祈り×邂逅(2)
ローズがアフララ邸を訪れてから三週間が経った。縁側では"ドッドッドッドッ"という低音とともに振動が響き、時々"キュッキュ"と音がする。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
毛先がピンク色に染まった金髪が一本に束ねられて左右に大きく揺れている。ローズは半袖服の袖を捲り、ズボンの裾を捲り、四つん這いになって、背中には石の甲羅を紐で括りつけて、手元には雑巾をセットして、アフララ邸の縁側を駆け抜けている。
「アフララ様! 終わりました!」
ローズは褒美を期待するように目を輝かせていた。
「ご苦労。次は居間に飾る花を摘んで来い」
「どんなお花をご所望ですか?」
「これを辿って行けば"ミライバナ"が咲いている」
「……」
ローズは目の前に垂らされた綱を見上げた。綱は空の彼方まで続いているように思える。
ローズは石の甲羅を下ろして準備運動をして、気合い十分で綱を握った。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ローズは空を掴んでやるくらいの気持ちで手を交互に高い位置へ伸ばして綱を掴み、足でも綱を挟んで歯を食いしばって登っていく。――が、数分後には綱にしがみついたままずるずると降りて来た。
「試練を超えられぬ者に神の力を授けることはできん。神の力というのは危ういものなのだ」
「どういうことですか?」
「神の力と悪魔の力は表裏一体だからな」
「ひょうりいったい……?」
「神と悪魔は同じ能力を使う」
「悪魔にもなれちゃうってことですか?」
「細かい話はお前がミライバナを摘んできてからだな」
「そもそもアフララ様はできるんですか? お手本見せてくださいよー」
「小娘よく聞け」
「はい」
「お前は神の力を授けられたい立場だな?」
「はい」
「それでいて師である余に対してお手本を見せろと?」
「はい」
アフララは鬼の形相でローズの胸倉を掴んだ。
「小娘の分際で調子乗んなコラア! 耳の穴かっぽじって聞けコラア! 師に盾突くなんぞ一億二千年早いわコラア! 味噌汁で顔洗って出直して来いやコラア! ラア!」
アフララがいきなりローズの胸倉から手を離したため、ローズは尻餅をついた。
「クッ……クハハハハハハハハハハハハ」
アフララは腹を抱えて笑い出した。数秒前まで唾が飛ぶほど怒鳴り散らしていたのが嘘のようである。
「久々だ……」
今度は空を見上げて、目に涙を浮かべている。
「情緒不安定ですね」
「久々なんだ。こんなに大きな声を出したのは」
ローズはいつになくアフララの横顔が「きれいだ」と思った。愁いを帯びた瞳と微笑む口元が、誰かを懐かしんでいるように思えた。
「恋人でも思い出してるんですか」
「な!? なんだ急に! さっさと修行に戻れ! 余を気にかける余裕もないほどくたばれ!」
「はい! アフララ様、これはなにか道具を使ってもいいのでしょうか」
「構わん。兎に角ミライバナを摘んで来い」
アフララは縁側に腰をおろして池に架かる橋を眺めた。
アフララは唖然とした。目の前には、自分の背中よりも大きな竹籠を担いだローズがドヤ顔をして立っている。竹籠には全長五十センチほどの太い釘がどっさり入っている。
ローズはミライバナに続く綱の前に立ち、一本の釘と金槌を手に取って、綱の先端に釘を打ち込んだ。打ち込んだ釘は綱を中心にして左右に同じくらいの長さが飛び出している。続けて、打ち込んだ釘から少し間隔を空けたところにも釘を打ち込んだ。何度か繰り返すうちに、段々と釘の梯子ができていく。
ローズは地道な作業を繰り返して釘の梯子を登っていき、数時間後に降りて来た。
「なんて無謀な……」
「花を摘んでくればいいんですよね?」
「そんなやり方では時間がいくらあっても足りぬ」
「私は諦めません! ……それに」
ローズは真っ直ぐな眼差しでアフララを見た。
「意味のないことなんてないですから!」
「……」
アフララは涙ぐんでいた。
「何十年でも付き合ってやるから、ミライバナを摘んで来い」
「はい!」
「ミライバナは特殊な花らしくてな、ある場所へ誘ってくれるのだ」
「どこにですか?」
「余の大切な人の命を奪った悪魔の元へ――」
「……」
ローズは心のなかで「こういうときは泣かないんだ」と思いながら、同時にアフララの目的はミライバナではなく悪魔への復讐なのだと悟った。




