ものすごくおっきいのね……
20
『いつものバス停辺りまできたら連絡よろり( o´ェ`o)』
伽耶ちゃんからのメッセージを確認する。
学校からの帰り道では、伽耶ちゃんをそこまで見送るのが僕の日課。
以前から続いているので、見慣れた風景だ。
逆から来るのは、初めてだけどさ。
バス停横の花屋の近くで一度自転車を停めて降り、スマホを取り出す。
不意に、後ろから軽くて早い足音…… 嫌な予感。
振り向くと、既に飛び掛かって来ていた影。
白い、影?
瞬間、カバンにスマホを放り込んで、影を受け止めた。
「けぇいぐっ!」
抱き止めたのは、華奢な女の子。
どうやら、背中に飛び付こうとしていた伽耶ちゃんから少し身を引いてしまい、彼女の目測を狂わせたようだ。
顔面を左胸に叩き付ける形になり、呻いていた。
「桂くんの胸痛ぁ……」
「ごめん、避けてしまって」
「ううん、こっちこそゴメンなさい」
今日は随分…… 可愛らしくて…… 露出が……。
肩どころか首回り完全に晒している伽耶ちゃんが眩しくてツラい。
「可愛い髪型だね、今日の服装はだいぶ…… セクシーだ」
「あっ、ありがと。このキャミソールは去年買ったヤツなんだぁ」
「目のやり場に困るのだけど」
「んししし、やったね、大成功!」
……ドッキリとイベント、だな。
まったく、女子は振り回してくるね。
「それはいいとして…… 何で飛び付いてきたの?」
伽耶ちゃんに問い掛けると、当然という表情で、
「そこにデッカイ背中があるから」
と言われてしまった。
山なのか。
「引力とゆーか、吸引力って言うのか……」
そんな掃除機みたいな。
「伽耶ちゃんからは初めてだと思うんだけど……」
「妹ちゃんにはよくされてたんでしょう?」
「最近はないかなぁ」
「あら、サミシイの?」
「うん、まぁ…… 飛び付くと痛いからって……」
鍛えてるから、固いのだろうか。
半分は趣味なので、諦めてもらうしかない。
しかし背中にぶつかるような骨は肩胛骨だけのハズなのに。
「ま…… まぁ、いいわっ、行きましょ。こっち」
伽耶ちゃんから、小声で「成長期なのね」と聞こえたが、僕の背丈はあんまり伸びていないよ。
「うん、あ、改めておはよう」
「んひひ、お早う」
☆
玄関は、武家屋敷だった。
「あっはぁ、良い反応ぅ。ねぇ、古いよね~」
「いや、カッコいい」
ビックリして黙ってしまったが、お寺の様な木造門構えの中に、日本家屋が佇んでいるのは風情があるね。
伽耶ちゃんちは、スゴい広かった。
「そうかな? 古いばっかりで、掃除とかも大変なの。ご飯も掃除も手間かかるから、時間的に追試はイヤなので、ノートとか勉強会は助かったよ~」
そりゃ、何より。
しかし僕の視線は、もう一つの入り口…… 道場の方に釘付けだった。
伽耶ちゃんの家は、合気道の道場をやっている。
お父さんは体育教師を兼業して、小学校で働いている。
お母さんはウチの母と同じ病院で看護士をしていて、気心の知れた仲間だそうだ。
道場経営は長男に任せられているので、当代はお兄さんだと言うことになるのか。
「気になる?」
「ん、まあね」
「こっちも古いんだけど、どうぞ~」
「お邪魔します」
伽耶ちゃんに先導され、ゆっくり玄関口を潜る。
横開きに開かれる木戸。
頭上の板には『成為我足』と書いてある。
正面には目隠しの屏風があり、それを避けて進むと、道場内を見渡せた。
「す、ごいね」
道場内には誰も居なかったが、静謐な雰囲気に、息を飲む。
「中まで入ってみる?」
「いや、ここまでで……」
まさに門外漢の僕が、立ち入っていい場所じゃない、気がした。
板張りの床に、畳が敷き詰められている。
静けさに、驚く。
ここ市街地の割と真ん中ですが。
「今朝も掃除したけど、無駄に広いのよう」
「確かに広い……」
「今日は午後から門下が入ると思うんだ」
「あ、じゃあ今は誰も居ないのかい?」
「お休みだから母さんと兄がいるよ、残念なことに……」
お母さん、に、お兄さんか。
