SS 友人が良い恋に落ちたようで
【SS】
木場夕子は恋をして、生田灯花は恋に落ちた
それは去年の終わり、中学三年生の冬休み。
ゆったりとした世界観と、クレイアニメならではの独特の珍妙さが特徴の映画が公開された。
時期が時期だけに、入学試験を控えた友人皆が来れなかったけれど…… 私はこのシリーズはずうっと見ていたので、公開予定の看板を見かけてからは、どうしても劇場で見たくて堪らなかった。
一人でも見たくて。
本当は家族と一緒に見たかった。
もう絶対に家族では見られないから、仕方なく一人で、開場時間を待っていた。
……母が我が儘に振舞い続けた結果、我が家はグラグラしてた。
自分で言うのは可笑しいかもしれないけれど、子供が鎹になるのは手間隙がかかり言葉が分からない内までなのよ。
母の所為で父が疲れ果て、仕事だけで精一杯になっていた姿を見て、同性として嫌になってしまった。
「こんな筈じゃなかったのならやり直したら?」
言うつもりじゃなかったのに。
ゴメンナサイ。
……そういうことで。
私がトドメを刺した家庭は、バラバラになった。
この映画は子供の頃、父母に連れられて見たのが切っ掛けで見始めたのだから思い出すのも仕方ないけどさ……ずっと楽しみにしていた映画だし、この時間くらいは悩みとかから解放されていたい。
そして、私は左手に飲み物で開場前に座席に向かう。
中に入って、席番号を目で追う。
不意に、通路側で座っていた人物がいきなり立ち上がり、驚いた私は咄嗟に避けた。
「きゃ」
けれど、左手がぶつかり、紙コップを取り落としてしまう。
飲み物が溢れて、階段を流れて。
「うわ、バカやろ、なにしやがる」
謝る間もなく、男の人は怒りだした。
貴方も悪い、とは言えなかった。
何せ、こんな大きな男の人に睨まれたの何て初めてで。
からだが、すくんでしまう。
別に飲み物がなくなったのはいいけど。
でも、どうしよう。
許してもらえるだろうか。
「……ご、ゴメンナサイ」
遅れて謝りながら、映画が始まっちゃう、とか考えが散らかって。
既に座っていた人達は目を剃らし、他人事というか我関せずの姿勢、拒否感が感じられて怖かった。
そりゃ、放っておけばスタッフが掃除しただろうし、この当事者ではないのだから手出しや口出しなんて。
だけど今、睨まれている私は、味方の居ない苦しさを味わっていた。
「ダメだよ兄さん、女の子に乱暴しちゃ」
……パニック寸前に、声が掛かる。
「大丈夫?」
後ろから、良く日焼けした、柔和な笑顔のスポーツマンが近付いて来ていた。
見た事がある…… 同じ学年の、鈴原…… なんだっけ。
彼は私の落としたコップを見て。
「あ、コーラ」
「そうだよ、ズボンにかかっちまった」
「兄さん、周り見てなかったでしょ」
「あん?」
「いきなり立ち上がったんでしょ」
この男の子は、お兄さんの事を良く分かっているらしい。
状況を把握すると、お兄さんを嗜めてくれた。
「……うん」
「ちなみにここじゃなくて隣だからね」
「あ、やっぱな!」
「だからっていきなり立ち上がっりしたらダメだよ、体がデッカイんだからさ」
「わはは、ワリイネ、こぼしちゃって」
そして男の子は私の足下にかがみ込んで、空になった紙コップと蓋、氷なんかを片手でヒョイヒョイ集め始めた。
「わ! 私やります! ダイジョブです!」
「いーよ、任せて」
「で、でもっ」
「ん~と…… じゃあコレ持ってて」
男の子が元から持っていた紙コップを、私に持たせて掃除を再開する。
は、早い。
ポケットから取り出した紙ナプキンで階段を拭き取り、椅子はハンカチで拭い去って……。
私はなにもさせてもらえず、お兄さんから飴を貰っていた。
「コレも持ってきな」
「いや、いいですよ」
「怖がらせちまったからさぁ…… さっきはゴメンなぁ」
お兄さん、男の子には弱いみたい。
本人は紙コップにゴミをあつめて、そのまま出口に向かう。
「じゃ、お邪魔しました」
呆気に取られていた私に、飲み物を渡したままだ。
「あぁあの、飲み物忘れてます!」
「あ…… 同じコーラなので、貰ってください」
「ごめんなぁカケル…… オレが新しいの倍のサイズで買うから」
「気にしないでね。あ、兄さんは同じの買ってくれたらいいから、ね」
「でも……」
「もうすぐ始まっちゃうから、僕らも急ごう」
