第40話 仲間
「新聞の号外?」
林檎亭のドロテアが、客が持ってきた『新聞』なるものを手にとって、声を上げる。
「まあ、あの人達だわ!!」
客達が驚いて、突然大声を上げて、林檎のように真っ赤になったドロテアに聞く。
「知っているのかい?」
「知っているもなにも、この宿に名前をくださったのはこの人達なの!」
自分にはあの三人組の素性はよくわからなかったが、新聞には『夫婦』と書かれている。年上の女性剣士に、彼女とは随分と歳の離れた詩人の青年。更には南の島から来た少女。そして、号外冒頭の、愛情に溢れた美しい十四行詩。
そんな号外を手に、ドロテアは笑う。
「ふふ、さあ、今夜は特別美味しい林檎酒を皆に振る舞うわ! みんな、大いに飲んでちょうだいね!!」
「エールランド行きの航路が開かれたと聞いた。これでかの国にも『視察』にいけるな」
ランドルケーヘン城の一室で、カルロスが手紙を手に真顔で言う。
「これを見てくれ、アン」
今や妃となったアントニアを呼び、手紙の一文を指さすと、
「まあ、大変! この前使ったばかりの花嫁のヴェールと手袋、また出してこないといけないわ。あれならすぐに贈ることができるから……」
「良い案だな。すぐに手配せねば」
そこにドアがノックされる。
「久しぶりだな、カルロスにアントニア」
入ってきたのはフェルディナンド卿だった。
「まあ、おじさま!」
これまた手に手紙を持ったフェルディナンド卿が、機嫌よく言う。
「あのイザベラに贈った物が、予想よりもずっと役に立ったようで何より」
「贈った物?」
片方の眉を上げて、フェルディナンド卿が愉しげに答えた。
「若かりし頃このカルロスの父と散々やりあってた頃に使ってた、決闘用の短剣じゃよ」
「随分と派手にやったようじゃな」
レフ・グラナードが手紙と共に挟まれていた新聞の号外を見て、機嫌よく笑う。
「おっ、いつの間にかコロセウムの入場年齢制限がなくなってやがるな。ベラがもう少し大きくなったら、あの場所を見せてやりてえな!」
「あの大きな月桂樹の冠、イザベラ様も貰ったのね……!」
「うちではたまに、スープの味付けに入れられちまうんだがなあ」
レフの家に招かれていたシーシウスとローラが顔を見合わせて笑う。
「低い場所に置いておくと、ベラが毟るし、高いところにおいておいてもローラが毟っちまう。ま、でも、うちはそれでいいんだ!」
レフが笑う。そんなレフの館のふかふかの絨毯の上で、小さなベラも何故か楽しそうにきゃっきゃと笑う。
「また会いたいものね」
「会えるじゃろうて。我らが無敵の奥方殿は、この上なくいい『買い物』をされたようだからのう」
「十四行詩のお礼を、何にしようか考えていたんだよ」
瀟洒な館で、トム・スタッフフォードが腕組みをしながら机の上の手紙を見つめて呟く。
「帰りは海路なのね。お会いできると思っていたのだけど……」
少し寂しそうに、アルマがカップを手に呟いた。
「会いたいかい?」
アルマが、甘えるようにトムの真横にやって来て、肩に手を置くと答える。
「お姉様にも、ジョン様にも。あなただって、そうでしょ?」
「もちろん! しかし、まさか高速船の航路を自由に行く権利を新聞社から買い取るなんてね。でもこれはいいな。僕もどっかの船会社に話を持っていこうかな。それに、エールランドも内戦が終わったし、美術品の買い付けにいくなら今だ。誰よりも早く、いい物がどっかに眠ってないか探しに行きたいと思っていたんだ」
「ふふ、そう来なくちゃ。流石は私の旦那様だわ。婚礼の踊りの準備、整えるわね!」
「とびっきりのを頼むよ! 今夜には出発だ!」
「もう、笑いが止まらないとはこのことですな! 我々は本当にいい御仁と巡り会った、というわけです。演目がどれだけ増えたか、数えるのも面倒になってきましたよ」
アーシェット団長が、速達で届いた手紙を手に、劇場の最前列にやってきたアンドリューに言った。
「大道具係の連中が、コロセウムをどうやって早急に舞台に立てるか考えている真っ最中でしてな」
「本当に、僕の妹はやってのけたんだね……」