「あ、コレお茶菓子にしてください」
「なぁに、高そうな包み」
「羊羮だって。母から」
「あー、じゃあお母さんの好きなトコのか。ありがっとう~」
伽耶ちゃんのいつもの笑顔に、癒される。
道場自体の存在感に気圧されていたみたいだ。
「じゃあ、ウチの方にいこっ」
「うん、ありがとう」
うっすらと、降り積もった時間が見えた気がした。
☆
玄関を入り、すぐ右手の扉の前で、伽耶ちゃんがノックと一緒に声をかける。
「兄貴、お菓子を貰ったよ~…… あれ……」
「伽耶、お客様が到着したのかい」
ドアの向こうに向かって声を掛けていた伽耶ちゃんは、後ろから現れた男性にビックリして跳ねた。
跳ねながら僕にしがみつかない。
「うお、兄貴、どっから来たの」
「台所からだよ…… 初めまして、大幡君」
伽耶ちゃんのお兄さん…… すぐ横に現れるまで、僕も気付かなかった。
「はい、初めまして、桂馬です」
「はいよろしく、柾軌です」
たしか母の事も知っているハズなので、下の名前を言ってみたけどよかったのかな。
こう…… 何か、ラブラドールレトリバーみたいな雰囲気の人だ。
「噂通りの体格だね…… ウチの道場にようこそ」
「ちっがあう!」
何やら歓迎されたけど、伽耶ちゃんが否定する。
確かに入門予定はないからね。
「経験者も未経験者も、広く手解きするから、何にも心配ないさ」
「入門じゃないってば!」
……伽耶ちゃんの二度目の否定。
「おや、勿体無い」
キリッとした顔がほどけて、女の子みたいな顔が笑った。
伽耶ちゃんに、よく似てる。
……あ、これワザと?
からかいで、『勧誘』してたんだな。
「今のところは考えていませんから」
身振りを交えて固辞しておく。
お兄さんは苦笑いで流してくれた。
「ほら、お菓子もらったから。お母さんに持ってって」
「いや、二人で挨拶がてらに持って行きなさい。母さんも待ってる」
「うっ…… 絶対に絡まれるからヤダ」
伽耶ちゃんのお母さんは、お兄さんと同じマイペースらしい。
「でも、行かないと。待ってるし」
「やだぁ…… もう。桂くん、ボケてくると思うけど、気にしないでね」
「ぉ、おう」
☆
「あらら、ようこそ桂ちゃん! おばさん覚えてないかしらぁ、分からないかなぁ? あ、いきなりごめんね?」
賑やかなお母さんだね。
余り似てないけど、雰囲気は近い感じ。
「いえ、ちょっと覚えていなくて…… お邪魔します」
「お母さん、余計なこと言わなくていいからね……」
お茶と持参した羊羮をお盆にのせて、台所から足早に脱出を図る伽耶ちゃんだけど、僕の腕を掴みジッと見ているお母さんに阻まれた。
「……ものすごくおっきいのね……」
「こらぁ!?」
言い方。
「それに、安定感のある腰……」
お母さんが、僕の腰骨の辺りを触り、見上げて来た。
似ていない理由の一つ、大きめの胸を押し上げる様に肩を寄せ、片手をアゴに添えて笑う。
「ちょ、ちょ、離れ、てっ」
「…… ……」
心底驚いた時、どんな顔をすればいいのか分からない。
慌てた伽耶ちゃんの割り込みに、お母さんは微動だにせず言う。
「経験者も未経験者も、ちゃあんと手解きするから安心してね」
やっぱり、勧誘か。
「離れてよお、ちょっとお、手つきがなんかエロいのよぉ」
伽耶ちゃんが泣きそうになりながら、お母さんを引き離した。
「あら、失礼ね、エッチな触り方なんかしてませんー」
「してた! あーもう、この後、絶対に部屋に入ってこないでよね!」
「桂ちゃんとお話はさせてくれないの?」
「お昼ごはんの時で、いいでしょ」
「あっ! そうね。大変だけど10人前くらい作るわね。足りるかしら? もっと食べる?」
「いや、ありがとうございます、充分ですよ」
済し崩しに、お昼をご馳走になる事が決まっていた。
そんなに食べないし……。
全てワザとなんじゃないかと疑わしくなる良いテンポだった。
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