なんとかしてえな、って思ったんだ
31
5月の半ばの日曜日、僕は学校最寄、駅前にある喫茶店を選んで、内藤を呼び出した。
探りを入れるような山崎の視線も気にせず、飲み物を選ばせる為に、内藤達にメニューを向ける。
二人が注文を済ませてから、僕は切り出した。
「わざわざ、ありがとう。今日は話したいコトが二つあるんで呼び出させてもらった」
僕の言葉に、内藤は探る様な怒っている様な表情を隠さず、腕組みしながら睨んでいた。
山崎は逆に、僕の声を聞いた途端オドオドと…… 蛇に睨まれたカエルと言うか…… 一見して緊張しているのが分かった。
体格、割といいのにな。
「……で、何の用なんだ」
内藤が鼻息荒く言うが、僕は声を荒げずに目的を果たすつもりだから。
「まず、『サークル』の話だ」
二人が動揺し、身を乗り出す。
それも無理はないと思う。
最近、自分達のグループの雰囲気を険悪にしている原因だったからな。
けれど、なってしまったものは、仕方ない。
「お前ぇ…… どういうつもりだ」
「そのネタのせいで、俺達がどうなってるか知ってるんだろ?」
「まあね、で、この話はガセネタだと分かった」
言い放った後、もしかしたら激昂されるかと思っていたが、二人は後ろを向いて話していた。
(……どうしてだよ、裏はとったんだろ)
(酒屋の姉ちゃんがソレだったって話は?)
(らしい、だよ、かもって言っただろ)
(楽器店員が使ってた話は確かなハズだけど……)
(じゃあ何でガセだと言いきってくんだよ)
(知らねえよ、何か企んでんだろ……)
(予想外の話になりやがった……)
声が聞こえてしまい、思わず笑いかけたが噛み潰して、その会話が終わるまで待った。
ただ、予想していたのはたぶん。
周囲を煽ったこと
嫌がらせについて、叱責や停止の希望
関係性の正常化
そして、折衷案…… とかかな。
内藤が感情的に動いていた事や、今まで何度か出してきたアレコレが場当たり的で、それほど先を見てなかったから…… あまり予想をしていたとは思えないんだけど。
「ソレが本当だとして、だから何だってんだよ」
「……ガセだと、お前達の仲直りのきっかけにはなるだろ」
「なるかよ」
「なるよ」
経験してきた『最悪の雰囲気』を、払拭したいんだろう。
ギスギス、イヤだもんなぁ……。
3崎と内藤が幼馴染みだと知ってるからな。
一応、提案を聞いて欲しい。
「こだわる必要がなくなるのだから、この話がイタズラで、僕が気に食わないお前達をハメるためにばらまいたウソだって言えばいい。もう言ってるかもだけど、それをあの娘達の前で、僕が謝罪したら解決だ」
顔を明るくして、山崎が更に乗り出す。
「……ということは、つまり」
「うん。お詫びも何か考えるけど…… ビンタくらいはされそうかな」
これなら、どうだろう。
一番平和な解決策なんだけど。
「……お前…… 何がしたいんだ!」
内藤が吠えた。
丁度、僕が頼んだコーヒーが来たところで、店員さんにお詫びをするが、内藤は待ってくれなかった。
「そんな事して、お前に何の利益があるっ」
疑いだした内藤は、話を遮り、捲し立てる。
自分に負い目があるから、だろうか。
「それで仮に関係が戻っても、お前に借りがあるままでは落ち着かないし、同じグループの副委員長にも嫌われたままだ」
「委員長も、話がまとまり次第に先生方に報告だーとか言ってたな……」
内藤に続いて、山崎も溢す。
……あの状況と、空気と、声色。
人の信頼を失って、内藤達も苦しんだらしい。
「委員長カップルは、羽月さんに任せるよ」
「……それに、根拠は有るのか」
「羽月さんの話に二人の事が度々出てきてるから、何故詳しいのか聞いたんだ」
「いつもの話題収集家だからじゃねえのか」
「委員長、高井は羽月さん家の門下生で、副委員長の神谷さんとの仲を相談されたりしているらしい」
「……そりゃあ」
「頼もしいことだ……」
そして、これら全てが上手く片付いた時、僕が得られるモノについてもハッキリ伝えよう。
何でも本当が伝わっていること、信頼が一番だ。
失敗して学んだ今の内藤なら分かるハズだ。
「……で? そこまで知って、考えていて、お前はそんなボランティアのために、俺達をここへ呼んだのか」
「勘違いしないで欲しい。僕は何も、内藤や山崎の弱みを握ったりだとか、二人のことを笑ったりするためにここまで考えたり、知恵を絞ったわけじゃない。ただ……」
「……ただ、何だ?」
なるべく、静かに言う。
「この際だから、仲直りをしたい。それも、クラス中と」
「っは、あ?」
僕が言い放つと、内藤はぽかんと口を開けて、山崎は変な溜め息の様な声をだして、しばらくの間固まっていた。
そこへ遅れて運ばれてきたアイスティーとアイスコーヒーを二人が受け取って、動きだした口に飲み物を含ませる。
「二人には幼馴染みやグループ内の仲直り。で、僕たちはクラスメートとの仲直りが出来る。どうかな」
僕が追って告げると、内藤はゆっくりと喋り出した。
「それは…… それはつまり、俺がやってきたコトを許すから、コレで手を打って欲しい…… と、受け取っていいのか?」