「あっ、やッべ」
彼らはそう言って、さっさと出口に行ってしまった。
飴と飲み物を突き返す事もできず、私は目当ての席に腰掛けて映画を見た。
今の嵐の様な出来事のお陰で、家庭の事を一瞬とは言え忘れ、気持ちよく映画が見られた。
ただ、飴の味が梅昆布で、好みじゃなかったよ。
……ふふふ、お兄さん怖いけど、悪い人じゃなかった。
映画が終わった後、すぐに出て彼を探したけれど、どこにも見当たらなかった。
……鈴原、君…… お兄さんに「カケル」って呼ばれてた。
改めて、お礼を言いたい。
年越し、冬休みが終わって、登校してすぐに彼を探した。
そして、隣のクラスにいたのを知った。
鈴原走くん。
走ると書いて、カケル…… かあ。
カッコいい……。
改めて見て、私の好みの男子だった。
☆
「……と、いう感じよ」
「重くない?」
「え~っ、そうかなぁ」
「まぁ、良い話だったネ」
灯花に語ったのは、私の初恋。
自覚している中での、という感じでね。
「告白は?」
「した」
「……ごめんなさい」
「え、諦めてないからいいのよ」
「つよい」
「この学校で、今はクラスメイトだし」
「っょぃ……」
得意げに語ってみたものの、確かにうちの現状が絡んでいたから重たい話にもなるか。
灯花はじっと聞いてくれていたけど、まるで他人事のような反応…… まぁいいわ。
「じゃあ、今度は灯花の番ね」
「エー、どーしよっかなぁ」
「言いたくてしようがない顔してる」
「えへへへ~」
高校に入って出来た友人の灯花。
容姿は可愛い系で、長いけれど艶のある黒髪は、三つ編みにして右肩にながしてる。
大きく元気な感じの目、小さな鼻、小口の笑顔には八重歯。
昨日より美人度(私から見て)が上がってるのは好きな人ができたからでしょ。
そうに違いない、と私の勘が訴えている。
「ピンチを助けてくれた男の子なんだヨ」
「乙女かよ」
「王子さまの前にいられるのは、乙女だけだもの」
「どこでどうしてそうなった」
「駅前の市民会館の横でねぇ」
まとめると、大きな歩道橋を下る時に、足を踏み外したお婆さんを助けようと、灯花は横から支えようと手を掴んだが支えきれずに縺れて落ちかけて……。
「王子さまが受け止めてくれたのぉ~」
……語尾に♡がありそうな、高めのテンションだけど。
今の話が本当だとしても、彼女が言うほどのことだとは思えない。
「それのドコが王子さまなのよ」
「名前も言わずに立ち去るなんて…… カッこよすぎ」
「その程度の親切なんて、よくあるんじゃない」
身を呈して友人とご高齢の方を助けてくれたのには感謝するけどさ。
それだけの接点で男の子を好きになるのは、チョロ過ぎるわ。
「あんまり信用し過ぎてホイホイついてったりしないでよ?」
「しないヨー、お婆さん抱えて病院に向かってくれたし、ぜったいイイ人だもん」
「……その人、ガタイ良いの?」
「ん、うん、横幅がすげくて、肩に車のタイヤが入ってるみたいだった」
「うわ、私はマッチョ過ぎるのだめだわ」
「そう? 私はオッケーだなー」
「ええ……」
私が嫌な顔をしても、灯花は楽しそうに語り続けた。
「夕子ちゃんの言う通りかもだけどネ、私だけが困っていたんだったら、きっとこんな風に思ったりしなかった」
「ふーん……」
「誰かが、ってのは仮定だし。あの瞬間に誰も助けてくれなかったら、アタシとお婆さんは大怪我していたでしょうネ」
「まあそうだろうけど」
「それこそ、運命的じゃない♡」
あ、これはハートついてますわ。
「……だから私はあの人を好きになっちゃったのよネ~。私のことをちゃんと支えてくれるって、そう思っちゃったのヨ」
「……灯花ちょいポチャだもんね」
「ポチャじゃありませんけど!」
「あははは、はいはい」
……よかった、と思った。
友人が良い恋に落ちたようで。
「ごめん、許して」を三回繰り返して、「駅前喫茶店のパンケーキで許す!」と笑って。
彼女の手伝いは、進んでしよう。
……走くんのお兄さん、ではないよね。
あの人はだいぶ年上だったし。
友人の手伝いもしたいけど、私は、全力で彼にぶつかりたいと考えてる。
……いったいどうすれば、彼は私を認めてくれるのだろう。
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