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殺戮王は笑って言った、「俺を殺してくれ」と ~自己犠牲の輪舞~  作者: 遊可くるみ
7章

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仇討×代償(1)

 モスモスは目に涙を浮かべ、口にウサギのぬいぐるみを詰められてもごもごしている。


 モスモスの顔を目掛けて猛スピードで飛んできた裁ちバサミは、モスモスの頬をかすって壁に突き刺さった。かすり傷からは血が滲んでいる。モスモスの全身を囲うように、裁ちバサミは既に三十本は突き刺さっており、言うなれば磔状態である。


 モスモスの正面には裁ちバサミが山のように積まれていて、その横では、デナーリリアが裁ちバサミを握りしめて大きく振りかぶり、ヒステリック気味に「テンチュー!」と声を上げながらモスモスに向かって裁ちバサミを投じている。


「テンチュー! テンチュー!」


 少し離れたところで、ドルジャスとシヴァがその様子を傍観している。


「超ウケんだけど。あいつ、デナーリリアの獲物盗ったんだってー」


「世迷言、愚劣な飯事(ままごと)


 デナーリリアは裁ちバサミを投げるのをやめて、裁ちバサミの刃をモスモスに向けた。


「オマエ許さない。リリアのコレクション奪タヨ。両目にボタン、身体にファスナー、心臓に生け花、リリアの思い通り……」


 デナーリリアは刃を向けたままモスモスに向かって走って行く。そしてその勢いに任せてモスモスの心臓に裁ちバサミの刃を突き刺した、その時だった――。


「デショ!?」


 天井の一部が崩れ落ち、ドルジャスとシヴァとデナーリリアは辺りを警戒しながら臨戦態勢に入った。モスモスは磔のまま心臓付近には少しだけ血が滲んでいる。傷は浅い。


 コモモの敵討ちでヴィダートの仮宿に乗り込んだのは、ルイーズ、ヨハン、イザナミ、コイチの四名である。いきなりヨハンが刀を振り翳してモスモスに飛び掛かった。


時空斬り(ミンコフスキー)


 ヨハンはモスモスの真横の壁を縦に斬るように真っ直ぐ刀を振り下ろした。斬りつけられた壁はチャックが下ろされたようにぱっくり開き、開いた壁の奥では寒色のマーブル模様がうごめいている。ヨハンの能力のひとつである時空斬りによって異空間への扉が開かれたのだ。


 いの一番にコイチが異空間へ飛び込んでいった。ルイーズは磔にされていたモスモスを壁から乱暴に引きはがし、モスモスを抱えて異空間へ飛び込んだ。異空間への扉は間もなく閉じて、斬りつけた跡もなく元通りになった。


 デナーリリアは血の付いた裁ちバサミを握りしめて、忌々しいオーラを放っている。


「みんなリリアから奪うダメ、許さないヨ」


「やば! リリア激おこじゃん! あたしここで死にたくない!」


 ドルジャスは軽快な足取りで仮宿から出て行った。


「ボクも逃げよーっと☆」


「断罪、死罪、其方は天誅」


 退散するイザナミを追ってシヴァも出て行った。


 仮宿には、ルイーズたちの計画通りヨハンとデナーリリアだけが残された。


「残り物には福アリヨ」


 デナーリリアが着ているドレスから無数のリボンが伸びてヨハンに襲い掛かった。リボンは鋼のように硬く、端は刃物のように鋭く研がれている。


 ヨハンは腰に下げた三本の刀のうち、柄の部分にオパールのような宝石が埋まった刀を抜いて振り回した。デナーリリアのリボンを裁ち、攻撃をかわしていく。


 ヨハンは常に三本の刀を腰に下げている。柄の部分にオパールのような宝石が埋まっている刀。柄に太陽が彫られている刃。刃渡り二センチほどの年季の入った短剣。どれも一般的な刀と同じように攻防の武器として使用できるが、ヨハンはこれらを能力によって使い分けている。


 デナーリリアが手を叩くと心臓の形をした針山が宙に浮いて現れた。針山はドクンドクンと脈を打っている。針山に刺さっている針は持ち手がカプセル剤の形をしている。カプセル剤には紫色の毒々しい液体が入っており、見るからにして危険物の予感がする。


「なんだか危なっかしいものを出してきましたね」


 斬っても斬ってもリボンは無限に伸びてくる。リボンの攻撃をかわしながら、脈打つ針山を警戒しながら、次の手を考える余裕がない――。と、ヨハンが焦りを感じた一瞬の隙を見逃さずに、辺りに散ったリボンの破片が一斉にヨハンに襲い掛かった。鋼のリボンがヨハンの全身に突き刺さり、傷口からは血が流れた。


