思い思いに想いを馳せて
街を出てしばらく歩き、森に入ってまた歩く。
それから数十分すると日が陰り始める。
「ここら辺でいいでしょ」
ミアが言うと、アキラとヒューイは足を止める。
思い思いに荷物を下ろす。
薪を集めて火を灯し、いつも通りの野営を始めた。
食糧を使って料理をしたのは、アキラだ。
人域で手に入れた大量の燻製肉と、缶詰という簡単な食事だ。
ただアキラだけ食事量が尋常ではないが。
料理を咀嚼するミアの隣でアキラはもくもくと食事をしていた。
食事量の多さに、ミアは呆れていたが、何か言うことはなかった。
夕餉を終え、せっせと後片づけをする面々。
ちなみにゴミは放棄せず持ち帰っている。
アキラはそういうところを気にする性格だからだ。
食後、三人は焚火を囲んでいた。
そんな中、ミアがぽつぽつと話し始める。
「この階層、戦争が起きそうなのよね」
開口一番、聞こえた言葉にヒューイはうろたえる。
「戦争って……能力者と魔法使いってことだよね?」
「ええ。能力者側の街でも噂が広まりつつあるわ」
アキラは火を見つめつつ、ミアに問いかけた。
「噂ってことは事実じゃないんじゃねぇのか?」
「いいえ。事実よ。魔法使い側でもその動きがあるらしくてね。
リーダーのカイとアリシアは乗り気じゃないみたいだけど。
能力者側も魔法使い側も一枚岩じゃないから。
所属組織内序列一位でも、組織内の人間に命令を聞かせることができるわけじゃないし。
じゃないと、序列交代なんてシステムないじゃない?
限定的にルールを定めることはできるんだけどね」
「結局は、力で押さえつけることしかできないってことかぁ」
ヒューイが何気なく発した言葉は的を射ている。
その通り、この世界は力こそがすべて。
序列もその補佐的なシステムに過ぎない。
強くなければ己の思いを貫くことさえできない。
ここには法律も、助けてくれる存在もいない。
己の力だけが頼りなのだから。
「そうね。それで最近はかなり階層内の空気が張り詰めてるわ。
殺伐としてるし、いつ戦争が起きてもおかしくない。
前に言ったけど、発端は大したことじゃないと思う。
けど、いがみ合う内に軋轢の原因は作られる。
ちょっと諍いを起こして、引っ込みがつかなくなって、大事になるみたいな?」
「新しい人、ほら、僕達みたいな人達はどうなの?
元々いた人とは違って、互いに恨む理由はないじゃない?」
「ないわね。でも、良くも悪くも生物は共感する生き物だから。
人間を超越した存在の超人は特にね。
最初はどうでもよくても、周りに影響される。
それに、なんだかわかんないんだけど、どうも能力者と魔法使いの相性って悪いみたいなのよね。
もう遺伝子レベルで反発してるっていうか。全員じゃないけど」
「蛇とマングースみたいなものかなぁ」
「マングースは知らないけど、たぶんそんな感じじゃないかしら」
アキラは薪をくべつつ、二人の話を聞いていた。
ふとそんなアキラを横目で見るヒューイは。
どうもおかしい。
何がおかしいのかわからないが、おかしい。
じっとアキラを見ると、その理由に気づく。
この男。
なんと、岩に座っているように見えたが、実は僅かに臀部を浮かせていた。
薪をくべ、話を聞き、まどろんでいるように見せかけて、こんな時まで鍛えていたのだ。
ここまで来るとあっぱれだ。
というかずっとその姿勢だったのかとヒューイは頬をひきつらせた。
本当にこの人には勝てない。
弱い自分は、これほどに自堕落なのに。
はたと我に返ったヒューイは、すぐにミアに視線を移した。
話の途中で気もそぞろでは気分を害するだろう。
そう思ったが、ミアは何か考え込んでいる様子だった。
次の話の内容を考えているようだ。
ヒューイが胸を撫でおろした時、ミアが言葉を紡ぐ。
「とにかく戦争が起きそうだから、止めたいのよ。
一応、内部でどうにかできないか動いてはみたけど、誰もあたしに賛同しなかった。
カイが乗り気じゃない、っていうのが唯一の救いだけど……。
状況が状況だから、戦争を回避することは無理だと思う」
「……あの、じゃあ、僕、というかアキラさんについてきたのは」
「戦争を止める手伝いをして欲しいのよね」
ヒューイはあんぐりと口を開けた。
そのままアキラを見た。
全然動揺してないんですけど、この人。
というかまだお尻浮かせてトレーニングしてるし。
「え、と? 意味がよくわからないんだけど?」
「安心して。別に期待してないわ。
あんた達……ってかアキラにそれができるとは思えないし。
いくら強くてもどうにかできるような問題じゃないしね。
ただ他に協力者がいないし、まだ染まっていないのはあんた達しかいないから。
ただの人間なら客観的に考えてくれるとも思っただけ」
「期待してないのに、どうして?」
「……無理だからって、何もしないよりは、ほんの少しでも希望がある方法にかけたいって思っただけ。
そしたら、自分を慰める理由にはなるじゃない?
