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殺戮王は笑って言った、「俺を殺してくれ」と ~自己犠牲の輪舞~  作者: 遊可くるみ
8章

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瀕死×絆(1)

 イザナミは森を抜けて巨大な岩が点在する乾燥地帯へ出たが、シヴァから逃げ切ることはできなかった。


「しつこいなあ」


「終演、終焉、向かうはエンディング」


「何言ってんの? さっさと殺そー☆」


 イザナミは空に向かって両腕を伸ばし、勢いよく下ろした。それを合図に、大きな鉄塊がシヴァの真上から叩き付けるようにして落下した。


「やっぱ当たんないかー」


 イザナミは磁力で地面にめり込んだ鉄塊を自分のほうへ引き寄せた。そこに潰れたシヴァはおらず、ただ大きな穴が空いている。


「!?」


 イザナミは何かに狙われている気配がして辺りを見渡した。地面を盛り上げながら一直線で「何か」が迫ってくる。イザナミは下手に動くと相手の思う壺にはまると思い、その場から動かずに精神を研ぎ澄ませて待ち構えた。


 イザナミの足元まで来た「何か」が勢いよく地中から飛び出し、砂埃が舞った。現れたのは赤目の大蛇である。イザナミは後方に飛んで赤目の大蛇を避けたが、着地した背後にはシヴァが潜んでいた。シヴァは地面に手を付いてオーラを込めている。


「地獄へ道連れ」


 イザナミが立っている一帯は底が抜け、イザナミは数十メートルほど落下した。


 シヴァは「愉快、死灰(しかい)になりたる」と呟いて、満足気な表情を浮かべて、昼寝でもする様に寝転んだ。


「いってー……」


 イザナミは遠く地上を見上げて脱出策を考えたが、磁力の力で自分を引き上げるにしても、その間に攻撃を受けてしまう可能性がある。壁をよじ登るにしても同様である。


「?」


 壁に無数の横穴が開いている。一か所だけ直径二メートルほどの穴、というよりトンネルが掘られているようだが、明らかに抜け道ではない。トンネルの奥から音がする。恐らくまた「何か」が迫ってきている。


 地面を揺らすほどの振動とともに現れたのは、またしても赤目の大蛇である。大蛇は大きい口を開け、鋭い牙をむき出しにて、イザナミに襲い掛かる。イザナミは軽い身のこなしで大蛇をかわしたが、辺りには大蛇の牙から噴出した液が飛び散り、転がっている岩石を溶かしていた。


 大蛇が再び大きな口を開けた時、上空から落ちてきた鉄柱が大蛇の脳天を貫いた。


「ストラーイク☆」


 壁に空いた無数の横穴から地面を這うような音が聞こえる。


「……で? 次は?」


 横穴から蛇が一斉に飛び出した。


 多勢に無勢、万事休すという状況にもかかわらず、イザナミは微笑んでいる。


「バーカ。こんなんでボクが死ぬと思った?」


 イザナミを生き埋めにできるほどの、無数のヘビが降り注ぐ――。


「死んだらルイともう会えないじゃん」


 イザナミは手の平に強力なオーラを練り、地面に向かって放出した。


μ波動砲(マグネトロン)


 地面が縦に大きく揺れるほどの振動とともに大きな爆発音が轟いた。


 ベレー帽を顔に乗せて転寝(うたたね)をしていたシヴァも思わず飛び上がり、モクモクと立ち上がる黒煙を見た。黒煙の中から、片腕を押さえて、よろけながら、身体を焼損したイザナミが現れた。


「十死一生、今生(こんじょう)に繋いだのは根性か……?」


 イザナミは全身に火傷を負っていて、戦う体力はほとんど残っていない。


傀儡(くぐつ)のような愚物だな」


「ぜんっぜん痛くない」


 イザナミは身体を預けるように岩に凭れかかった。


「こんなの、全然痛くない」


「精精、虚勢、多弁は勘弁」


 シヴァの全身がオーラに包まれ始めた。


「だから、ボク、大丈夫」


「完封、終止符」


 再び「何か」が迫ってきた。「何か」はイザナミの足元から上半身に向かって纏わりついてきているようだが、透明化していて姿が確認できない。しかしイザナミには透明な「何か」に抵抗する力も、振りほどいて逃げる力も残っていなかった。


 イザナミに纏わりついている「何か」の輪郭が浮かび上がってきて、ついに正体が明らかになった。全長3メートルほどの白い肌をした蛇である。


 シヴァはにやりと笑った。


鉄槌を下すとき(ハンマートゥフォール)


