第23話 Old poet
病院を出た後、町の通りの貸本屋に立ち寄ると、三人はそれぞれ足を止める。
「レフ・グラナード氏の詩集は……これですね」
「サンスウ、ノ、ホン、アッタヨ」
「『最新の剣術』ねえ。まあ貸本屋に出回ってる時点で若干最新ではなさそうだけど、ちょっと良いあてがある」
ジョンが顔を上げる。
「あて?」
「あのローラの旦那さ。コロセウム帰りって言ってただろう? 話を聞きたいと思ってね」
「成る程。悪くないアイデアですね」
「というわけで、ベラとローラの顔を見るついでに行ってくるよ。ポーリーもベラの顔を見たがってるしさ。ジョンはその紹介状のところに一足先に行ってな」
「わかりました」
それぞれに本を借りだした三人のうち、ジョンが再び馬車に乗り込んで、町外れの詩人の家に向かっていくのを見送り、イザベラはポーリーと共に、再び大通りを歩き出した。
「……おや、どなたですかな」
広い邸宅の、古びたドアがゆっくりと開く。白く長い頭髪と顎髭が特徴的な老人が立っていた。
「コンスタンス殿から腰の薬を預かってきました。それと、こちらは紹介状です」
「紹介状?」
「僕の名前はジョン・アランドールと申します。詩人になるべく精進している身でして」
「ほう。あのコンスタンス殿が処方箋以外の書類を寄越すとは、珍しいこともあるもんじゃなあ」
紹介状の内容を静かに読みながら、
「……わしのところに、お前さんのような夢を持つ若者が訪ねてきたのは何年ぶりかのう。わしの名前はレフ・グラナード。今の流行りよりは少し前の世代の、時代遅れな詩人じゃよ」
レフが静かに笑う。
「暖かい飲み物を出そう。さあ、いらっしゃい」
古い家屋独特の懐かしい匂いの漂う邸宅に招かれる。招かれるままに、足を踏み入れたジョンに、レフは言う。
「……詩集を出すなら早めに、かね」
「ええ、確かに、本来ならここでゆっくりしている暇はありませんが……寒さにはあまり強くない、というのも本音でして」
「わしも寒いのは苦手でね。この家は古いが、寒さには強い造りにしてあるよ。安心してお座りなさい。しかし、かのエールランドからよくここまで来たものだ。素晴らしい冒険の香りがする」
思わずジョンが笑いをこぼす。
「詩人というのは、誰しもが冒険の匂いには敏感なのですね」
「勿論だとも」
レフがくつくつと笑う。
「それから、後ほど、旅の友二人がこちらで合流予定なのですが」
「旅の友?」
「僕の心に住まう、二つの太陽です。今は所用で出かけていますが、きっと後ほどお会いして説明した方が早いでしょう」
レフが微笑んだ。
「大いに結構。この館は空き部屋も多い。好きなだけいなさい。わしは客人が好きでね。詩の出版も、冬の間に済ませてしまおうかね」
そして付け加える。
「太陽が二つも我が家にやってくるとは。佳い冬が過ごせそうだよ」
ベッドが二つある部屋に通される。
「昔はよくここで、朝まで客人と詩談義をしていたものじゃよ。この部屋を好きに使うとよいじゃろう。廊下の突き当たりには小さいが書庫もあるでな」
そして、ジョンの紙束に目を落として、
「いい写植工を幾人も抱えている書籍商を知っておるよ。あちらでゆっくり拝見しよう。おいでなさい」
ジョンの肩をぽんぽんと叩いて促した。
「彩り多い旅は命を永くする。そういう類の旅を、してきたのかね」
呟いた。
「ええ」
「詩というのは古く、忘れ去られがちで、それでもたった一握り、永遠になれるものもある。そういうものじゃ。その一握りになるか、海へ流れ去る忘却の河の一滴になるか……」
「時代には時代の美しさがあります。生きているうちにそれをこの目で見て、何か一つで良い、永遠に留めておきたかった。……でも、今は、もっと身近にある美しさや喜びが、僕を魅了しています」
「正直じゃな。悪くない。『御者台は揺れ、馬車は東へ』……お前さんは『奥方』とは実に不思議な縁で、今まで共にいるというわけかね。港町で……おや、海賊船にも出逢ったのかね。成る程、この詩集はまるで旅行記じゃな。『ミソサザイのうた』、小さな黒い鳥の美しさに、異国の言葉。これは先程の話で聞いたポーリー嬢かのう」
レフが目を丸くしたり、感嘆の声を上げたり、笑ったりと目まぐるしく表情を変えながら紙束をめくる。
「あの大聖堂に巡礼もしたのかね?」
「あの薔薇窓を、とても間近から見ました」
ジョンが聖堂での出来事を語る。
「……成る程、うかうか死んでもいられないというわけかね」
愉快そうにレフが笑う。
「さて、では、構成からしっかり考えるとしよう。わしもこんな歳故に、持っている技術を後世に受け渡したかった。序文は入れるかね?」
「ええ。先日良い言葉を頂きまして。『命は才能の開花を待ってはくれない』。この一文を持って、序文にしましょう」
「コンスタンス殿か。そうじゃなあ。わしももう少し、この世に踏ん張ることにしよう」




