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第28話 出立

 大斧と剣のぶつかり合う凄まじい音が町の広間に響く。何事かと集まってきた観衆達に、


「これぞ最高の見世物ってやつだぁな!! さあさあ皆々も目ん玉かっぽじってご覧じろってやつだ!」


 シーシウスが機嫌よく大笑する。ひらり、と後ろに舞うように下がるイザベラもまたいつものように呵々と笑う。


「ナメてかかるんじゃないよ若造! 本当は高い見世物だ。こちとら世界最高の踊り手に、泊まり込みで『コツ』を教わってきてね!」


 


 数日もの間、イザベラ達はトムとアルマの館に滞在していたのである。ジョンはトムと、彼が所有する美しい蒐集品について語り合い、イザベラはアルマから、舞踏に必要な身体の鍛え方などを教わっていた。


 


「ほう、そりゃあいい」


「だから言ってやるよ。『さあ、踊りましょう?』」


 ニィッと笑うイザベラが、アルマの舞踏のようなしなやかさで腕をくるりと回し、大きな斧の死角から剣を繰り出す。慌てて三歩下がったシーシウスが思わず口笛を吹く。


「ほう! 戦場でしか見られねえ類の、ごうつくばりな剣かと思えば……」


 くすり、とジョンが微笑む。


「やはり持つべき者は良き友ですね。剛の剣筋に、しなやかさと美しさが加わってきている気がします」


 レフがジョンを見る。


「つまりそれは?」


 ポーリーが答える。


「イイ、オンナニ、ナッタ!!」


「正解です」


 そんなポーリーの頭を撫でるジョンに、レフが聞く。


「踊りから学ぶとは……しかし、いいのかね?」


「ええ、僕は詩人ですから、言われるよりは言ってみたい。『踊りましょう』と。もっとも、彼女に見合うステップはまだ踏めませんが、でも、そう決めたんですよ」


 ベラを抱っこしてあやしていたローラが、不思議そうな顔でジョンを見てから、シーシウスとイザベラに視線を投げる。そして、言った。


「……私は、戦う事なんて全然できないわ。だから、イザベラ様が羨ましくって」


「彼女は規格外なのですが、僕もまた戦いには向きません。シーシウス殿が羨ましい。今でもそうです。けれど……」


 レフがそんな二人を見て微笑む。


「君達がいなければ、彼らはああも強くはならなかっただろうね」


「そ、そうなのかしら」


「しっかり傍らで見ていておやりなさい。戦いがわからなくてもいい。勿論、ジョン君には彼女の強さを書き記す使命がある。けれどローラ君、出産や子育てもまた、もう一つの戦いじゃあないのかね? それを引き受けている君もまた、シーシウス君の隣に相応しい戦士なのだよ」


「は、はい!」


 ぎゅっとベラを抱きしめて、ローラが改めて顔を上げた。


「そういえば、詩集の売れ行きも上々とのことだよ。スタッフフォード卿は元々敏腕商人だからね。書籍商達とも話が通じやすくて助かっているよ」


「トム本人の才覚、というものですね。僕はそれに乗ることが出来た。紹介してくれて本当にありがとうございます、レフ殿」


 そこに、雪がちらついてくる。


「アルマ殿は、また雪を眺めて思索に耽っている頃合いでしょうね。……そろそろ、雪も見納めでしょうか」


 冬の間、レフの家に皆で長逗留していたジョンが呟く。


「東のコロセウム、かね」


「ええ、そのためにも……」


 再び金属音が響く。大きな斧が冬の空気を切り裂くように宙に舞う。


「……前回王者から一本取ることが、何よりも重要だったんです」


 イザベラの剣が空いた空間を切り取るように躍り、シーシウスの正面に構えられる。


「……やっと、取れた」


「いやあ、すげえなあ。あんたは進化していく。それも、若者以上に」


 シーシウスが満足げに笑う。


「有象無象の若者と一緒にしないでおくれよ! あんたほどに強い相手は初めてだった。さすがはコロセウムの王者だ。次は私がなる」


「お前さんならいけるさ、イザベラ姐さんよお。コロセウムの女王になってきな。そうなったら、いつかまたやり合おう」


「もちろん、なってやろうじゃないか。で、頂上決戦ってやつだね!」


「違いねえな。可愛いベラと嫁さんに、月桂樹の冠をかけてやりたくってさ」


「私は……そうだねえ、私は、冠はかけてもらう方がいい。うちの、新進気鋭の詩人様にね」


 シーシウスがかっかと笑う。そして、ちょっと考え込んだ後に言った。


「俺にゃ詩はわからねえがよ、姐さんには、姐さんをドレス以外で飾ってくれる男がいる。それは、いつか、最高のことになると思うんだぁな」


 イザベラがちょっと目を丸くしてから、口元を愉快に吊り上げて笑う。


「あんたもそう思ってくれるのが、何よりも嬉しいね。そろそろ冬も去っていく、去ったら東へと出立だ」


「寂しくなるなあ。まあでも、うちには可愛いのが二人もいる」


「たっぷり可愛がっておやりよ。良い奥さんだ。小さなベラも大分大きくなった。間違いなく、いつか町で一番の美人になるね」


「求婚者だって山盛りに決まってらあ。で、そうなったら俺ぁこう言うんだ。『娘が欲しければ俺を倒していくんだな!』……人生で一度はこれを言うのが、娘を持つ親父どもの浪漫ってやつだと思っててなあ。ああ、今から楽しみだぁな!」


