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第35話 前夜

「コロセウムの女剣士の話、大好評だぞ!」


 新聞社に戻ってくるなり、同僚達が駆け寄ってくる。


「家同士の結婚、駆け落ちに海賊、槍試合に旅一座、それに大聖堂、どの話もスリル満点で、売れ行きも絶好調だ!」


 サレムが笑う。そして、書き留めた束を部下に回しながら言う。


「写植工の中で、一番仕事が早い連中を確保して欲しい。明日は決勝戦だ。号外を出す。配る方も抜かりなく準備してくれ!」


「決勝は誰が出るんだ」


「それが、例の槍試合のガド・エーケンハイムとイザベラ・トゥールボットが再戦なんだ! 勝った方が、優勝候補のオルガーノ・ポルティーズと当たることになる。ガド殿は僕らに護衛もつけてもくれたし、人柄も良い。大剣は力強くて迫力満点だ。イザベラ殿は本当に華麗な剣捌きで、あんなのはもう初めて見た。それに加えて去年の優勝候補だったあの『神速の』オルガーノときている」


 サレムが珍しく少し興奮気味に語り、周囲の同僚達もざわつきはじめる。


「賭け率がすごいことになりそうですな」


「もうなってる」


「なんと」


「初の女性優勝者が出るかもしれない、と町の女性達も騒ぎ出した。明日は大変なことになるぞ」




「ポーリー、ドッチヲ、オウエン、シテイイカ、ワカラナイ……」


 宿に帰ってきたポーリーが、ジョンを見上げてポツリと言った。


「ガド殿は素晴らしい方ですしね」


 ジョンが、そんなポーリーの頭を撫でてやる。


「我らが黒真珠姫がハンカチを捧げた男と、我らが黒真珠姫を救い出した女が戦うのです。どちらも良き戦いを、と願うのが一番でしょう」


 イザベラ達、決勝戦に進んだ者は、闘技場横の宿舎で寝泊まりするしきたりになっていた。


「オヤブン、ダイスキ。デモ、ポーリー、オオキイヒトモ、スキ」


「詩心に満ちた悩みですね。でも、明日は早めに出ましょう。立ち見席が出るとの噂です。初の女性優勝者が出るかも、と町中が大騒ぎしていますからね。僕らは最前列に行って、イザベラさんに勝利を捧げる係ですから、こればかりは譲れない」


「ウン!」


「さあ、今日はもう寝ましょう」


 そして、いそいそと着替えてベッドに潜り込んだポーリーを再度やさしく撫でて、額にキスをしてから、


「おやすみなさい」


 部屋を後にする。


 そして、自分の部屋の椅子にゆっくり腰掛けて、用意されていた水差しと、いつもの薬を飲んでから、テーブルの引き出しに、一通の封筒を仕舞い込んだ。




 次の日の早朝、サレムはジョン達の寝泊まりする宿に、新聞社の社用馬車を使って向かう。結局一睡もしていなかったが、号外の準備と、気持ちが昂ってしょうがなかったせいでもある。


「……誰だ?」


 宿の周りに、見たこともない黒ずくめの衣装の男が集っている。ジョンやポーリーは中にいるのだろうか。


 彼らは一番に早起きして、一番前の席を取りに行くと言っていたはずだ。


 それならばもういないか、今から出かけるかのどちらかだろう。前者であることを祈り、サレムは馬車から首を出して、大声で叫んだ。


「新聞社の者だ!!」


 黒ずくめの男達がぎょっとして皆で顔を見合わせ、滑るように去っていく。サレムはそのまま、御者の男に言った。


「取って来るものがあるからちょっと待っていて欲しい」


「旦那、今のは……」


「ライバル社よりは厄介じゃない奴らだよ。大丈夫。でも、待機は馬車内で。まだ誰かいるかもしれない」


「へ、へえ」


「大丈夫大丈夫。すぐに戻るよ」


 急いで馬車から降りて宿をノックする。寝ぼけ眼の老おかみが開けてくれたのに丁重にお礼を述べて、サレムは託されたものが入っているテーブルの引き出しをあけて、白い封筒を手に取った。


 その途端、


「お前がジョン・アランドールだな」


 声をかけられる。カチリ、という不吉な音。記者である自分は知っていた。銃口が、向けられている。


「いや。自分はサレム・ラトウィッジ。新聞記者だ」


「嘘をつくな」


「さっきも名乗ったはずだけどな。新聞社の者だって」


「知らんな。その封筒を渡して貰おう。大事なものなのだろう」


「……大事なものをほいほい見知らぬ輩に渡すような奴が、新聞記者をやれるとでも?」


「……あの方の敵はなんでこう、口が達者な奴ばかりなのか」


「あの方の敵、か。まさか本当に刺客がくるとは思ってなかったけど、見積もりが甘かったね。彼らはもういない。それに……」


 次の瞬間、低い金属音が宿中に鳴り響く。


「うちの宿で、何をしようとしてるんだい!!」


 先程の老おかみが、フライパンで盛大に、真後ろから刺客の脳天を目がけて叩きつけた音だった。ドサリ、と泡を吹いてあっさり倒れる刺客の手から、サレムは慌てて拳銃を奪い取る。


「た、助かり……ました……縄か何か、ありますか」


 老おかみが笑う。


「縛って吊して自警団に通報しておけばいいんだね? ジョン君達から聞いてたんだよ。怪しい奴がきたら厨房に隠れるようにってね。……でも、今日はあのイザベラ嬢ちゃんの決勝の日なんだろ? こんな皺くちゃのババアでも、こうして曲者をきちんと仕留めたんだ。頑張りなってって伝えてくれるかね?」


 サレムが思わず宙を仰いで笑う。


「もちろん、伝えますとも!」


 号外の記事の隅っこに、この老おかみの『勲』も必ず書き足しておこう、と心に決めながら、サレムは宿を後にして、心配そうな顔で待っていてくれた御者に礼を言い、馬車で急ぎ新聞社へと戻っていった。

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