能力者最強、カイ
奇妙な青年だった。
体に密着するような白一色の衣服を来ており、白髪。
奇抜なデザインで、かなり頑強そうなメガネをかけている。
目全体を覆う形で、横長。メガネというより、目を防護しているようだ。
独特の雰囲気があり、彼の一挙手一投足に目を奪われる。
ヒューイは横目でアキラの動向を見守る。
何かしでかさなければいいけれど。
青年が椅子から立ち上がる。
遠く。
距離にして十メートル以上はあった。
が。
瞬きをしたヒューイは息をのむ。
目の前に青年が立っている。
「え?」
素っ頓狂な声を出すが、それだけで終わる。
状況が呑み込めない。
だって、彼はさっきまで遠くにいたのだ。
なのに、一瞬にしてすぐそばに移動した。
その非現実的な現実に、脳が一切の拒否した。
呆気にとられているヒューイに対して、アキラは無言を通す。
「僕はカイ。能力者達のリーダーをしてるよ」
カイは何事もなかったかのように笑顔で手を差し出してきた。
隣でミアが見守る中、アキラは逡巡なくカイの手を握る。
「俺はアキラ。モガミアキラだ」
「ふんふん、すごい手だ。長い間、研鑽を積んできたということが僕にもわかる。
ただの人間が、能力のない存在がここにいるという事実がどれほどすごいことか。
でも見てわかったよ。君の強さがね」
「そいつはどうも」
ヒューイの脳はオーバーヒートしていたが、やっと思考が戻る。
「い、いやいや! おかしいでしょ!? 今、この人、一瞬で移動しましたよ!?」
ヒューイの叫びに、三人がそれぞれの感情を表に出す。
カイは少し驚いたようにヒューイを見ていた。
ミアは呆れたようにヒューイを見ていた。
アキラは無視を見るような目でヒューイを見た。
「な、なんですか、その反応は」
「確かに、その反応が普通だね。というか、アキラくんは驚かない性格なのかな?」
アキラを、くん付けで呼ぶなんてこの人は命知らずなのか。
そう思ったヒューイだったが、考えてみればアキラはまだ十代。
くん付けされることにおかしな点はない。
二十代後半くらいの貫録があるので、勘違いしていたヒューイだった。
老けてるなんて口に出したら殴られるので言わないが。
「大したことじゃねぇだろ。能力者達のリーダーなら相当な能力があることはわかる。
ただ、まさか真っ先に見せつけてくるとは思わなかったけどよ」
「あはは、別に自慢してるわけでも、余裕を見せてるわけでもないんだ。
ただ、隠してもないからね。移動するにはこの能力が便利だし」
「瞬間移動能力って奴か」
「うん。僕はジャンプって言ってるけどね。見ての通り、瞬間的に移動できる能力さ。
僕の能力はこれだけ。ちなみに、このことはこの階層では結構有名だよ」
「……なるほどね」
それはつまり、隠す必要もないほどに自信があるということ。
彼には余裕がある。
負けるはずがないという自負が。
「で、そっちの人は?」
「あ、えと」
突然、訊ねられたのでヒューイは動揺した。
ミアが仕方ないとばかりに補足する。
「これは、アキラの同行者。力があるわけじゃないわ。力は、ね」
ヒューイの心臓が跳ねる。
ちらっとミアを見ると、含みある視線を送ってきていた。
「ふーん、そういう人も珍しいなぁ。
大体個人で来るし、人域から昇ってくる人自体、ほぼいないしね。
ま、システム上、問題はないけど。
それで、君はこっち側に登録したんだっけ?」
「まだ仮登録。本登録は住居に行ってからね」
「そうか。とにかく、これから――」
会話の途中、何かが動いた。
瞬間、カイの身体は彼の後方、僅か数十センチ移動していた。
ヒューイは、カイがジャンプしたことと、アキラが動いていたことに気づいた。
アキラは拳を振り終わったような姿勢で止まっている。
空気が張り詰める。
何もかもの音が消え失せた。
「これは、どういうことなのかな?」
敵対行動をとったのだ。
アキラが突然、カイを攻撃した。
あまりの速さと自然さ故に、気づけなかった。
それはミアも一緒だった。
唖然とし、しかし何か言うという考えにも行き着けない。
それほどに彼女は動揺していた。
「あああああああああああああああっ! 何してんのぉおおぉぉぉぉぉぉぉーーっ!」
声を忘れたミアに反して、ヒューイは叫んだ。
というか叫ぶしかない。
ヒューイは頭を抱えて、その場で土下座した。
「すいませんっ! ごめんなさい! この人、ちょっと頭おかしいんです!
