第19話 再会
「アーシェット劇団が、島で『凱旋公演』を行うってさ」
「凱旋公演?」
「私達を題材にした劇をするんだから、事実上の『凱旋』ってこったね。ほら」
大聖堂の建物横にあった大きな告知板に、一枚の紙が貼られている。
「ほら、これさ。この大聖堂で聖誕祭の劇などを演じていた縁があるみたいだよ」
「さすがは団長ですね。これを見る限り、皆も元気なようで何よりです」
イザベラがくつくつ笑って言った。
「島に行く途中で、あのシャムハールやサムセット船長に出会っていたりしてね」
「きっと盛り上がることでしょう」
「酒の肴にされる側になるなんてね!」
「オサケ、サカナ?」
「ポーリーにはまだちょっと早いものですね。さあ、大聖堂です。せっかくですし、ゆっくり見て行きましょう」
馬車を預け所につなぐと、三人は堂々とそびえたつ大聖堂へと向かう。
「ポーリー、カミサマ、マダヨク……ワカラナイ」
「大丈夫ですよ。この世に神様を良く知っている人間はそうそう居ません。わかっている人間もです。僕らとてそうですからね」
「だからこんなでっかい聖堂を建てて、皆してありがたく拝んでるのさ」
ポーリーが少し不安げにそれぞれ片手づつでジョンとイザベラの手を握る。
「怒られたりしませんから、大丈夫ですよ」
三人が静かに聖堂へと入っていく。
薔薇窓から差し込む光が、床を色とりどりに照らす。聖堂内の列柱が、まるで林のようにそびえて並んでいる。
「噂には聞いていたけど、すごいもんだねえ……」
「こんなにも美しい窓が、この世にあるとは」
巡礼者達の祈りの声が響き渡り、薫香が鼻をくすぐる。
見ると、中央の通路には薔薇の花びらがぎっしりとしきつめられている。威厳ある姿の司祭達がゆっくりと、そんな薔薇の通路を歩んでいく。
「ここは『薔薇の大聖堂』ともいって、司祭達がああして薔薇を敷き詰めた道を歩いていくのです」
「イイニオイ、スル……」
巨大な列柱の間を粛々と三人は手を繋ぎ、歩んでいく。そして、豪華な祭壇の前で、跪ずこうとした途端、
「イザベラ・トゥールボット……!?」
前にいた男が声を上げる。ぎょっとしたイザベラがその男を見て、
「あんた……アルヴァマーのクソ貴族じゃないか!」
思わず大声を上げかけたが、慌てて声量を落とし、ジョンとポーリーを後ろ手にかばい、片手を剣の柄において言った。
「……ここであったが百年目ってやつだけど、場所が悪すぎるね。お祈りは済んだんだろう? 私達はここでゆっくりと祈りを捧げてから出てやるから、その間せいぜい命乞いの理由でも考えておくことだね。ランドルケーヘン卿の駈け落ちに便乗して私達を始末しようとしたのはあんただろう」
従僕達と共に立ち上がったのは、アルヴァマー領の森林巡査官ユーリッヒ・エーケンハイムだった。
「よくそれがわかったな。しかし運の強い女だ。ここが大聖堂でなければ、すぐにでもそっ首叩き落とすところだ」
ポーリーが言う。
「ポーリー、コノヒト、トッテモキライ。デモ、ポーリー、デキルメイド。シズカニスル」
ジョンが壮絶に微笑んでみせる。
「良い子です、ポーリー。ここは大聖堂。喧嘩をする場所ではない。祈る場所です。まあ、祈る内容には少々、神様も困惑するような内容のものがあってしかるべきかと思いますが」
ユーリッヒが口元を歪めて言った。
「相変わらず口だけは達者だな。肩の傷は痛むか」
静かにジョンも言う。
「口が達者じゃない詩人なんて廃業すればいい。刺客を放って僕の妻に銃口を向けた罪一等を減じて欲しければ、今すぐそこに跪いてもう一度神様に祈ることです」
「断る。ランドルケーヘン公の弟から借り受けた刺客は役には立たなかったが、この大聖堂を出たときこそお前達の最期だ」
「借り物如きで奪える命だとでも思ってたのかい? あんたのおつむがもうちょっと良くなるように祈っておいてやるから、とっとと出た出た。後ろがつかえてるんだよ」
不思議そうに、後ろに並ぶ人々がこちらに視線を投げる。何事もなかったかのように列から離れていくユーリッヒを見送って、ジョンとイザベラは顔を見合わせた。
「……落ち着いて、祈ってから考えましょうか」
高い天井を飾る美しい女神や天使像を見つめながら、ジョンは大きく息を吐いて言った。
「……それが良いね」
薫香と、薔薇の花びらの入った香炉を揺らしながら歩いてくる司祭達に視線を投げて、イザベラも答えた。
「……というわけで、おそらくはもう袋の鼠ってやつだね」
「馬車までなんとかたどり着ければ良いんですが」
礼拝用の席に三人で腰掛けると、イザベラは言う。
「まあ全員斬り倒しておさらばしてもいいんだけどね!」
「そうするには、いささか場所が悪いですね……」
腰掛けた椅子の上で一息ついて、小さな水筒の水で薬を飲み終えると、ジョンは今一度、教会内を見渡す。
「階段があります。上の階に行けるのでしょうか。おそらくはあの上は鐘楼、つまり鐘撞き場でしょうが」
「登ってみるかい」
「……ええ。何か良い案が思いつくかも知れない」
三人でそっと二階に上がると、そこには道に敷き詰めていたのであろう薔薇の花びらが詰まった大きな袋といくつかの香炉、それに工具が置かれていた。
「……縄があるね」
「高い場所の鐘を付くときに使うのでしょう。ちょうど良かった。窓の外はどうなっていますか」
イザベラが鐘楼になっている大聖堂の小窓から外を見る。
「なんだか物々しい連中がそこかしこにいるよ。幸い、うちの馬車の近くにはいないようだけど」
ジョンが鐘楼の一番大きな鐘に目をやった。そしてその隣に置かれた、鐘撞きの時刻を正確に知らせるための水時計を見やる。
「正午まで、あと五分……」
鐘と窓の間を何度も行き来し、外の馬車を見つめて、鐘撞きに使われるのであろう長い縄を手にすると、ジョンはイザベラの耳元で何事か囁いた。




