだわ」


 ローズとアルマスが玄関へ向かうと、玄関のドアが蝶番ごと外れて内側に倒れている。


「やーっと見つけた」


 玄関のドア枠にアーリィが寄りかかっている。


「やあ、久しぶりだね。お嬢さん」


悪者(アーリィ)……」


 アーリィはローズを捕えて首元に短剣の刃をあてた。


「アルマス、俺をあの日に連れていってくれ。追想の旅ならできるだろ?」


「追想の旅で過去は変えられない」


「過去を変えるところを何度も見せてくれたじゃないか」


「……」


「招き巫女の印」


 アーリィの赤い目はローズの目の色と同じ水色に染まっている。ローズは招き巫女の印でアーリィに憑依したのだ。


 アーリィは人質に取っていたローズを床に下ろして、手に持っていた短剣の切っ先を自分の首に突き付けた。


「お母様、この人殺したほうがいい?」


 話し方はローズだが、声はアーリィのままである。


「駄目よローズ! その人は悪い人なんかじゃないの。その人は、とても大切な人」


「お母様、私、長時間は無理みたい……」


 招き巫女の印が解かれてアーリィは意識を取り戻した。どういうわけか、自分で自分の首に短剣の切っ先を突き付けている。


 アーリィは足元で眠るローズを見た。


「お嬢さんの仕業か? まーったく、感情的なのはルイに似たんだね」


 アーリィはアルマスの首の後ろに手刀を振り落として、アルマスを気絶させた。


「それじゃお嬢さん、本体(アルマス)は僕が預かるね」


 アルマスを肩に担ごうとして屈んだ時、床に転がっている小瓶が目に入った。天使の羽が生えた小瓶――。


「こーれ……」


 幼い頃、天使の羽が生えた小瓶を触るとこっぴどく怒られた。禁止されるほど興味がわくのが悪戯坊主の(さが)で、いよいよ悪戯ができないように、子どもの手の届かない場所に飾られるまでは、どこに隠されても見つけ出して、まるで宝探しをしているように楽しんでいた。


 幼い自分とルイーズに「天使の小瓶を触ってはいけない。罰が当たるから」と警告したのは母親だった。



 十六歳にして悪魔の力を得たアーリィは殺戮を繰り返していた。人間を殺せば殺すほど悪魔遣いとしての階級が上がると聞いていたからである。


 アーリィはマテイユ帝国で指名手配となり、アーリィを捕まえるための罠があちこちに仕掛けられた。そして数年経ったある日、アーリィは地雷を踏んで右脚の膝から下を失ってしまう。夜が深くなり、追手からはなんとか逃れることができたが、止血する道具もなく、絶望的な状況に追い込まれていた。


 逃げ込んだ洞窟で休んでいると「アーリィ」と呼ぶ声がした。


「私よ。アルマスよ」


「どーしてこんなところにいるの? 子どもを産んだばかりって聞いてたけど?」


「酷い怪我ね。治療しないと」


 アルマスは傷口を確認しようとしてマッチに火を灯し、アーリィに持たせた。


 アルマスは洋服の裾をちぎって、怪我をしている脚の根元をきつく結んだ。


「まーたリボンの結び目が縦になってる」


「助けてあげたのに文句を言うなんてひどいわ」


「ごめんごめん。ありがとう」


 アーリィは頭の後ろで手を組んで寝転んだ。


「俺の人生もこれでおしまいかー」


「終わらせない」


「?」


 アルマスはアーリィの手を握って追想の旅と唱えた。


「なんだ!?」


 軍人の足音がしてアーリィは振り返ったが、軍人に気付かれるどころか、アーリィの身体をすり抜けて走って行った。


「ここはあなたが地雷を踏む一分前の世界」


「君の能力?」


「過去は変えられるわ。念じるの。こうして……」


 アルマスは祈るように手を組んで目を閉じた。


 逃亡中のアーリィが走って来る。そして地雷が埋まっている場所を通過した――。


「地雷が爆発しない。どーして」


「終わらせるわけにはいかないから」


 アーリィは洞窟で一人、目を覚ました。両脚とも健在で傷ひとつない。


「……夢か」


 この時は地雷を踏む夢を見たくらいに思っていた。


 しかしアルマスはその後もアーリィがピンチを迎える度に現れてはアーリィを助けた。地雷を踏んだのも夢ではなかったのだ。アルマスの能力・追想の旅では過去を変えられるらしいが、いくら聞いてもアルマスは詳細を話してはくれなかった。


 アーリィは追想の旅の真相を暴くために、自分をわざと不利な状況に追い込んでアルマスに助けさせたこともあった。何度も試すうちにルールが見えてきたが、まだ分からないことがある。


 追想の旅で過去に戻っても未来が変わるときと変わらないときがある。アルマスが二人居ると感じるときがある。数分前と違う匂いがするときがある。アルマスの傷がいつの間にか古傷になっていたこともある。自分たちが過去に戻っているだけでは説明がつかないことがいくつもある。アルマスは何かを隠している。


 過去に戻れるとしたら、過去を変えられるとしたら、やることはひとつしかない――。


 守りたかったものを守り抜くために、全てを明らかにして終わらせる。


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