ただの馬鹿で何も考えていない戦闘狂なので許してくださいッッ!」
状況が状況だからかアキラの鉄拳は落ちてこなかった。
必死で謝罪するヒューイは尻目に、アキラは構えを解いた。
「あんたがここのリーダーだってのが半信半疑でな。試させてもらった」
「こ、こいつ、まだ何もわかってない新人だから! ゆ、許してやって!」
我に返ったミアがヒューイと同じように頭を下げる。
アキラは謝らない。
そんな三人に低温の視線を送っていたカイだったが、脱力した。
「…………まあ、今回は許してあげるよ。
君、自分に自信があるっていってもただの人間なんだ。
あまり無謀なことはしない方がいいよ」
「肝に銘じておく」
不愉快そうにしながらも、カイは一先ずの敵意を収めた。
その様子を見て、ミアとヒューイはアキラの腕を左右から掴み、後方へ引きずる。
「し、失礼しましたーーッッ!」
「あ、あはは、ま、またねぇ」
ヒューイとミアはアキラを強引に引き連れ、部屋を出た。
そのまま廊下を歩き、エレベーターに乗る。
と。
「な、何してんですか、このおバカちゃんは!」
「ば、ばっかじゃないの! 殺されたいの!?」
同時にミアとヒューイがアキラに向かって叫ぶ。
「あー、うっせぇなー」
「何でいきなり殴るの!? 言葉があるでしょ!? 言葉を使ってくださいよ!」
「行動しなきゃわからねぇこともあんだよ」
「ちょ、は? いや、おかしいですって! 殴らなきゃわからないことってなんっすか!?」
アキラは嘆息し、自分の目辺りを指差した。
「あいつ、変なメガネしてただろ?」
「え、ええ、それがなんですか。見てたら殴りたくなっちゃったんですか?」
「そんなに眼鏡に恨みはねぇよ、馬鹿。あのな、あいつの能力、聞いたろ?
ジャンプ。それしか能力がねぇって言ってただろうが」
「そ、そんなことを言ってたような。最後のがインパクト強くて忘れちゃってましたけど」
「あの能力しかねぇってのが本当なら、色々と気になることがあってな。
まっ、色々とわかったぜ。とりあえずはオッケーだな」
「オッケーじゃないですよぉおぉっ! むしろギリギリアウトでしょうよぉ!」
二人して会話していると、隣でミアが深いため息をつく。
「まあ、なんとか穏便に済んだからよかったけど、もうやめなさいよね。
ほんとに殺されちゃうわよ」
「生きてるから問題ねぇな」
「そんな滅茶苦茶な結果論初めて聞いたわ……。
とにかく、カイは別格だから、簡単に戦い挑むんじゃないわよ。
彼は単一能力者だから」
ミアの言葉に、ヒューイは首をかしげた。
「ラインサイキッカー? 一つの能力しかないってこと?
それだったら複数能力ある人もいるってことだよね?
なんで一つの能力しかない方が強いのさ」
「逆よ。複数能力がある方が最大能力値は低いから。
能力者の能力って、大概複数あるの。
例えば、あたしならテレキネシス、アナライズ、テレパシーの三つが使えるわ」
「そ、そんなに使えるんだ」
「ええ。ただそれぞれの能力はとても弱い。
最大能力値を10としたら、テレキネシスが4。アナライズが2。テレパシーが1ね」
「カイはどれくらいなの?」
「100くらいね」
「はい? さ、最大値が10じゃないの?」
「それはあたしの場合。考えてみなさいよ。
複数能力がある人間と一つしか能力がない人間。どっちがより強力にできるか。
簡単に言えば容量の問題ね。
一つしかない方が能力が強くなりやすいし、伸び代があるでしょ」
「あー、なるほど器用貧乏型と特化型、みたいなものかー」
「そゆこと。だから単一の方が能力は強い。しかも開花した段階で能力数は勝手に決まる。
自分で決められないの。先天的なものだからね。
複数能力があればどうしても中途半端になる。
単一能力者の数値が1から100だとすると、複数能力者は1から60程度ね。
もちろん、個人差はあるわ。複数能力者が単一能力者より強いこともある。
能力は使い方や相性で強さも変わるし。
ただ単純な数値化すればそれだけの差があることが多いってこと。
そして能力値が100なんて化け物はカイだけ」
「能力値が大きければ能力の威力が強いってことかぁ」
「まあ、そういう感じね。ただ、能力の汎用性が上がるって面もあるわね。
蝋燭くらいの火と、山火事程度の火じゃできることが違うでしょ」
「ふーん、勉強になったよ」
「まあ、ここにいるのは超能力者だけじゃないし、あくまで参考程度にね」
ヒューイとミアの会話が続く中、アキラは外を眺めていた。
彼にとっては能力の値などどうでもよかった。
あの男。
カイという男。
間違いなく、常識外の強さを誇っている。
途方もない。
力を計り知れないと感じたことは、初めてのことだった。
アキラは笑う。
この階層ならば、楽しめそうだ。
「さっ、着いたわよ」
ポンという音と共にドアが開く。
そこにいたロボットに入り口まで案内され、外に出た。
「じゃあ、今度こそ住宅街に行くわよ。そこの宿泊施設に登録して終わりね」
「いや、いい」
アキラが即座に否定したことで、空気が凍った。
ヒューイがギギッと首を動かしてアキラを見る。
「な、何が、いいんですか?」
「この街に登録はしねぇ」
「ど、どどど、どぉいうぅことですかぁっ!?」
「街を出るってことだ」
アキラの言葉に、ヒューイだけでなく、ミアも言葉を失った。
明らかに狼狽している二人を無視して、アキラはさっさと入り口に向かった。
「ちょ、ちょおぉっ! 待ってぇっ! うそでしょ!?
