約束×悪者
白い画用紙に描かれているのは、笑顔で手を繋いでいる三人家族。左から、深い青色の目をした父親、ピンク色の髪に水色の目をした少女、鮮やかな青緑色の目をした母親。
広い子ども部屋の中央に置かれたテーブルで画用紙を広げているのは、十歳になったローズ=サンデル。ピンクがかった金髪と水色の目は画用紙に描かれた少女と同じである。
ローズは小さな手にクレヨンを握って続きを描いていく。
ローズの隣では、軍人のヨハン=シャデリックが時折、テーブルの上に転がったクレヨンを箱に戻しながら、我が子を見守るような顔でローズの横顔を眺めている。
「見て! 私の夢!」
ローズは画用紙をヨハンに見せた。
「お父様とお母様と三人で暮らすの」
ヨハンはローズの無邪気な笑顔に胸を締め付けられたが、何も言わずに微笑んだ。
ローズはテーブルの上に置いた画用紙を見つめていた。
「私がもっと強かったら……ワルモノをやっつけられるのに……」
ふと、ローズの表情がぱっと明るくなった。
「お父様の声だ!」
ローズは部屋を飛び出した。
ローズの後を追いかけて部屋を出たヨハンは、階段を降りかけて言葉を失った。
「ごめんね。パパじゃなくて」
階段の踊り場でローズを抱きかかえているのは、父親のルイーズ=サンデルではなく、黒いマントに身を包んだ赤目の男。ローズは男の腕のなかで気絶しているようである。
「ローズ様……!」
ヨハンは声を荒げた。
「動くな三下」
アーリィと呼ばれた赤目の男は、ヨハンを制止させるように、指先を揃えて鋭利な爪をローズの喉元にあてた。
「三下、お前は知ってるの? アルマスの居場所」
「知りません」
「やーっぱ聞いても無駄だったー。 ……っ!」
地面を割って伸びた植物の蔓がアーリィの片脚に巻き付いた。
階段下の大きな扉が開いて現れたのは、立派な軍服を着たルイーズ=サンデルである。ルイーズの背後には軍人が十名ほど立っている。
「アルマスに会うことが君の目的なら、今、ここに連れて来る」
ルイーズはアーリィに銃口を向けた。
「そーやってまた、幻想を連れて来るんだろー?」
「ローズを解放したら本体を連れて来る」
「お前の部下は植物でクッションでも作れそうだ。はい、ちゃんと受け止めてねー」
アーリィは階段下に向かってローズを投げ転がした。ルイーズは表情ひとつ変えずにアーリィに銃口を向けたままでいる。
ローズは階段を転げ落ちていく。途中、転がった反動でローズの軽い身体が大きく跳ね上った。
「ピコ、頼む」
「はーい」
ローズが落下する地点では、地面から生えた草花がローズの身体を受け止めた。
ヨハンは頭に血が上り、気付けば、腰にぶら下げている三本の刀のうち、一本を鞘から抜いてアーリィに斬りかかっていた。
ヨハンは確かにアーリィを肩のあたりから斜めに斬りつけた。しかしアーリィには傷ひとつなく、脚に絡まっていた蔦からも解放されていた。
「ヨハンやめるんだ。アーリィは僕が殺る」
アーリィは「鬱陶しい」と言ってヨハンを階段下へ蹴り飛ばした。
「ルイ、いーかげん俺を殺せよ?」
アーリィは腕を伸ばして指先をルイーズに向けた。すると、アーリィの腕に沿うように矢尻が赤く燃える矢が浮かび上がった。
「この腰抜けが」
アーリィが業火の矢と言ったのと同時に四本の矢が放たれた。放たれた矢は矢尻を燃やしたまま、ルイーズを避けるように四方に散り、ルイーズの背後に立つ一部の軍人の眉間に突き刺さった。同時に悲痛な叫びが建物内に響き渡った。
アーリィが印を結んで何かを唱えると、軍人に刺さっていた矢が一瞬のうちに燃えて、軍人の顔が焼け焦げた。顔が焼け焦げた軍人たちは身を悶えてのたうち回っている。
ルイーズはこのような状況下でも動揺を見せず、アーリィに銃口を向けたままの姿勢を崩さない。
「ルイーズ様、今、殺すべきです! 彼を野放しにしておくわけにはいきません!」
「ヨハン。君は自分の役目を全うするんだ。ローズを守ることだけに集中しろ」
幸い、ローズを抱えていた軍人もローズも無傷だった。
目を覚ましたローズは目を見開いて、目の前の光景を見て恐怖に慄いていた。
「それともお嬢さん、パパに代わってお前が俺を殺す?」
「……」
アーリィの目は赤色だが、まるで血が通っていないような、凍てつくような目をしている。
「で? アルマスは?」
「アーリィ、君の目的はなんなんだ」
「愛する奥様からなんにも聞いてないんだ。お前、信頼されてないんじゃないのー?」
アーリィは何か言いかけて、口を噤んだ。
「アルマスの能力を使って"悪魔と再会するため"と聞いてる」
「うん。契約し直したいんだ」
アーリィはにっこり笑った。
「ぜーんぶ明らかにして、俺が終わらせる」
アーリィは淋しさを纏った目を細めて、口角を上げた。
「何を」
「なんだってルイには関係ないよ」
「関係ある」
「はあ?」
「アルマスは渡さない」
「あっそ。ま、いーんじゃない?」
ローズはルイーズの前に飛び出してアーリィを見上げた。
「ワルモノ……あなたがいなくなれば……お父様も、お母様も帰って来るんでしょう」
「ローズ。下がりなさい」
「あなたは私がやっつける」
ローズはアーリィを指さしながら泣いていた。
しんとした空間に、アーリィの拍手が鳴り響く。
「弱虫なパパに似なくて本当に良かったねー。そんじゃ度胸試ししてみよー」
アーリィは再び赤い炎が燃える矢を構えて、矢先をローズに向けた。
「――業火の矢」
アーリィは矢を放ったが、アーリィの矢はヨハンの剣に弾かれて地面に落ちた。
ヨハンはローズの盾になるように立ち、剣の切っ先をアーリィに向けた。
「そうだルイ。直に俺の手下が挨拶に来るからよろしく」
「まだ意味のない虐殺を続けるのか」
「俺は意味のないことなんてしない」
「いい加減にしろ……」
「なーに怒ってるの?」
「罪のない人を殺してなんになる!」
「俺にとっては意味のあることだから」
「……」
アーリィは瞬時にルイーズの目の前に移動し、耳元で囁いた。
「お前はせいぜい、お前の正義を振り翳してなよ。弱虫ルイーズ」
アーリィはその場から姿を消した。




