継承×別離(1)
アフララは木刀を二本持ってきて、一本をローズに渡した。
「お前が余から一本取れたら神の力を分け与えてやろう」
「本当ですか? やったー!」
「余から一本取れたらな」
互いに木刀を構え、ローズの挑戦が始まった。
過去に手合わせをしたハイジとは比べ物にならない。木刀がぶつかり合ったときの重さが全く違う。木刀を振ったときの風を切る音も違う。動きに無駄がなく隙がない。さすが師である。
少し間合いを取ってローズは深呼吸した。そして木刀をキツく握りしめた。
「オラアアアアアアアアアアアアアッ」
ローズは突進し、アフララの手前で思いきり踏み込んだ。
ローズの背中から翼が生えたかと錯覚するほど、美しく、しなやかに、高く翔んだ。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
そして真上から斬りつけるように木刀を振り下ろした。アフララは木刀を真横に持って、ローズの木刀から伝わってくる力を受け止めた。アフララの手の甲には血管が浮かびあがっている。ローズとアフララは互いに歯を食いしばり、目を見開いた。
着地したローズは息を荒げながら、木刀の切っ先をアフララに向けた。アフララは頭の上に構えていた木刀を下ろした。両手に片割れずつの木刀を持っている。アフララの木刀は見事に真っ二つに割れていた。
「……お前の勝ちだ」
「やったぁーーーーーーーーーーーーーー!」
ローズは万歳をして駆け回った。
「こっちへ来い」
ローズは目を輝かせてアフララを見た。
「約束できるか?」
「なんでも!」
「まず今みたく内容を聞かずに返事をするな」
「はい!」
「約束してほしいのはひとつだけだ」
アフララはローズの頭を撫でるようにそっと手を置いた。
「授けられた力は自分のために使え。迷ったときは自分の命が輝くかどうかを考えろ」
「はい!」
「約束できるな?」
「もちろんです! 約束します!」
五色の幣がふわりと風を包んで、鈴がチリン――と鳴った。
アフララは印を結び、人差し指と中指を揃えてローズの百会を押さえた。
「継承の印」
ローズは百会から全身に向かってオーラが流れ込んで来るのを感じていた。足の指の先がじんわりと温かくなったと思ったら、流れ込むオーラが勢いを増して、全身を巡って、全身の毛穴が開いて、ついでに目も見開いて、口まで開いた。せっかく体内に流れ込んだオーラを逃すまいとローズは必死に口を閉じた。鼻息が荒くなるばかりである。
百会から流れ込むオーラがぴたりと止んだ。
アフララは全身に滴るほどの汗を掻いて、やり切った、という顔でローズを見た。
「気分はどうだ小娘」
そう言った直後、アフララはバタリと倒れた。
神の力を授けてもらって以降、ローズの修行は頗る順調だった。オーラが常に体の中を巡っている感じがする。神の力を引き出したいときは、その箇所に集中させるイメージを持つと神の力が湧いてくる感じがする。
しかし神の力を使うと疲れてしまうので、正しい使い方についてアフララに尋ねたいのだが、アフララはローズに神の力を授けたあの日以降、一度も起きずに眠り続けている。既に二週間が過ぎた。
魘されている様子もなく、スヤスヤ眠っている。
「アフララ様、今日も起きないですかー」
うんともすんとも言わない。
「ローズ」
名前を呼ばれた気がしてアフララを見たが、やはり寝ている。そもそもアフララに名前で呼ばれたことは一度もない。
「ローズ」
襖から顔を覗かせているのはアルマスだった。
「お母様!?」
ローズは目を輝かせてアルマスの元へ駆け寄り、アルマスは駆け寄ってきたローズを強く抱き締めた。
「ごめんね……。一人にして、ごめんね」
「どこに行ってたの?」
「悪者に見つからないところ」
「もうどこにも行かない?」
アルマスは少々切迫した表情で、ローズの腕を掴んだ。
「力を貸してほしいの」
「?」
「あなたにしかできないことがあるの。一緒に来て?」
「お母様と一緒にいれるの?」
アルマスは頷いた。
「待て」
アフララは上半身を起こして、身体を支えるように手を付いた。
「小娘、この女からは深い業を感じる」
「ごう……?」
「お前のことを置いていった母親は本当にお前のことを思っていると言えるのか?」
「私はローズを愛しています」
「こやつがどれだけ寂しい思いをしたか知らぬだろう。どんな思いで待ち続けていたか知らぬだろう。のこのこ現れて力を貸してほしいだと? 虫が良すぎる」
「私だって……必死に……戦ってるんです」
アフララはアルマスの胸倉を掴んでいた。
どうしてこんなにも怒りが込み上げてくるのか、アフララ自身も分からなかった。ローズの気持ちを代弁したいのか、退屈するのが嫌でローズを引き止めたいのか、クロスキントを待ち続ける自分とローズを重ね合わせて憐れんでいるのか、ローズを救ってやりたいという正義感に駆られているのか。
「必死に戦っているというのは、子を置き去りにしていい理由になるのか? お前の一年と幼子の一年を同じにするな。愛しているなど口では何とでも言える。それでも……」
ローズは初めて見るアフララの表情に息をのんだ。怒りに身を震わせている。
「それでもこやつには、お前しかいないんだぞ!」
「……」
「お前の都合で、お前の我儘で、こやつの人生を奪うな」
アフララは泣いていた――。
「アフララ様、ありがとうございます」
「……」
「私、お母様と一緒に行きます」
アフララはアルマスの胸倉から手を放した。
「お母様が初めて、私のために時間を割いてくれたんです」
「よく考えてみろ。いきなり現れて」
「お母様と一緒にいたいんです」
「本当にお前が望むことなのか」
「はい」
いつもと変わらない真っ直ぐな眼差しである。
「……そうか」
アフララは深く深呼吸をした。
「好きにしろ」
アフララは身を屈めて、勾玉の形をした笛をローズの首にかけた。
「困ったときはこの笛で呼べ。その時はすぐに駆けつけてなんでも願いを叶えてやる」
「なんでも!?」
「ああ」
「アフララ様より強くなりたいって願いも叶えてくれるんですか?」
「お前は余に頼らなくても必ず強くなる。諦めなければな」
ローズとアフララは互いに顔を見合わせて微笑んだ。
アフララはローズを抱き締めた。
「余はいつだって、お前の味方だ」
「ありがとうございます……」
ローズは初めての感覚に少し戸惑った。アフララの腕のなかは、とても心地よかった。
「師匠、ありがとうございました! 大変お世話になりました!」
ローズはアルマスと手を繋いでアフララ邸を出て行った。石段を下りながら何度も振り返り、アフララに手を振った。
アフララが豆粒ほどの大きさになったところで、ローズは足を止めた。
「迎えに来るといいですねーーーーーーーーっ! 王子サマーーーーーーーーーッ!」
アフララは何も言わずに片手を挙げた。