 指をぼきぼきと鳴らして笑うシーシウスの元へ、ローラがベラを抱えてやってくる。


「もう、困った人なんだから……」


 イザベラの元へやって来たジョンも、振り返って微笑んだ。


「……けれど、いい詩の題材になりそうですね」


「おっ、そりゃあいい。強く勇ましく書いてくれよな!」




 その翌日、馬車に荷物を積み込みながら、イザベラが言う。


「まだ春には少し早いけどね……」


「しっかり防寒対策はしたかね?」


「それはもう、フェルディナント卿から頂いたものが役に立つでしょう」


 ポーリーが、レフの服の裾をつまんで、呟く。


「サビシク、ナイ?」


 レフが微笑む。


「ない、といったら嘘になるねえ。一冬だけとはいえ、わしには君達皆が、家族のようだったよ」


 ポーリーがレフをぎゅっと抱きしめた。


「レフ、ポーリーノ、カゾク」


 家も村もすでにない娘が、ポロリと涙をこぼす。


「もう二十年若かったら、執事としてついていったろうねえ。もうこの老体は長旅には向かない。それに、わしには愛するこの家がある。いつでも来なさい」


 そして、ジョンに言う。


「……長旅には向かなくとも、賭ける命がある人間は別だ。詩人というものは、そういう生き物なのだよ。解っているとも。でも、くれぐれも無理はしないように。無理と無茶と無謀は、ペンの上だけが良いだろうて」


 出発日ときいて駆けつけてきたトムとアルマが言った。


「手紙と原稿を、いつだって待っているよ」


「イザベラお姉様、どうかジョン様を宜しくね。ああして大丈夫そうな顔をしているけど、トムったら、本当はとても心配しているのよ。それと、私は、見てみたいわ。お姉様が月桂樹を頭に載せて、闘技場を凱旋する姿!」


「何かあったら、すぐに僕のところに連絡してくれ給えよ。医者の協会の方には通知を出しておいたから、どこの町へ行っても僕の名前が紹介状代わりになる」


 イザベラが笑う。


「さすが、一流の金持ちはカネとコネの使い方が本当に上手いね! にしても、アルマあんた、旦那のことをよくわかっているじゃないか」


 アルマが笑って囁いた。


「だって、私の翼は彼が守ってくれたのよ。……返す方法を、ただの愛にしていいのか、迷っているの。だって、それは何だか少し違う気がして……。でも、だからこそ今、踊っている間は誰よりも美しく在る理由、お姉様なら、わかってくれると思うのだけど」


 イザベラが、ニッと笑い、そして囁く。


「ああ、わかるともさ。いや、これはきっと、それを本当に知るための旅だ。……もしも実家にあんたみたいに可愛い妹のひとりでもいたら、家を飛び出すこともなかったろうね。あんたとここで出会えて、感謝しているよ!」


 こんなにも賑やかな出立があっただろうか。ジョンが笑顔になる。


「友とは、いいものですね」


 隣のトムが笑う。


「本当に。それにしても、無理と無茶と無謀はペンの上だけで、か。まあそうもいかないのが君の旅の宿命なんだろうが、身体にだけはくれぐれも気をつけてくれ給えよ。……コロセウムに着いた頃には春が来て、出場者の募集も始まるだろう。君は必ず月桂樹を愛しい女の頭に載せて、当代最高の詩人になるんだ」


「もちろんです」


「何かあったらいつでも僕宛に手紙を寄越してくれ給えよ!」


 ジョンとトム、イザベラとアルマが固く手を握り合う。


「楽しい冬を過ごせたことを感謝しています。ああ、それと、これを」


 ジョンが懐から紙束を出して、トムに渡す。


「『雪の精へのソネット』……」


「そう。雪が消えるより先に。『雪こそは、美しきものの扱い方を知るものしか抱きしめることができない』つまり、あなたの愛しい人は、あなたにしか、抱きしめられないのですよ。どうか、忘れないで」


 トムが何かを言うより先に、ジョンは温められた馬車の座席に乗り込んで微笑む。


「だから僕からも、ひとひらの勇気を!」


 そして、ポーリーとジョンを載せた馬車の御者台に腰を降ろしたイザベラが馬に鞭を当て、ゆっくりと馬車が走り出す。


「……ありがとう。僕らの詩人。いや、絶対に君を、大陸中に詩集が行き渡るほどの、当世最高の詩人にして見せる」


 緑色の詩集にそっと先程の紙束を挟んで小脇に抱え、トムが静かにそれを見送った。

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