祈り×邂逅(1)
ローズは大邸宅に住み、専属のメイドもいて、何不自由ない生活を送っているが、それらと引き換えにしても叶えたい夢があった。――父親と母親と家族三人で暮らしたい。ただ、それだけである。
父親のルイーズは噂によるところ立派な軍人らしいが、悪者討伐のための遠征を理由に家には帰って来ない。マテイユ帝国に居るときはほとんどの時間を軍舎で過ごしている。
母親のアルマスは悪者に命を狙われているらしく、常にどこかで身を潜めている。居場所を特定されないように面会場所も毎回変わるため、好きなように会いに行くことも出来ない。ここ数年、声も聞いていない。
ぜんぶぜんぶ、悪者のせいだ。
少し前に悪者を見た。たくさんの人を殺していた。軍人の頭を矢で射って、燃やしていた。目を合わせただけでも怖くて体が震えた。でも、いつか倒さないと。いつまで経っても夢は叶わない。私の夢は私が叶えないと。だから、強くなる。特別な力を手に入れてでも――。
「っしゃああああああああああああ! 百連勝目!」
ローズの声が道場に響いた。
力尽きて仰向けに寝転ぶ少年・ハイジの顔の横には剣が突き刺さっている。ピンクがかった金髪を高い位置でひとつに束ねたローズは、ハイジに跨って満足そうに顔を覗き込んだ。
「くそ~。ローズには敵わん」
「百連勝目! あたししか勝たん!」
「ってことは俺百連敗もしてんのか~」
「や・く・そ・く・!」
ローズはハイジの胸倉を掴んで無理矢理上体を起こし、顔を近づけた。
「約束したよね?」
「あーはいはい、分かったよ」
ハイジはローズに言われるまま、一週間分の水と食料をリュックサックに詰め込んで、濃い霧が立ち込める森にやってきた。急勾配の石段の前にローズが腕組みをして立っている。
二人がどれほど石段を登っても、景色はそれほど変わらない。霧がどんどん濃くなっていくだけである。
「神様がいるとしてだ。んで? 神の力を授けてもらって、なんのいいことがあるんだよ」
「強くなりたいの」
「十分強いと思うが」
「こんなんじゃダメなの!」
「はあ」
「ハイジじゃ相手になんないの!」
「ぬっ」
「今の冗談じゃないからね」
「余計に傷つくんだが……」
一時間ほど登ると石段の終わりにある赤い鳥居が見えてきた。
「ハイジは? 夢とかないの?」
「夢? ……ないなァ」
幼馴染たちは立派な軍人になりたいとか、大富豪になりたいとか、美人な奥さんをもらいたいとか、色々な夢を語る。夢を持つものはそれに向かって努力をする。なぜそれほど頑張れるのか、ハイジには理解できなかった。生まれた時点でほぼ運命は決まっているのに、なぜ抗うのか、理解できなかった。
赤い鳥居をくぐると立派な門構えの豪邸があった。門の左右にはローズの背丈よりも少し大きな狛犬の像があり、玄関の前には賽銭箱が置いてある。
ローズは玄関の戸を叩いた。
「御免ください」
何度か繰り返したが、反応が無い。
「留守かなあ? ハイジ、お庭見に行こ!」
「不法侵入はよくないだろ」
「神様のお庭には天国への入り口があるって本で読んだの」
ローズはハイジを置いて庭のほうへ歩いていく。
「罰当たるぞ」
玄関脇の通路を進んで広い庭に出た。庭の中央にはアーチ状の橋が架かった池がある。
ローズは無邪気にあちこちを走り回って見た。庭と豪邸の縁側との間には硝子戸があり、縁側と室内との間には障子がある。硝子戸も障子も閉まっているので、室内の様子は分からない。
ローズは池に架かる橋の上から身を乗り出して池を覗いた。
「ハイジ。お金落ちてる」
「誰かが投げ込んだんじゃねーの?」
「なんのために?」
「お金とか投げて、神様にお願いするんだよ」
「そうなの?!」
ローズはリュックサックの中を漁り、取り出した金貨十枚を池に投げ込んだ。
「アフララ様! 私を強くしてください!」
硝子戸と障子が同時に開いた。障子の奥の畳には、巫女の恰好をしたアフララがいた。横になったまま枕に肘を付いて、大きな欠伸をした。アフララの頬には筆で描いたような朱い模様がある。
「今の御前に強くなる資格はない」
「あの、アフララ様ですか?」
「くだらん質問をしていると時間切れになるぞ」
直後、硝子戸と障子が同時に勢いよく閉まった。
「!?」
ローズは硝子戸を手でこじ開けようとしたが、硝子戸に手をついた瞬間、後方に吹き飛ばされて尻餅をついた。
「いったー!」
ローズはめげずに再び金貨一枚を池に投げ込んだ。
「また小娘か。帰れ」
硝子戸と障子が閉まった。
「ええええ!?」
「金額によって話せる時間が変わるのか?」
「ケチ!」
どこからか小石が飛んできてローズの頭に一撃を喰らわせた。
「イッターーーーーーーーーーーー! 神様なのに性格悪っ! 器ちっさ!」
再び小石が飛んできてローズの頭には二つ目のたんこぶができた。
ローズはたんこぶをさすりながら、空を見上げて、燦々と照らす太陽を見て閃いた。
「北風がダメなら太陽だ」
ローズはにやりと笑った。
「アフララ様、すーっごい美人だったなぁ」
僅かだが、障子が数ミリ動いたのをローズは見逃さなかった。
「美しいアフララ様のご尊顔をもう一度拝みたいなあ」
硝子戸と障子が全開し、室内に飾られたボンボリが灯ってくるくると回り始めた。
畳の上には、豪華な王冠を被ったアフララが仁王立ちでドヤ顔を決め込んでいる。
「余に何か用か? 小娘」
「アフララ様……! ああ、なんてお美しいのでしょう(ちょろい)」
ローズの心の声が聞こえたハイジは、数秒遅れて状況を理解した。




