回想×枷(1)
赤色、白色、紫色。ペチュニアの花が一面に咲く花畑。
地鳴りとともに花畑の一部が盛り上がり、地中から地面を押し上げるようにしてアルマスの石像が現れた。一命を取り留めたピコが能力を使い目的地まで送り届けたのである。
石像が送られてくることを待ち構えていたかのように、石像の前に現れたのはアルマスだった。石像よりも実物のほうが大人びているようである。
アルマスは手に持っていたガラス玉が連なる首飾りを石像の首にかけた。
「許してルイ」
首飾りをかけてすぐ、アルマスは石像だけを残して姿を消した。
ガラス玉が光り輝いて放射状に光のヴェールを放ち、光のヴェールはレースカーテンのようにふわりと靡いて石像を包んだ。石像の表面が削れて細かい粒子となり、ガラス玉に吸い込まれていく。石像の表面が削られると、艶やかな髪、白く透き通った肌、長い睫毛が表れていく。赤色から青緑色――へと目の色が万華鏡のように移ろう。段々とアルマスが蘇生されていく。
透明なガラス玉は雨雲を閉じ込めたように曇ったが、石像だったアルマスは人の姿に戻っていた。
約十年前――。晴天、摂氏三十四度。疎らに咲くヒマワリの間を縫うように、十六歳のルイーズと兄のアーリィ、幼馴染のアルマスはアイスを食べながら歩いていた。ルイーズとアーリィは軍服姿でアルマスは学生服を着ている。
ルイーズは食べ終えたアイスの棒を咥えて、棒の先端を上に向けたり下に向けたりして遊んでいる。ふと、隣を歩いていたはずの誰かの気配がした気がしたが、振り返っても誰もいなかった。
「どうしたルイ?」
「いや……なんでも……」
続けて、遠くの空から笑い声が聞こえた。
「笑い声が聞こえて」
「誰の?」
「ごめん。なんでもない、気のせいだと思う」
アルマスが可憐に振り返ると、スカートがひらりと翻った。
「さっきの続きだけど、空き家を探して三人で一緒に住むのはどう?」
「俺たちは孤児だからいいけど、アルマスは親が心配するだろ」
一瞬アルマスの表情が曇った。
「私も両親がいないの」
「へ? そーなの?」
「世話を焼くのは好きよ。朝ごはんも作るし……」
「ストーップ! さて、俺の好きな朝食はなーんだ」
「……はちみつトースト」
「マジ?」
「ええ!? すごいよアルマス、当たりだ! しかも即答!」
「そこにベリーを添えてあげる」
ルイーズとアーリィは驚いて顔を見合わせた。
「そこまで当たると逆に怖い」
アルマスはルイーズの襟元に手を伸ばし、折れていた襟を直した。
「……」
「ごめんなさい、嫌だったかしら」
「あ、いや。懐かしいなって。幼いとき、母さんによく服を整えてもらってたから」
「嫌なことを思い出させたならごめんなさい」
「ううん、嬉しかった思い出なんだ」
アーリィは少し眉を寄せてルイーズの顔を見ていた。
「でも、大きくなっても世話を焼かれるのは嫌よね」
「いや! いい!」
ルイーズは頬を赤らめてアルマスを見た。
「僕はアルマスになんだってやってほしい」
「アーリィはどう?」
「毎日シーツを洗ってもらえると嬉しいかなー」
「ふふ、おひさまの匂いがするものね」
「そーそー! それが気持ちいいんだよなー」
「僕のシーツもお願い!」
「本当に変わらないわね」
「なにが?」
「その、二人の関係が」
「ああ。俺とルイは最強のバディだからなー」
ルイーズは足を止めてアルマスの胸元を指さした。
「アルマスそれ合ってる?」
「?」
「制服のリボンが縦になってるから、結び方違うんじゃないかなって」
「ルイ分かってないなー。こーゆーときは……」
アーリィはアルマスの学生服のリボンを結び直した。
「さりげなく直すとポイント高いよねー」
「勘弁してくれよぉ」
「あはは、どっかで挽回するんだなー」
ルイーズはアイスの棒をくわえたまま、手を差し出した。
「ゴミもらうよ。あとでまとめて捨てるから」
「さーすが、できる弟は違うねー。ま、アルマスにいいとこ見せたいもんなー」
「黙れアーリィ!」
ルイーズは三人からアイスの棒を受け取った。
突如黒い雨雲が発達して太陽を覆い、あっという間に辺りは薄暗くなった。
「今何か聞こえなかったか? 高笑い声みたいな……」
「なーんも聞こえなかったけど?」
「ほら! 今も」
ルイーズには微かに「しょーもないわ」という声が遠くで聞こえた。