 白肌の蛇によってイザナミの全身が締め付けられていく。


「こんなんじゃ……ない……」


 肺や内臓が圧迫されて声が出しづらくなってきた。


「心が……心のほうが、痛い、から……」


 シヴァは締め上げられて苦しむイザナミを見上げてにやにやしている。


「ボク……まだ……大丈夫……」


 透けるように白い蛇はイザナミの顔にも巻き付き始めた。


「ルイ……助け、て……」


 イザナミの目から一筋の涙が流れた。


「イザナミ! 耐えろ!」


 イザナミはそれが誰の声か認識できないまま、悪寒戦慄を起こして気を失った。



 イザナミが初めてコモモの家を訪れたのはコモモと共にゾロメスタスに選ばれたときだった。ガラス一面に広がる美しい水中の景色に心を奪われた。鼻が潰れるほどガラスに貼りついて、水中の世界に夢中になった。


 テーブルにはティーカップに淹れられた紅茶と、シフォンケーキと、ナイフとフォークが並べられている。


「キミはどんな能力使うの?」


「私は元々マテイユ帝国直属部隊の軍医ですので、医療や救命にかかわる能力です」


 イザナミはフォークを握り、フォークを振り上げて、思いきり自身の腕に刺した。フォークを抜くと、腕に開いた四つの穴からは血が流れ出した。


「イザナミさん! なにをやっているんです!」


「治して」


「……」


 コモモが傷口に手をかざすと、コモモの手を水色のオーラが覆い始めた。


無痛の境地(ゴッドブレス)


 しばらくしてコモモは手をどけた。傷は残っているが、止血はされている。


「すごい。もう痛くない」


「治療道具を持ってきます」


 コモモは血を拭って、傷口に薬を塗って、手際よく包帯を巻いた。


「この程度であれば数日で傷口も目立たなくなりますから、もう大丈夫ですよ」


 コモモは真っ直ぐな目でイザナミを見た。


「イザナミさん。二度とこんな真似はしないでください。痛みを伴わなくたって、あなたの存在は証明できるんです。というより既に証明されているんです。ここに」


 コモモはイザナミの手に自分の両手を重ねて優しく握った。


「私が覚えています。だからもう二度と自分のことを傷つけたりしないでください」


 イザナミは首を傾げた。


「キミ、変なヒトだね」


「……私は対象者に触れると傷の有無が見えるんです」


「ボクに病気でも見つかった?」


「ここは痛くありませんか?」


 コモモは心臓に手をあててイザナミに問いかけた。


「心臓?」


「心臓ではなくて――」


 コモモは涙を零して「心です」と言った。イザナミは心に傷があると言う事実よりも、コモモが自分のことのように悲しみ、涙まで流していることが衝撃的だった。


「こころ?」


「イザナミさんに触れたとき、心に深い傷があるのが見えたんです」


「やっぱり変なヒト」


 イザナミはコモモが自分を心理的に揺さぶって、洗脳でもしようとしているのかも知れないと思い、席を立ってガラスの前に移動した。


 ガラスの前に体育座りをしてしばらく水中を眺めていると、岩の隙間に身を潜めていたエビが、タコに引っ張り出されて捕食された。


「隠れていた場所が悪かったですね……」


 コモモはそう言って、イザナミの横に腰を下ろした。


「じゃあどこにいればよかったの?」


「あそこです」


 イザナミはコモモが指差した場所を見た。岩に拳ほどの大きさの穴が開いている。


「さっきも隠れてたよ?」


「穴のなかに秘密があるんです」


 イザナミが凝視すると穴の奥に動く影が見えた。何かがいる。


「うわ、なんか出てきた」


 穴のなかから顔を出したのはウツボである。


「なにあれ」


「あれはウツボという生き物で、タコの天敵なんです」


「ウツボはエビを食べないの?」


「食べません」


「美味しくないの?」


「エビを(おとり)にしてタコをおびき寄せて、タコを食べるんです」


「ボク、エビと同じだ」


「?」


 イザナミは自分の心臓に手をあてた。


「これも治して」


「ごめんなさい。私、心の傷は治癒できないんです」


「どうしたら治るの?」


「うーん。イザナミさんが一番不安なことはなんですか?」


「ルイと引き裂かれること」


「引き裂かれる……?」


「ルシファーがボクとルイの邪魔をしようとしてる」


 (お友達でしょうか……?)


「これ以上ルイに迷惑かけたくないけど、でも、ルイのことが大好きだから」


 イザナミは泣いていた。


「ボクがヒトだったら一緒にいられたのに」


 コモモは何も聞かずに、ただイザナミを抱きしめた。


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