少なくともできることはしたんだって、思えるから。
まっ、こんなこと言われて、ほぼ部外者のあんた達は困るだけでしょうけど。
それに、あたしが身勝手だってこともわかってるわ。
無理に何かして貰おうとは思わないから」
「な、なんか話が大きすぎるし、ミアちゃんが淡々と話すから実感が」
「……アキラは何となくわかってたみたいだけど?」
ミアがアキラに視線を移す。
すると、アキラは興味なさそうに、ちらっとミアを一瞥し、再び火を見つめた。
「最初に戦う時、俺達を試すような場面が多かった。
妙に懇切丁寧に説明してきた。
俺達を観察するような所作が多かった。
それと……距離感」
「距離感? ってどういうことなんです?」
「初対面なのに距離感が近すぎるだろ。
喧嘩後に親密になる、なんてのは現実にはほぼねぇぞ。よっぽど人間できてなけりゃな。
まあ、強い奴と戦いたいって思ってる相手同士ならあり得るけどな。
こいつはそんなタイプじゃねぇ。つまり、あえて距離を詰めてきたってことだ」
「あの、話がよく見えないんですが……」
「親密になりたいって思う理由は色々あるだろうが。
こいつの場合は、多分無意識の行動だったんだろうがな。
懐柔する、協力関係を築く、利用する。そんな下心があるってこった。
探るような言動、視線、それに距離の近さ。
総合すれば俺達に何か利用価値があると思ってるってのはわかるだろ」
「アキラさん、それはさすがに考えが荒んでませんかね?」
「実際、そうだっただろ」
「まあ、そう、なんですけど」
こんなことを言われて、ミアは不機嫌になってないだろうかとヒューイは不安になった。 だがミアは落ち着いた様子で、特に気分を害してはいないらしい。
「で、一応、聞くけど。戦争止めるの手伝ってくれるの?」
さすがのヒューイも違和感を覚える。
話の通りならば、切羽詰まった状況だ。
であるのに、ミアは淡々と話している。
切迫感がまったくないのだ。
そこまで重大だと思っていないか、それとも――諦めてしまっているのか。
前者はないだろう。
重大じゃないと思っていれば、こんな遠回しな行動をする必要もない。
それにわざわざ能力者の街を出て共に野宿をしているのだ。
だったら。
彼女はもしかして、諦めつつあるのだろうか。
言動からして、ヒューイはそんな思いを抱いた。
自分がここまでわかっているのだから、アキラなら理解しているはずだ。
彼女が話す前に、事情をある程度察していたのだから。
しかも、わざわざ一緒に来るか、などと言ったのだ。
ならば、きっと了承するつもりなのだろう。
ああ、なんてことだ。
今までも無茶苦茶なことばかりだったけど、今度は戦争に巻き込まれるなんて。
しかも能力者と魔法使いの戦争。
対して自分達はただの人間だ。
あはは、これは死んだな。
ヒューイは諦観の面持ちで、アキラの返答を待った。
「断る」
そう、そうだよね。
アキラさんなら、嬉々として受けるよね。
だって戦えるんだもの。
強い相手と戦うことしか考えて。
……おや?
「ん? あれ? 今、なんとおっしゃいましたかね?」
ヒューイは耳の穴を指で掻いて、頭を振った後、アキラに尋ねる。
「だから、断るっつったんだよ」
「へ? こ、断るんですか!?」
「んだよ。受けた方がいいのか?」
「い、いえ!」
それはこんな騒動に巻き込まれるのはごめんだ。
むしろ断ってくれて、嬉しいと思う。
けど、ミアの心情を考えると、どうも素直に喜べない。
ヒューイは肩口から振り返りミアを見た。
彼女は自嘲気味に笑っていた。
「そう。わかった。無理なことを言って悪かったわね」
今まで自信満々に見えたミアの身体が、小さく見えた。
ヒューイは罪悪感に駆られて、アキラを引っ張って、ミアから離れた場所へ連れて行く。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ!? ミアちゃんかわいそうじゃないですか!」
「何言ってんだ。おまえ、危険なことしたくないってずっと言ってたじゃねぇか」
「そ、それは? 確かに? 言いましたけど?