「今度はおかしなことを言って気でも引きたくなったか?」
「違うよ。もういい、忘れてくれ」
空を見上げていたルイーズの頬に落ちて来たのは一滴の黒い雨。指で拭うと少々粘り気がある。二滴目の黒い雨粒は頬骨に沿って伸びた。
「きゃあっ」
ボタっと地面になにかが落ちた音がした。見ると直径1メートル20センチくらいの黒い色をしたゼリーのような塊がある。ルイーズとアーリィは怖がるアルマスの前に立った。
一部が変形して腕が二本生え、大きな翼が生え、碇のような形をした尻尾が生え、足が二本生えて、首から上には靄がかかった状態でついに立ち上がった。全長は2メートル弱ある。例えるなら悪魔のようだ。悪魔は鋭い爪をさらに尖らせて自分の胸部に手を突っ込んだ。体内から取り出したのはドロドロの黒い液にまみれた立派な角が生えた黒い山羊のお面である。肩から上は黒い泡を立てながらブクブクと盛り上がり、悪魔は盛り上がった頂点部分に黒い山羊のお面を装着した。全身は黒くて硬い毛に覆われた。
雨が激しく降りだした。
「ツカイニナルカ」
「……?」
「ホロベヨセカイ、ニクメイノチヲ、ワレラトトモニ」
三人は悪魔に背を向けて走り出した。しかし、悪魔の腕が伸びてルイーズが捕まった。
ルイーズは正面から首を掴まれて持ち上げられている。
「ツカイニナルカ」
「行け……。アーリィ……アルマス、と、逃げるんだ」
「まーた格好つかないことしてる」
アーリィが矢を射るように構えると弓矢が浮かび上がった。
「俺が大事な弟を置いていくわけないだろ」
悪魔の尻尾の先端は碇のような形をしていて、ルイーズの心臓を狙っている。
「業火の矢」
矢尻が轟轟と燃える矢がアーリィから放たれて悪魔の肩に刺さった。しかし悪魔は少しも動じない。肩は燃えているが矢を抜こうともしない。
「うああああああああああああああああああああっ」
今度はアーリィの足首に悪魔の尻尾が巻き付いていて、アーリィは体勢を崩し、仰向けのまま悪魔に引き寄せられるようにして引きずられている。アーリィは寝転んだ状態のまま、再び矢を構えて悪魔の顔面目掛けて矢を放った。
しかしアーリィの矢は悪魔の空いた手に簡単に払われた。
「ツカイニスル」
ルイーズとアーリィはそれぞれ捕らえられたまま、抵抗もできない。アルマスは少し離れた場所で腰を抜かしてへたり込んでいる。
アーリィは震える手を落ち着かせるように近くに落ちていた石を握りしめて歯を食いしばった。
(まーだ死ねない……)
アーリィは自分でも不思議なくらい力が湧いてくるのを感じていた。そのうちに握っていた石が砕けるほど握力も増していた。
アーリィは再び矢を構えた。
「烈日の矢」
矢は暗闇を照らした。
「ヴアアアアアアアアアアアアアアアアア」
悪魔はルイーズから手を放し、両手で顔を覆った。
「コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス、コロス」
直後、ルイーズとアルマスは言葉を失った。
「……」
照らされた空間に浮かぶシルエットは紛れもなくアーリィで、その身体を悪魔の尻尾が貫通しているように見える。
「アーーーーーーーーーリィーーーーーーーーーーッ!」
ルイーズは喉が裂けそうなくらい大きな声でアーリィの名前を呼んだ。
「ア……」
辺りは再び薄暗くなり、ルイーズとアルマスは悲惨な光景を目の当たりにする。宙に浮かんだままのアーリィは気を失ったような状態で、口から血を流している。心臓部に突き刺さった悪魔の尻尾は身体を貫通している。
「アーリィ……」
悪魔がアーリィの心臓に突き刺した尻尾をしゅるりと抜くと、アーリィはそのまま鈍い音を立てて地面に落ちた。
「メザメヨ」
アーリィは重傷を負っているのにもかかわらず、痛がることもなく立ち上がり、顔を上げた。青色だった目が血塗られたように赤く染まっている。
「やあルイ」
ルイーズは呆然としていた。
目の前にいるアーリィは既に自分の知っているアーリィとは別人になってしまった。軽蔑するような冷たい目をしている。今にも誰かを殺してしまいそうな狂気を纏っている。聡明で、器用で、心優しいアーリィはそこにいない。
動揺するルイーズを余所に、アーリィはルイーズに向けて矢を構えた。
「ばーいばい」
そう言って、轟々と燃える矢を放った。




