第44話 婚姻
花嫁の友人の美しい女が、誓いの間を清め、そして彩るように舞う。
見たこともない美しい舞いに圧倒される新郎新婦の一族と、その舞を彩るように紙吹雪を撒く劇団員達を、ドアの隙間からそっと二人は眺めて言う。
「そういえば、親兄弟の前でドレスなんてものを着て出て行くのは何十年ぶりだろうね……」
「つまりは未知の美です。香水は付けましたか?」
美しい薔薇の刺繍が施されたランドルケーヘン領のヴェールをかけたイザベラの、ひときわ美しく巻かれた金色の髪に優しく触れて、ジョンが問う。
「ああ、もちろん。でも、大聖堂から飛び降りるのとドレスで皆の前にこうして出るのは、一体どっちが簡単か、思わず考えてたところさ」
二人で笑う。
「思えば、『一世一代』を何度もしてきた気がします」
「いい車椅子を貰ったんだ。また、行けないことはないさ。でも、そうだね……この港町で、やらなきゃいけないことも、私達には山盛りだ」
「学校、ですね」
真っ白のドレスを着て花嫁の介添係になったポーリーが、少し目の端に涙を湛え、それでも嬉しそうに、晴れ姿の二人を見て言った。
「ポーリー、イッパイ、ベンキョウ、スルヨ……!!」
そんなポーリーを撫でて、イザベラが言う。
「今はこの町の、海の見える丘で満足してやることにするけど、ポーリー、あんたはきっとまた大陸を旅することになる。次のコロセウムの大会で、月桂樹を頭にかけてやる相手がいるんだろう?」
「……ウン!」
花束の代わりに月桂樹の冠を手にした花嫁と、薔薇の花束を手にした花婿が微笑む。
「僕らの可愛い養い子、黒真珠のお姫様。ポーリー、君は永遠に自由だ。これから、何にだってなれるし、どこにだっていける。きっと誰かを好きになって、素敵な誰かをこの館に連れてくる日だってくる」
「そうなったら私はこう言うから安心おし。『うちの可愛い娘が欲しければ、私を倒してからいくんだね』って!」
そして、二人は揃って扉を開ける。
美しく華やかなヴェールを頭から被った花嫁を見たアランドール家のジョンの兄達、長年エールランドの戦場で相争っていた男達が、
「あれが……イザベラ、なのか」
戸惑うように顔を見合わせる。
その両家の間を歩きながら、二人は静かに、それでいて、周囲に宣言するように語る。
「……けれど『薔薇香る金の髪の』僕の唯一無二の姫君。これからは、否、これからも、僕らはいつだって一緒だ。この命ある限り、ずっとだ」
「約束するよ、私の唯一無二の詩人。永遠に、私のことを愛させてやる。私たちはいつだって、一緒にどこへだっていける。そのかわり、あんたをどこにも逝かせやしない」
二人が誓いの間の中央に立つ。
「それと、この『百剣のイザベラ』、生涯、夫以外の誰にも膝を屈することはないと誓うよ」
贈り物のヴェールによく合った美しい衣装を纏い、コロセウムの月桂樹の冠を手にした花嫁のイザベラが、誓いの間の中央で膝をゆっくりと落とす。そんなイザベラの頭の長いヴェールを、ジョンは静かに、外していく。
「あなたは、朝の太陽みたいだ」
「じゃあ、あんたは夜の月だね」
二人で、額をくっつけ合って笑い、そして、何度も、何度も唇を交わし合う。
ひとつの旅の幕が、こうしてゆっくりと閉じていき、新たな旅がまた始まっていく。
「佳き船出だ」
サムセット船長が、目を細めて静かに呟き、劇団員達が撒く薔薇の花びらが、祝福のように降り注ぐ。アーシェット団長が、微笑んだ。
「少しばかり寂しくもありますが、これほどまでに喜ばしい日もありませんな」
「……まったく、今まで誰と戦っていたのか、わからなくなってくる」
「悪鬼みたいな女だったはずだぞ」
アランドール家の兄弟達が首を振って囁きあう。ジョンはそんな兄達にウィンクを送り、
「兄上達、ありがとうございます。彼女と、出会わせてくれて。これも最初は、いわゆる『家同士が決めた結婚』だった」
悪戯めいた微笑みと共に言った。
「でも、私達は私達で、今こうして自分達の意志で、愛ってやつをとっ捕まえて立っているんだ。かつての好敵手共の前で、こうして結婚式を挙げることができるなんて、神様って奴もたまには粋なことをしてくれる」
「賞金、薔薇の大聖堂にも寄進しておきますか?」
「悪くないね!」
二人が立ち上がり、言う。
「『新婚旅行』はもう終えてきたんだ」
「あとはゆっくり、部屋で寛ぐ時間ですね」
誓いの間から延びていく中央通路を、腕を取り合って歩いていき、部屋へと通じる扉を開けると、笑い声だけを残し、二人で揃って出て行った。




