沈黙×襲来(1)
森は静寂に包まれている。大樹の幹や根には苔が群生し、生い茂る草木は葉の先に抱えた露の重みで、わずかに枝垂れている。森を照らすように太陽の光が帯状に伸びて、葉の先に溜まった露を輝かせている。
木漏れ日に包まれながら見つめ合う男女が一組。軍服に身を包んだルイーズは、アルマス=サンデルを抱き締めてキスをした。
「ローズは十二歳くらいになるのかしら」
「まだ十歳だよ」
「そうだったかしら」
「ローズは君に会いたがってるよ」
「……そう」
ルイーズはアルマスを抱き締めたまま、深い青色の瞳でアルマスの目を見つめた。ルイーズの目の色を深海と例えるなら、アルマスの目の色は対照的に、熱帯のインリーフのようだ。
「ルイ。アーリィに見つかる前に、早く」
「……」
「やって」
「やっぱり、できない」
「やるしかないのよ?」
「僕にはできない。無理だ」
ルイーズはアルマスを抱き締めていた腕の力を緩めて、眉を下げた。
「君を撃つなんて」
アルマスはクスッと笑った。
「大袈裟だわ。ほんのちょっと眠るだけじゃない」
「でも……」
ルイーズの目から涙が零れ落ちた。
「世話の焼ける子ね」
アルマスはハンカチを取り出してルイーズの涙を拭った。
「また子ども扱いされちゃったね」
「だって、子どもなんだもの」
アルマスはルイーズのホルスターに手を伸ばして銃を抜き、自身のこめかみに銃口を突き立てて引き金を引いた。
銃声は鳴らない。カチッと軽い音がしただけである。
「ルイが使わないとただのガラクタだわ」
アルマスは銃をルイーズの胸元に押し付けた。
「ねえルイ。あなたは私の能力が欲しくないの?」
「僕は過去に戻りたいなんて思わない」
「私は、あの頃に戻りたい」
「……」
「戻りたいんじゃないわね、変えたいの」
ルイーズの銃には矢印が付いたダイヤルが付いていて、ダイヤルの周りには黄色・赤色・紫色・透明色の四つの宝石が埋め込まれている。矢印は黄色の宝石に向けてある。
アルマスは俯くルイーズの頬に華奢な指を添えた。
「悲しそうな顔をしていないで、顔を上げて」
「僕はアーリィを殺して、マテイユ帝国を救う。それがゾロメスタスとしての僕の使命だから」
「国民のために?」
「建前上はね」
「……」
「彼はもう、昔のアーリィじゃないんだ」
「…………もう撃って」
アルマスはルイーズの髪を整えるように優しく撫でた。
(その手つきはいつも僕を安心させる。どこか懐かしい気がするのは気のせいだろうか)
ルイーズはアルマスを抱き寄せて、いつもより長くキスをした。
「おやすみ、アルマス」
アルマスは目を閉じたまま何も言わない。
ルイーズは震える手で握った銃の銃口をアルマスの額に向けた。丁度太陽に雲がかかって森は表情を変えた。薄暗くて肌寒い。
「……」
ルイーズが引き金を引くと、銃口から閃光が伸びてアルマスは強い光に包まれた。
そしてまた森は静まり返った。
「アルマス」
返事はない。
「アルマス……」
アルマスはルイーズの能力によって石化してしまった。瞬きもしなければ、呼吸もしていない。
「僕はどうしたらいい」
ルイーズはアルマスを抱き寄せてそっと額を付けた。アルマスの表皮はひんやりとしていて、ルイーズの額の熱を奪っていく。