「さあね、負い目に感じる様なコトをしでかしていたなら僕にはどうしようもないけど。あっ、旅の栞の係は中々大変だったからな。コレは言いたかったんだ」
「お、オレは賛成したいぞ……?」
訝しんでいた山崎だが、内藤の様子を見て、自分の意見を出してきた。
ふぅ……。
深く溜め息をついて、内藤は改めて考えている。
「覚悟を決めるには話が、情報が少ない。俺達のメリットは分かるが、大幡の被るデメリットが、大幡のしたいコトを邪魔する。このままだと、俺達だけが得をする」
流石に頭が良いらしい。
話に乗ってくれるかは分からないが、ちゃんと考えてくれるなら話して、交渉しなければ。
「……内藤、羽月さんと僕が付き合ってるのもウソだ」
「なっ……」
ガタン、と椅子が揺れ、コーヒーのグラスも音を立てた。
慌てたのは内藤だけ。
山崎は、一瞬意味が分からなかったのだろう。
「え、マジか……」
「ああ。でもそれは、内藤からの誘いを断るためのカモフラージュだから。最初は告白されたのを断るためだと思っていたんだよ。あの場で結婚を前提に、なんて言うとはなぁ……」
「ふん、俺だってホントじゃないと思ってたが、やけにくっついてるし、付き合ってるのも似合いに見えてたからもう放って置こうと思ってたさ」
「……にっ! 似合いに見えたか…… そうか」
気づいてはいたらしい。
「僕は、羽月さんが好きだ。だけど、今のままじゃ告白が出来ない。振りでしているカップルの真似で羽月さんの気持ちが垣間見えても、彼女に引け目があるままで告白したくない」
僕がやろうとしている事や、やりたいこと、思いを全て伝えるのは愚策だと自分でも思った。
でもそれで、今まで敵視してきた人間に交渉出来るだろうか。
今まで敵視されている僕に、信頼を持ってもらえるだろうか。
「切っ掛けがマボロシだとわかってんのに、其々の関係だけは悪化していくなんて馬鹿馬鹿しい。なんとかしてえな、って思ったんだ……」
「じゃあ俺の言葉は? 昔、俺が言っちまった、お前の左手の怪我のコトも、許すって言うのかよ……」
「……そうか、そんなこともあったなあ」
正直、僕の中で、内藤を許せるとは思えていなかった。
納得のいく理屈が、まだ見つかっていなかった。
この先、また内藤を嫌う出来事があったら、同じ様に交渉する自信はない。
わからない、としか言えない。
……でもあの言葉なら。
「この手が、まだ動かなかったら許さなかったかもな。でも、今は動く。たぶんそれは、あの頃の状況がイヤだったからこそだ」
「違う! ……違う、そうじゃない。お前には、悪いことをした……」
内藤は、悔しそうに両手を握りしめていた。
俯いて、肩を震わせて。
ひょっとすると、また叫ぶのかと思って、身構えたくらいだった。
「す、すまなかった!」
意外だった。
この場で謝られると考えてなかったから。
「じゃあ、僕の案に乗ってくれるか」
「ああ、話を詰めるぞ」
「お、おうっ」
山崎はともかく、内藤は味方であれば頼れるヤツだ。
昔は、一緒に遊んだ事もあったんだよなぁ。
☆
『隠し事を無くして、仲直りしたい』
なんて文で書くとシンプルになるな。
手間隙かかって、今になってるのに。
内藤と話して、無理があると思えた僕の謝罪文は校正され、更に内藤と山崎が詫びるべきだと気付いて、難航した。
山崎が文章を覚えられなくてね。
「しかし、恥も外聞も捨ててそのまま告っても上手くいくだろうに、どうしてそんなに頑張るんだ、お前?」
「……信条だよ、曲げられないモノだからさ」
山崎は僕の意図を測りかねて聞いたのだろうけれど、複雑なこの状況を打破する切っ掛けになるんだ、協力して欲しい。
「なら、これからは腹の探り合いはせず、正面からいがみ合うということか」
「この話が終わったら、そういう感じでいい。僕は『卑怯』な手は使わないけど」
「……いいだろう」
内藤は笑っていた。
ただでさえ無駄に引き締まった凛々しい顔が、格好良く見えた。
外見だけなら、もの凄く良いのにな。
魅力的でも悪役みたいな性根。
勿体ない。
「あ! なあ大幡! 最初に言ったよな!」
「なにをだ?」
昔から、山崎はムードメーカーだけど、空気読めないお馬鹿キャラだった。
今もそれは変わっていないらしい。
「ほら! 言うことが二つって!」
「お、良く覚えてたな? さては今までの謝罪文忘れて、思い出そうとして余計なコトを思い出したんだろ」
「その通りー! ふふん!」
「………… 誉めてねえ」
しかし、視点は良いのに内藤は気付かなかった。
交渉の常套句、話題は複数用意するもの、さ。
「バカ! ……サークルの話と、仲直りの計画…… ちゃんと話してるじゃねえか」
「ばっかって言うヤツのがバカって思われてんだぜ」
「そのセリフ何度目だ!」
「なにおう!」
「やめろよ、店内だぞ」
怒鳴ったり、騒いだりは、出来る所でやろう。
こんなことはきっと、今日限りだろうけれど。
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