第27話 兄妹
「あの二人を元にした劇だって?」
アンドリュー・トゥールボットが、港町の領主館で目を丸くする。
「つまり、僕の妹は相変わらず元気にしているってことかな……」
物心ついた頃から、自分は教会の司祭と神学について語り合い、妹は庭でぶんぶんと剣を振る。そんな兄妹だった。
アランドール家との争いで戦場を駆け回ったのも妹であり、自分は孤島の古びた修道院に身を寄せていた。それを恥とは思うまい、と決めていたが、長きにわたった決着のつかない争いで、エールランドの土地は大分荒れてしまった。そこに持ち上がった和平案と、結婚話である。
父は自分よりも随分年下の若い女性を妻にし、自分を呼び戻して妹のイザベラと話をさせようとしたが、自分が修道院から家に戻るよりも早く、妹は勝手にアランドール家へ向かい、そして、そこの四男坊と共に姿を消してしまったのである。
「新しい『お義母さん』とやらも、実家に帰ってしまったしね」
国一番の剣豪とも言われていたイザベラ不在のトゥールボット家の没落は、案の定とても早かったが、本来ならばイザベラが妻として入るべき港町の領主に、アンドリューは滑り込むように赴任することになった。
赴任当日に町の教会から、妹が行きがけにふん縛っていったらしい奴隷商人達を押し付けられた時は、さすがに目を丸くしたが、
「……本来なら港の高台で晒し首なんだけどね、僕もここに来たばかりだ。手枷付きの奉仕活動に減免するよ」
あのイザベラの兄と名乗った途端に震え上がった奴隷商人達に、そう告げてやった。
しばらくして、その当の二人から手紙が届いた。大陸の有名な大聖堂近くからである。
その手紙には意外にも、荒れ果てた石畳や聖堂の修繕が依頼されていた。大聖堂の司祭からも手紙が届き、彼ら聖職者達の後押しもあって、今や長年の諍いで荒れ果ててしまったエールランドの復興も、少しずつだが進んできている状態である。
(大陸、か……)
幼い頃より神学を修めていた自分にとっては、大陸にある『大学』は憧れの地でもあった。争いさえなければ、妹のような行動力さえあれば、とつらつら考えることもあるが、今となっては詮無きことである。アンドリューはそう考えていた。
遅くなったが、自分もまた妻を娶り、跡取りを得て、この小さな港町を守っていくのが当面の使命となったが、もはや人生の半分以上を修道院で過ごしていた四十六歳の自分に、今更、妻など娶れる気もしなかった。
(父上にまたどやされるんだろうな)
溜息を一つ付いてから、手元の公演のビラを見る。そして、それを手にしばらく沈思した後、呼び鈴を慣らして従者を呼びつけると、言った。
「……私用で町に出かけたい。服を用意してくれるかな」
「かしこまりました」
そして慣れない観劇にやってきて、一番後ろの席にそっと座る。
(こういう劇を見るのは何年ぶりだろう)
『アーシェット劇団』と言うらしい。座長らしい中年の男が良く通る声で挨拶する。
「この島にまかり越しました我が劇団、イザベラ・トゥールボット殿とジョン・アランドール氏を讃えまして……」
ジョン・アランドール。義弟になるはずだった青年。敵でもあるアランドール家の虚弱な四男坊。それ以上も、それ以下も知らない。
妹とは歳が離れているが、何故か共に『駆け落ち』し、悠々と『新婚旅行』している不可思議な青年。
(讃える?)
憎くはなかったが、一体どういうことなのかは全く理解できていない。貴族の館を模した書き割りの前で、背の低く若い男優が、背の高く美しい女優の手を取って言った。
『兄達があなたに毒を盛ろうとしています。どうか、僕を信じて』
思わずアンドリューは両眼を見開いた。
(そういうことだったのか……)
二人が手を取り合って、港町へやってくる。そして、奴隷市で一人の可愛い女の子を助け出している。目にも鮮やかなイザベラの剣捌き、優しいジョンの詩のように美しい言葉、目まぐるしい舞台の転換、舟に乗れば海賊が現れ、森を歩けば貴族達の槍試合に参加することになり、そして悪役らしき森林官までもが現れる。
「ああ」
思わずアンドリューは息を飲む。
自分の知らない色鮮やかな世界を、妹は生きている。アンドリューにとって、この世の色とは至極ありふれたものばかりであり、神学を修めていた自分はそれを是としてきたのだ。
そんなこの世をなんとも楽しく、色鮮やかな道を歩み出した妹とその婚約者。羨ましくもある。傍らで身を乗り出して劇に見入っていた従者に、アンドリューは言った。
「あとで劇団の座長に話を聞きたい。段取りを頼むよ」
従者が何故かちょっと嬉しそうにうなずいて、速やかに席を外す。視線を舞台に戻すと、そこには薔薇の大聖堂が建っていた。美しい書き割り。聖誕祭などで使ったのかも知れない。
(……薔薇の大聖堂に詣でて、大学で神学を修める。そういう夢を見ていたのは、もう何年も、何年も前の話だ)
いつから自分は何もかもを諦めて生きるようになってしまったのだろうか。ふと、そんなことを考える。
二十年以上も昔に置いてきた夢。
妹もまた、自分よりも強い男としか結婚しない、などと誓っていた頃だったような気がする。
(ジョン・アランドールは、あの妹より『強い』人間なのだろうか)
自分でも父親でも御せなかった、荒馬のような女。戦場でしか輝けないはずの女が、舞台の上では、笑いさざめきながら共に旅をしている。
(戦場以外で、生きていける場所を見つけたのか)
嬉しくもあり、羨ましくもあった。そこに、従者が先程舞台に立っていた劇団の座長を連れてくる。
「色々と、話を聞いてみたくてね。自分の名前はアンドリュー・トゥールボット。この港町の領主で、あのイザベラの兄だ。……妹と、その婚約者の話を、聞かせてもらえないかな。ああ、怖がらなくていい。自分はまだ新米の領主だからね。いきなり劇団を解散させたり、牢屋に放り込んだりはしないよ。町の皆が残念がってしまう」
少し不安そうな表情を浮かべていた劇団の座長がぱっと顔を上げる。
「もちろんですとも。あのお二方にはどんなに助けられたことか! もうすぐ舞台がはねますゆえ、その後に、我ら劇団員達も交えて、是非とも!!」
「色んな事情があって、妹とは話す暇もあまりなかった。君達の方が詳しいだろう。自分も楽しみにしているよ」