 間髪入れずにデナーリリアが襲い掛かる。指の間には毒々しい針を挟み、ヨハンの首筋を狙った。


「……!」


 トトン――、と乾いた音を立てて落ちたのは割れたボタン。デナーリリアの目に付いていたものである。


「リリアの……リリアの、リリアの返して」


 デナーリリアは狼狽した。取れた片目を覆い隠すように片手で隠し、ヨハンの存在すら忘れたように、床を這うようにしてボタンを探している。


 ヨハンは四つん這いになったデナーリリアの首目掛けて刀を振り下ろした。しかしヨハンはデナーリリアの首を跳ねられなかった。


 振り返ったデナーリリアは、自分の顔をコモモに作り変えていたのである。


「……」


 ヨハンは唇を噛み締めた。目の前にいるのはデナーリリアなのに身体が動かない。戦わなくてはならないのに頭が回らない。


「この獲物(ドール)、可愛いデショ?」


 コモモの顔をしたデナーリリアはにやりと笑って、ヨハンに針を投げた。


 ヨハンの首には毒々しい針が刺さっている。



 デナーリリアは自分の顔に新しいボタンを縫い付けてにっこり笑った。


 ヨハンの首には毒々しい針が刺さっているが、痛みもなく身体に異変もない。


「私、死ぬんですか」


「リリア苦しませない。死ぬ一瞬ネ」


「あなたはヴィダートに居て、幸せですか?」


「アーリィ様と出会ったリリア、トーーーーーーーーーーッテモ幸せ」


 デナーリリアは頬に手を添えて分かり易く照れた。


「過去に戻れるなら、過去を変えたいですか?」


「リリアに意地悪した人、全員殺すデショ」


「全員殺したらあなたは幸せですか?」


「オマエ何言ってる?」


「辛い過去があったから、あなたはアーリィと出会うことができて、今こうして幸せを噛みしめられるんじゃないですか」


「リリアの! リリアの辛い知らないデショ! オマエ分からないデショ! 誰も分かるわけないデショ! 知ったようなこと言うナヨーーーーーーーーーーーーッ」


 デナーリリアがヒステリックに声を張り上げると、デナーリリアを忌々しいオーラが包み始めた。


「痛み分からないオマエ死ねばいい」


 毒々しい針のカプセル部分に入っていた紫色の液がドクドクとヨハンの首に注入されていく。


チューシャのお時間(プレゴカンタレラ)


 直後、ヨハンが見ていた景色はヴィダートの仮宿からコモモの家がある湖の畔へと変わった。小雨が降っている。


 水面に映る自分の首には毒々しい針が刺さっていない。水面にポコポコと浮かぶ気泡を眺めていると、水中からコモモが顔を出した。ヨハンは驚いて尻餅をついたが、体勢を整えて剣を抜いた。


「あら、てっきりイザナミさんかと」


 間違いなくコモモの声である。敵は声まで化けられるのか――。


「コモモさんは死んだんです。二度と故人を弄ぶような真似はしないでください」


「私、死んだんですか?」


「……」


「ということは……ここは、天国なんでしょうか」


「本当に、コモモさんですか」


「はい……」


「なるほど。ということは私も死んだんですね」


 先程よりも雨足が強くなった。


「私が死んだのであれば、ヨハンさんを救えます」


 コモモはにっこりと笑った。


「?」


「私の能力・冥土の土産(ルネサンスコール)でヨハンさんを救うんです」


 コモモの能力である冥土の土産は、対象者の命を救うことができる。対象者に選ばれる条件は、①コモモが死んでいること、②コモモが対象者を仲間だと認めていること、③対象者が生死を彷徨っていること。条件を満たす者が三名まで救われる。


「ヨハンさん。生きる希望を捨てないでください」


「……」


 コモモがいきなりヨハンの手を握ったので、ヨハンは顔を赤らめた。


「ヨハンさんの体内に毒の反応があります。これで解毒を」


「これは……」


 ヨハンが手を開くと、手のなかにはカプセル剤があった。


「ヨハンさん生きてください。あなたのために」


「……」


 雨が止んで晴れ間が広がっていく。


「みなさんに、よろしくお伝えください」


「あの……」


「?」


「誰よりも、コイチさんが、あなたの死を悲しんでいました」


「……」


 コモモはいつものようににっこり笑ったが、一筋の涙が目から零れ落ちた。


 ヨハンはヴィダートの仮宿に戻っていた。首には毒々しい針が刺さったまま、壁に凭れ掛かるように座っていた。


 ヨハンの指先は紫色に変色し、腕には紫色の斑模様がある。ズボンの裾から見える足首にも同様の斑模様が広がっている。恐らく全身が毒に侵されている。頭がぼんやりして、目も霞んできた。


 デナーリリアは鼻歌を歌いながらウサギのぬいぐるみを縫っている。


「……」


 ヨハンは手に解毒剤を握っていた。あれは夢でも幻でもなく、本物のコモモの呼びかけだった。この命を無駄にするわけにはいかない――。


 (生きる、希望……。ローズ様…………)


 ヨハンはカプセル剤をそっと口に含んだ。


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