で、でもアキラさんなら嬉々として承諾すると覚悟もしていたっていうか」
「意味が分からん奴だな。おまえはどうしたいんだ」
「ど、どうって」
「あのな。別におまえがどう思おうがいいし、どうしようが勝手だ。
だけどな、誰かに干渉して何かするつもりなら、無責任なことをすんじゃねぇ。
おまえに何ができんだ?」
アキラに言われて、ヒューイは言葉を失う。
自分に何ができる?
何もできない。
できないのに……何を偉そうに言っていたんだ。
「おまえ、いつになったら強くなんだよ」
そこには蔑みも苛立ちも何も悪感情はなかった。
ただの質問。
それが、ヒューイの思考を打ち砕いた。
はーっと嘆息するアキラは、ぽんっとヒューイの肩を叩いて、たき火まで戻っていった。
立ち尽くしていたヒューイは、地面に視線を落とす。
そのまま何もできず。
佇むことしかできなかった。
そんなヒューイを置いて、アキラは元の場所に戻る。
再び鍛錬しながら火を見つめる。
火はいい。
見つめるだけ落ち着く。
精神統一にもいい。
「じゃあ……あたし一人でどうにかするわ」
「そうか。算段はあんのか?」
「まあ、そうね、何ともならないとは思うけど……。
両方のリーダーを倒すしかないでしょうね。
暫定的にこの階層の序列一位になれば、情勢は変わるでしょうし。
まあ、少なくともすぐに戦争しようなんてことにはならないでしょうね。
今は、カイとアリシアが同率一位だから」
「そいつは難儀だな」
「ふふ、そうね。でも他に手はないし」
力なく笑うミアを前に、アキラは何となく聞いた。
「なんでそこまで戦争を止めたいんだ?
巻き込まれるのがいやならわざわざこんなことしねぇだろ」
「……十年前。あたしとカイとアリシアは仲が良かったのよ。
その時は一時的に冷戦状態で、部分的に互いの関係を修復しようって運動もあったから。
その一環で両陣営の代表者が交流を深めるって名目で、まあパーティーみたいなものがあったのね。
あたし達は若かったし、歳が近かったっていうのもあって仲良くなった。
けど、まあ、周りの反発とか色々あって、こんな状況になってね。
能力者と魔法使いの溝は深くなって、会うこともなくなっちゃった。
カイもアリシアも本意じゃないと思うんだけど、どうにもできないみたい」
「それでおまえがどうにかしようって思ったわけか」
「そんな感じ。二人が動けば、周りにも影響を及ぼすから。
自由に動けて、この状況を打開しようって思ってるのは、あたしだけ」
寂しげに語るミアだったが、言葉の端に二人への愛情が滲んでいる。
「カイとアリシアに協力を仰いで、一時的にどちらかが序列一位になればいいんじゃねぇの?」
「まず二人は会えない。カイの能力でも魔法使い側の強力な結界は抜けられないし。
それに二人は協力してくれない。
リーダーとしての地位もあるし、何より昔の二人じゃないから。
どっちかに譲るなんてことはできないと思う。
だって、それで自分の陣営が不利益を被るかもしれないじゃない。
そう思う程度には、互いに信用できないようになってるみたい」
「面倒な話だ」
「本当ね、面倒な話だわ」
ふと会話が途切れる。
そんな中、アキラは疑問を口にした。
「十年前に三人が仲良かったって、おまえ何歳なんだよ」
「あたし? 二十二だけど。カイもアリシアも同じ年齢よ?」
見た目は十二、三歳にしか見えない。
小柄で華奢で童顔で、服装もやや子供っぽい。
「超能力者って遺伝子操作やら色々いじくられているから、身体とかに障害で出るのよ。
あたしは成長停止。ハイランダー症候群ってやつね。カイの白髪もその影響。
ま、あたしは別に気にしてないけど。見た目に合った服を着るのも、嫌いじゃないわ」
「人間が人間を弄び始めたら終わりだな」
「そうね……あたしもそう思うわ」
そして話は終わった。
ミアはそれ以上、アキラに何か言うことはなく。
アキラもミアに対して何も言わない。
その中、ヒューイがゆっくりと元の場所に戻ってきた。
無言の中、たき火の燃える音だけが響いていた。