手紙を手に、アンドリューが呟く。
「もうだれも、彼女を指さして笑う者はいない。すごいことだ。自分で、すべてを勝ち取っていくなんて」
「我々は、彼女なら出来ると思っていましたよ」
「実の家族より、君たち劇団のほうがよほど慧眼だった、というわけだ」
そして、呟く。
「僕は、首都へ行こうかと思っていてね」
「首都へ?」
「……大学を、建てたい。この国にはまだないものだ。内戦もまあ、なし崩し的に終わったし、道路も教会も少しづつ整備されてきている。……でも、この国を担う人材が確保できるかどうかはこれからだ」
アンドリュー・トゥールボットがそっと立ち上がり、今はちょうど休憩時間中で無人になっていた舞台を眺めて言った。
「妹夫婦は夢を叶えて帰ってくるんだ。恥じないようにしたい。でもその前に、きちんと『義弟』と挨拶しないと。……詩人ジョン・アランドール。僕にとってはもう息子ほどの歳の青年だ。でも、君達の劇の中でしか見たことがないのは、少しばかり寂しくもあるからね」
レイモンドの手助けによって選び抜かれた数学の書物、簿記の本その他諸々を荷物に詰め込み、一番上に『侍女の心得』と算盤を置いて、ポーリーが言う。
「センセイ、オセワニ、ナリマシタ!」
肩口に斜めに包帯を巻いたレイモンドが笑う。
「君は僕の命の恩人だからね。それに一番弟子だ。解らない問題があったらいつでも手紙を送ってきていい。住所は大学近くの下宿だ。で、来年にはきちんと卒業して……君達みたいに旅をしてみてもよさそうだし、どこかの大店に雇われてあれこれするのも愉しそうだ」
そんなレイモンドがいつものように眼鏡の位置を直しながら、呟くように付け足した。
「夢とか、希望とか、自分には無縁だと思っていたはずなんだけどね……」
ガドが言う。
「大学か。ならば送っていこう。次の試合まではまだたっぷりと時間がある。俺は無学だから、一度は大学なる場所を見てみたいと思っていたところだ」
「本当にいいのかい? 『重剣のガド』の来訪となれば、めちゃくちゃ決闘を申し込まれるかもしれないけど」
「大学とはそういうところなのか。それはそれで腕が鳴るな」
思わず真顔になるガドに、レイモンドは言った。
「いやまあ、勉強が本分、といえば本分だけどもね。でも、血の気の多い連中が多いのは事実といえば事実だしなあ。……ま、全員ガツンとぶん殴って、清く正しき勉学の道に叩き戻してやってもいいんじゃないかな? 教授達も手を叩いて喜ぶだろうさ!」
ガドと部下達が笑う。
「成る程、そういうことなら何も問題はなかろう!」
「おかげさまで、うちの宿は来年まで予約で埋まっているよ、イザベラ嬢ちゃんや!」
老おかみが、皆の荷物を馬車に詰め込みながら笑う。
「で、うちの宿の名前なんだけどねえ。あの号外が出てから、何だか皆が勝手に『フライパン亭』って呼びだしちまってね。まあ、いいんだけど……」
「僕が改めて二つ名を付ける必要はなさそうですね」
「ジョン君も、いっぱい美味しいモノを食べて、しっかり逞しくなるんだよ。ポーリーちゃんもだ。大きくなって、またこの宿に来ておくれ」
「ウン、ポーリー、オオキクナル。ステキナ、レディニナッテ、マタ、トマリニクルヨ」
「嬉しいねえ、本当に。ああ、そうだ。イザベラ嬢ちゃんに、こいつをあげようと思ってたんだよ」
老おかみが、宿の入口脇の引き出しから、何かを取り出した。
「古い香水瓶さ。生きてた頃のじいさまに貰ったやつだよ。わたしは歳を取り過ぎたけど、こいつは百年ものの、いいやつだからねえ」
イザベラが目を丸くする。
「……大事なものじゃないのかい?」
「いいものだからこそ、使ってやらないと申し訳ないんだよ。今は町中の薔薇の香水が売り切れてるけど、どっかで買ったら、詰めてやっておくれ」
取り出した空の香水瓶を、イザベラの手に握らせて、老おかみが笑う。
「『百剣のイザベラ』の髪には、薔薇の香りがいるんだろう? 遠慮しなさんな。わたしにとっても、あんた達を泊めたのは、ちょっとした誇りだからね!」