何考えてるんです!? ここまで来て! 約束したじゃないですか!?
能力者側に所属するって!」
「だから、俺は『とりあえずは能力者側に所属する』って言っただろ。
おまえはそれで納得してたじゃねぇか」
ヒューイは過去の情景を思い出した。
確かにそんなことを言っていたような気がする。
アキラは嘘をついていない。
が。
納得はできない。
「こんな、屁理屈をこねるなんて!」
「言葉通りにやっただけだろ。最初から俺はこの街に住む気なんてねぇぞ」
「……じゃあ、どうするんすか!?」
ヒューイは泣きながらアキラの腰に捕まる。
もう頼むから休ませてほしい。心臓が破裂する。
そんな懇願だったが、アキラから帰ってきたのは面倒くさい奴だという視線だけだった。
「あんた、まさか魔法使い側に行くつもり?」
ミアの言葉に、ヒューイはびくっと体を震わせた。
「ま、マジっすか、アキラさん。マジなんですか?」
「まあ、その通りだな」
さすがにこれは想像していなかった。
ヒューイの想定ではこれから住宅街に行って、柔らかいベッドで寝るところだったのだ。
それがここから魔法使い側に行くなんて。
やっぱりこの人は馬鹿だ。
というか何を考えているのかわからない。
「今からだと時間が遅いから、中に入れないと思うけれど。
一旦、登録してここで宿泊してから行けば?
登録解除まで一週間かかるけど」
「いや、どちらにしてもここに泊まる気はねぇ。俺達は野宿する」
「なぜにぃっ! わざわざ辛い道を行かなくてもいいじゃないですか!」
「何なら、おまえ一人で残ってもいいぞ?」
それもいいかもしれないと、一瞬思ってしまったヒューイ。
だが考えてみる。
自分は非力。弱い。というかアキラの腰ぎんちゃくだ。
味方は彼だけ。こんな人だが異常なほどに強い。
彼から離れれば、どうなるか想像に難くない。
というかそれが嫌だからこんなところまで来てるのだ。
だったら。
もう選択肢はないじゃないか。
ヒューイは泣いた。咽び泣いた。
「アギラざんのぉ、あぐまぁ……おにぃ、へんたいぃ、せんとうきょうぅ……」
「行くのか、行かないのかさっさと決めろ」
「いぎまずぅ……」
アキラは半眼でヒューイを見ていたが、すぐにミアに視線を移した。
彼女に動揺している様子はない。
アキラは目を細め、そして言った。
「おまえも来るか?」
アキラの言葉に、ヒューイもミアも驚きを隠せない。
ヒューイの場合は、その言葉よりも、そんなことを言ったアキラの心境に驚いた。
アキラが人に対してそんなことを言うとは想像もしていなかった。
自分なんて勝手についてきているだけだ。
なのに、アキラはミアに対してついてくるか、と聞いたのだ。
ヒューイはアキラのその言葉に、なぜだか少し不愉快になった。
なんだか居心地が悪くなって、アキラにしがみついていた状態だったヒューイは、そろりと離れた。
「……どうして?」
「どうして? 俺は、ついてきてもいいぞって言っているだけだ。
俺にとっちゃどうでもいい。どうでもいいが、おまえにはどうでもよくないんだろ?」
何を言っているのかヒューイには理解できない。
アキラの言葉に、ミアが何か悩んでいることだけはわかった。
「…………少し、時間をくれるかしら。どうせ外で野宿するなら、準備も必要でしょ。
一時間後に入り口で待ち合わせで、どうかしら?」
「それでかまわねぇよ」
「ありがとう。それじゃ、後で」
ミアは目を伏せながら、恐らく自宅へ戻っていった。
残されたヒューイはアキラを見上げて、恐る恐る問う。
「彼女、何か事情が?」
「さてな。直接聞けばいい。というか、その内、話してくるだろ」
よくわからないが、アキラにはわかっているらしい。
なぜかミアとアキラが理解しあっているようで、気になる。
自分が蚊帳の外だと思ってしまい、少し気分が悪い。
「ふんっ! じゃあ、いいです。どうせ僕はただの金魚のフンですからね!」
「……おまえの世界にも、同じ諺があるんだな」
ヒューイが不機嫌になっている中、的外れな返答をするアキラ。
二人は街に入って数十分後、すぐに街を出ることになった。




